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第32話 灰色の摩天楼と、家出王女の聖地巡礼(ロイヤル・エスケープ)
テルマエ・ベルナの完成から数週間。
ベルナ領の風景は、劇的な変化を遂げていた。
港の埋め立て地には、灰色の巨塔――と言っても四階建てだが――が、雨後の筍のように立ち並び始めていた。
木造建築では不可能だった高層集合住宅。
鉄筋とコンクリート(RC造)が生み出した、この世界初の「団地(アパートメント)」である。
「オーライ! クレーンを上げろ!」
蒸気クレーンが唸りを上げ、コンクリートパネルを吊り上げる。
急増する移民や労働者を収容するには、横に広げる土地がない。上に伸ばすしかなかったのだ。
一階は店舗、二階以上は住居。各部屋には水道と、ダストシュート(ゴミ投下管)を完備。
まさに未来都市の雛形だ。
そんな工事現場の喧騒の中、一台の質素な馬車が、舗装されたばかりのメインストリートを走っていた。
「……信じられない」
馬車の窓から顔を出しているのは、フードを目深に被った小柄な少年――に見えるが、その正体は第二王女、ソフィア・ド・オルフェリアだ。
彼女は王城を抜け出し、ここまで「家出」をしてきたのだ。
「馬車が……揺れないわ」
彼女が驚いたのは、アレンの発明したサスペンションだけではない。
道だ。
王都の道は石畳でガタガタか、泥道でぬかるんでいるのが常識だ。馬の糞や汚水が垂れ流され、悪臭が漂っている。
だが、ベルナの道は違う。
コンクリートで平らに舗装され、両脇には側溝(ドブ)があり、汚水は地下の下水道へと流れている。
埃(ほこり)が立たない。
臭くない。
アレルギー持ちの彼女にとって、ここは「世界で一番呼吸がしやすい場所」だった。
「……ここが、アレン様の作った街」
◇
私はその頃、新築アパートの最上階で、内装のチェックをしていた。
そこへ、シオンが音もなく現れた。
「アレン様。……お客様です。招かれざる、しかし高貴な」
「……嫌な予感がするな。誰だ?」
「『アレン先生の患者』と名乗っています」
私は頭を抱えた。
患者といえば一人しかいない。
私は慌てて階段を駆け下りた。
アパートの入り口で、フードの少年――ソフィアが、興味津々にコンクリートの壁を触っていた。
「ソフィア様!? ここで何を……いや、その格好は!」
「しっ! 声が大きいわ、アレン」
彼女はフードを少し上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
その顔色は、王都で会った時とは比べ物にならないほど健康的で、瞳には好奇心が輝いている。
「……来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないですよ! 王城は大騒ぎでしょう!」
「大丈夫よ。書き置きはしてきたわ。『空気の良いところで療養します』って」
彼女は私の腕を掴み、グイグイと引っ張った。
「それより案内して! この街、凄いわ! 道は平らだし、高い建物がいっぱいだし、何より空気が美味しい! 私の肺が喜んでいるの!」
アレルギーが完治したわけではないが、原因物質(アレルゲン)の少ないこの街は、彼女にとって楽園なのだろう。
私は溜め息をつきつつ、彼女を「来賓」として迎えることにした。
◇
私は彼女を連れて、街を案内した。
まずは完成したばかりの「テルマエ・ベルナ」だ。
入り口でコーヒー牛乳(東方貿易の成果と牧場のコラボ)を買い、彼女に渡す。
「……美味しい! 甘くて、冷たくて!」
「風呂上がりの定番ですからね。……まだ入ってませんが」
次に、「新聞社」へ。
輪転機がガシャンガシャンと音を立てて新聞を刷っている様子を、彼女は目を丸くして見つめていた。
「知識が……量産されているわ。王家図書館の本よりも、ここの紙切れ一枚の方が情報が早いのね」
そして最後に、建設中の**「高層アパート」**の屋上へ。
そこからは、ベルナ港の全景が見渡せた。
拡張された桟橋。
煙を上げる工場群。
黄金色の稲穂が揺れる農地。
そして、活気に満ちた人々の笑顔。
「……王都より、ずっと生きている感じがする」
ソフィアが風に吹かれながら呟いた。
「王都は『過去』の街だわ。伝統と格式に縛られて、澱(よど)んでいる。……でも、ここは『未来』だわ」
「まだ発展途上ですよ。工事の騒音もうるさいし」
「それがいいの。……アレン、私、決めたわ」
彼女は手すりを握りしめ、私を振り返った。
「私、ここに住む。王都には帰らない」
「……はい?」
「王族としての義務は果たすわ。でも、住むのはここがいい。……ここで、貴方の作る未来を一番近くで見ていたいの」
プロポーズとも取れる爆弾発言。
私は冷や汗をかいた。
王女が住むとなれば、警備の問題、王家との折衝、外交問題……タスクが山積みだ。
だが、彼女の瞳は本気だった。
かつての「死を待つだけの姫」ではない。自分の足で歩き、自分の意志で居場所を選び取ろうとする強さがあった。
「……分かりました。ですが、ただの居候(いそうろう)は認めませんよ。ベルナ領では『働かざる者食うべからず』です」
「望むところよ。私にできることなら何でもするわ」
こうして、ベルナ領に最強にして最厄の「住民」が増えた。
彼女には、新築アパートの最上階(ペントハウス)を提供し、その代わり「王家とのパイプ役」および「教育係(王女が教えるマナー講座)」として働いてもらうことにした。
しかし、平和な時間は長くは続かない。
ソフィアの「家出」を嗅ぎつけた隣国のスパイや、彼女を連れ戻そうとする王家の追っ手が、ベルナ領に迫っていた。
そして季節は、ゆっくりと、しかし確実に「冬」へと向かっている。
冬の足音と共に、道路事情が悪化する。
アレンは王女を守るため、そして物流を止めないために、地面を固める最終兵器「ロードローラー」を投入する。
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