没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第33話 泥の海を渡る黒い帯と、鉄の整地獣(スチーム・ローラー)



 ソフィア王女がベルナ領に住み着いてから、数週間が経った。
 季節は秋の終わり。空は鉛色の雲に覆われ、連日の冷たい雨が大地を叩いている。
 ベルナ領の産業は順調に見えたが、足元から崩れ始めていた。
 文字通り、足元――「道路」だ。
「……ダメです、若様! トラクターが動けません!」
 泥まみれの伝令が、執務室に飛び込んできた。
 私は窓の外を見た。
 港から工場、そして鉱山へと続くメインストリートは、見るも無惨な泥沼と化していた。
 私の発明した「蒸気トラクター」や、サスペンション付きの「大型馬車」は、その重量ゆえに泥に深く沈み込み、車輪を空転させている。
「物流が止まれば、都市は死ぬぞ」
 工場には資材が届かず、港には出荷できない製品が山積みだ。
 コンクリートで港は固めたが、内陸への道はまだ土のままだった。
 アスファルトもコンクリートもない世界では、雨が降れば物流が麻痺するのが常識だ。
「……仕方ない。やるか、舗装工事」
 私は立ち上がった。
 部屋の隅で、書類整理(という名の社会勉強)をしていたソフィアが顔を上げた。
「舗装? 王都のような石畳にするの? あれ、馬車がガタガタ揺れるから嫌いよ」
「石畳は作りません。手間がかかるし、メンテナンスが大変だ。……もっと滑らかで、継ぎ目のない『黒い絨毯』を敷きます」
          ◇
 私は工廠のレイノルズ博士と、建設棟梁のゴンゾを呼び出した。
 用意させたのは、川砂利と、そして黒く粘り気のある液体だ。
「なんだこりゃ? 臭えな。燃える水か?」
「『タール』だ。石炭を蒸し焼きにしてコークス(製鉄用燃料)を作る際に出る副産物だよ」
 これまでは捨てていた産業廃棄物だ。
 だが、これを砂利と混ぜて加熱すれば、最強の舗装材になる。
 『タール・マカダム(簡易アスファルト)』だ。
「これを地面に敷き詰めれば、雨を弾き、泥濘(ぬかるみ)知らずの道になる。だが、問題は『締め固め』だ」
 タール混合物は、強力な圧力で押し固めないと、すぐにボロボロになってしまう。
 人力の叩き棒では日が暮れる。
「そこで、こいつの出番だ」
 私は工場の奥を指差した。
 そこには、蒸気トラクターを改造した、異形の怪物が鎮座していた。
 前輪があった場所に、巨大な鉄のドラム(円筒)が取り付けられている。
 後輪もまた、幅広の鉄輪だ。
 総重量は十トンを超える。
「『蒸気ロードローラー(スチーム・ローラー)』。……地面を平らにするだけの、単機能の巨人だ」
          ◇
 雨上がりの午後。
 道路工事が始まった。
 作業員たちが、熱したタールと砂利を混ぜた黒い土を、泥道の上に撒いていく。
 湯気が上がり、独特の油臭さが漂う。
「どいてくれ! 『鉄の獣』が通るぞ!」
 ゴンゾの怒号と共に、ロードローラーが動き出した。
 シュゴォォォォ……!
 ガリガリガリガリ……!
 重低音が響く。
 巨大な鉄のローラーが、黒い土を無慈悲に押し潰していく。
 デコボコだった地面が、通過した後には鏡のように平らな「黒い帯」へと変わっていく。
「す、すげえ……! 一発でカチカチになりやがった!」
「これなら馬車も走り放題だ!」
 見物していた領民たちが歓声を上げる。
 執務室の窓から見ていたソフィアも、目を輝かせていた。
「すごい……。アレン、あれは魔法みたい。泥道が、王城の廊下より綺麗になっていくわ」
「あれが産業の血管です。これで、雨の日でも物流は止まらない」
 ロードローラーはゆっくりと、しかし確実に進んでいく。
 港から工場へ。
 工場から鉱山へ。
 黒い舗装道路(ハイウェイ)が、ベルナ領の主要拠点を繋いでいく。
 それは、この領地が「自然の影響」から脱却し、完全に人工的な都市へと進化した証でもあった。
          ◇
 数日後。
 完成したばかりの舗装道路を、銀鱗商会の大型馬車が疾走していた。
 泥は跳ねない。
 車輪は音もなく回転し、サスペンションと相まって、まるで氷の上を滑るような乗り心地だ。
「へへっ、最高だね若旦那! これなら王都までの時間をさらに短縮できるよ!」
 御者のメリッサが笑う。
 輸送効率は倍増した。
 だが、この道路の本当の価値が試されるのは、商業ではない。
 北の空が、不気味に暗くなっている。
 風が冷たくなり、吐く息が白くなる。
「……冬が来るな」
 私は空を見上げた。
 今年の冬は、例年になく厳しいものになる――私の【構造解析】が、大気中のマナの凍結(異常気象)を予知していた。
 この道路は、来たるべき「白い悪魔(大寒波)」との戦いで、生命線となるはずだ。
 そんな中、舗装された道路の端に、怪しい人影があった。
 旅の商人を装っているが、その鋭い視線は、ロードローラーと道路の構造を詳細に観察している。
 隣国、ガレリア帝国の密偵だ。
「……ベルナ領。恐るべき技術力。……報告せねば」
 密偵は懐に手帳をしまい、闇へと消えた。
 便利な道は、敵にとっても侵攻しやすい道となる。
 諸刃の剣。
 私はそれを承知の上で、さらに防御を固めなければならない。
 
 陸の次は川だ。
 鉄道の代わりに、内陸深くまで物資を運ぶための「外輪船(パドルスチーマー)」を建造する。
 冬が来て川が凍る前に、最後の輸送ルートを確保せよ。

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