没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第31話 蒸気都市の熱と、裸の社交場(テルマエ・ベルナ)



 コンクリートの発明により、ベルナ港の拡張工事は爆発的な速度で進んでいた。
 海が埋め立てられ、新しい桟橋が伸び、その背後には鉄骨とコンクリートを使った高層建築(アパート)の基礎が築かれていく。
 活気があるのはいい。
 だが、人口密度が上がれば、避けられない問題が発生する。
「……臭いな」
 私はハンカチで鼻を覆いながら、建設現場を視察していた。
 港湾労働者、建設作業員、そして東方から来た船乗りたち。
 数千人の男たちが、汗と泥と油にまみれて働いているのだ。
 ベルナ領にはまだ「風呂」の習慣がない。多くの者は濡れタオルで体を拭くか、冷たい井戸水を浴びる程度だ。
 これではシラミや皮膚病が蔓延するのも時間の問題だ。
「若様、勘弁してくださいよ。毎日クタクタで、水浴びする元気もねえんです」
 現場監督のゴンゾが、垢じみた腕をボリボリと掻きながら言い訳する。
 彼の肌は石灰の粉と汗でガサガサだ。
「……これはいかんな。都市を作る前に、人間が腐ってしまう」
 私は工廠(こうしょう)の方角を見た。
 そこでは、産業革命の心臓部である巨大なボイラーが、24時間体制で唸りを上げている。
 その煙突からは、大量の「熱い蒸気」が捨てられている。
 もったいない。
 エネルギー保存の法則を無視するような無駄遣いだ。
「ゴンゾ。……アパート建設は一旦ストップだ」
「へ? なんでですか?」
「先に『風呂』を作る。それも、千人が一度に入れる巨大なやつをな」
          ◇
 私はすぐにレイノルズ博士を呼び出し、配管の設計図を引いた。
 工廠のボイラーから排出される高温の蒸気。これをパイプで引き込み、巨大な水槽の中を通す。
 『熱交換器(ヒート・エクスチェンジャー)』だ。
 蒸気の熱で水を温め、冷えた蒸気は水に戻ってボイラーへ還る。
 燃料費ゼロで、無限にお湯が湧くシステムの完成である。
 そして、建物だ。
 ここで、前回発明した『ローマン・コンクリート』が火を噴く。
 私は古代ローマの公衆浴場(カラカラ浴場)をモデルに、ドーム型の巨大建築を設計した。
「コンクリートなら、湿気で木が腐る心配もない。ドーム天井を作れば、柱なしで広大な空間が作れる」
 建設は早かった。
 型枠を組み、鉄筋を入れ、コンクリートを流し込む。
 一週間後には、ベルナ港の一角に、白亜の神殿のような建物が出現した。
 入り口には、東方の提督からもらった筆で、大きくこう書いた。
 『大衆浴場 テルマエ・ベルナ』。
 入浴料:銅貨一枚(ただし、石鹸持参者は無料)。
          ◇
 オープン初日。
 最初は「金を取って湯に浸かるのか?」と懐疑的だった労働者たちも、入り口から漂う湯気に釣られて、恐る恐る中へ入っていった。
 脱衣所で服を脱ぎ、洗い場へ。
 そこには、カラン(蛇口)から勢いよく出るお湯と、私が開発した「廃油石鹸(揚げ物の油をリサイクルしたもの)」が置かれている。
「うおおっ! お湯だ! お湯が出るぞ!」
「垢が……垢がボロボロ落ちる!」
 彼らは悲鳴に近い歓声を上げながら、数ヶ月分の汚れを洗い流した。
 そして、メインの大浴槽へ。
 広さ五十メートルプール並みの巨大な湯船には、並々と熱いお湯が湛えられている。
 ザブゥゥゥン……。
 ゴンゾが一番乗りで飛び込み、そして固まった。
「…………ぁぁぁぁぁぁ」
 魂が抜けるような声。
 彼は湯船の縁に頭を乗せ、天を仰いだ。
「極楽だ……。生きてて良かった……」
 周りの男たちも同様だった。
 筋肉の強張りが解け、血管が拡張し、血行が良くなる。
 「ふぅー」「はぁー」という吐息が、ドーム内に反響して大合唱となる。
 そこには、身分も、出身地も関係ない。
 ただの「裸の付き合い」があるだけだ。
          ◇
 私は番台(入り口の管理席)で、その様子を満足げに眺めていた。
 すると、女湯の暖簾(のれん)をくぐって、一人の女性が現れた。
 リリアーナだ。
 王都から視察に来ていた彼女は、私の勧めで「一番風呂」を体験したのだ。
 湯上がりで頬を紅潮させ、濡れた髪をタオルで拭いている姿は、破壊力が凄まじい。
「……アレン様。これは反則ですわ」
 彼女は火照った顔を団扇で扇ぎながら、私の隣に座った。
「肌がスベスベですの。それに、この開放感……。王都の狭いバスタブとは別世界ですわ」
「気に入っていただけましたか?」
「ええ。……ですが、商機(ビジネスチャンス)を逃してはいけませんわよ」
 彼女の目がキラーンと光った。
「入り口で『冷たい牛乳』と『コーヒー』を売りましょう。湯上がりの一杯、絶対に売れますわ」
「……さすがですね」
「それに、あの石鹸。もっと香りの良いものを開発して『高級アメニティ』として売り出します。タオルも、吸水性の高い『パイル地』のものを……」
 リリアーナは、湯上がりの余韻に浸る間もなく、手帳にアイデアを書き殴り始めた。
 たくましい。
 だが、そのおかげでテルマエはただの洗い場ではなく、一大レジャー施設へと進化することになる。
 男湯からは、ゴンゾたちの歌声が聞こえてくる。
 女湯からは、貴婦人も庶民も混じって、美容談義に花を咲かせる声がする。
 衛生環境の改善。
 ストレスの解消。
 そして、コミュニティの形成。
 コンクリートの神殿は、ベルナ領の文化的中心地(ランドマーク)となった。
 こうして、労働者たちの英気を養ったベルナ領は、いよいよ空に向かって伸び始める。
 
 清潔になった都市に、次なる訪問者が現れる。
 今度はビジネス客ではない。
 王都から家出をしてきた、あのお転婆王女様だ。

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