没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第35話 氷点下の楽園と、鉄の保存食(クリスタル・グリーンハウス)



 初雪から数日。
 ベルナ領は、かつてない寒波に見舞われていた。
 気温は氷点下十度。例年なら零度前後で済む地域だが、今年は異常だ。
 私の【構造解析(ブループリント)】が予知した通り、百年ぶりの「大寒波」が到来していた。
「……寒い。息が凍りそうだ」
 私は分厚いコートを着込み、農業区画を視察していた。
 一面の銀世界。
 露地栽培の野菜は全滅し、果樹も雪の重みで枝を垂れている。
「アレン様……申し訳ありません。冬野菜のキャベツも、この寒さじゃ育ちません」
 農業主任のハルトが、枯れた葉を見て肩を落とす。
 東方出身の彼は寒さに弱く、顔を真っ赤にして震えている。
「謝ることはない。……外が寒いのなら、中に『春』を作ればいいだけだ」
 私は彼を連れて、工場の裏手にある広大な更地へと向かった。
 そこには、異様な建造物が聳え立っていた。
 太陽の光を浴びてキラキラと輝く、透明な巨大建築。
 鉄骨のフレームに、何千枚ものガラス板をはめ込んだ『ガラスの温室(グリーンハウス)』だ。
 かつての万国博覧会で見た「水晶宮(クリスタル・パレス)」をモデルに、ベルナのガラス職人とドワーフの技術を結集して作ったものだ。
「……なんですか、あれは? 氷のお城?」
「中に入ってみろ。コートは脱いだ方がいいぞ」
          ◇
 ギィィ……。
 重厚な二重扉を開けて中に入ると、そこは別世界だった。
「……あたたかい!?」
 ハルトが驚きの声を上げる。
 ムッとするほどの湿気と、青々とした草の匂い。
 気温は二十五度。常春(とこはる)の楽園だ。
 足元にはパイプが張り巡らされ、そこから心地よい熱が放射されている。
「工場のボイラーから出る『余りものの蒸気』を、ここまでパイプで引っ張ってきている。床暖房みたいなものだ」
 広大な温室の中には、本来なら夏にしか育たないトマト、きゅうり、そしてハルトが大切にしていた東方の「大豆(枝豆)」が青々と葉を茂らせている。
「す、すごい……! 外は大雪なのに、ここだけ季節が止まっている!」
「これで冬の間も新鮮な野菜が食える。ビタミン不足で壊血病になる心配もない」
 だが、私の準備はこれだけではない。
 野菜だけでは腹は膨れない。
 カロリー源となる「肉」や「魚」を、腐らせずに春まで保存する技術が必要だ。
「次はこっちだ。……ゴーディ、例のものは?」
          ◇
 温室の隣にある加工場では、カンカンカン! という金属音が響いていた。
 工廠長のゴーディが、薄く伸ばした鉄板を円筒形に加工している。
 その鉄板は、錫(すず)でメッキされ、銀色に輝いている。
「ブリキ缶だ。……そして、これが中身だ」
 作業台には、秋に獲れた大量の鮭、果物のシロップ漬け、そして煮込んだ肉が並んでいる。
 これらを缶に詰め、蓋をして、ハンダで密封する。
 そして最後に、缶ごと熱湯で煮沸(ボイル)する。
「『缶詰(カニング)』だ」
 私は出来上がったばかりの缶を一つ手に取った。
 ずっしりと重い。
「空気を抜いて密封し、加熱殺菌する。こうすれば、中身は腐敗菌に侵されない。理論上は数年……いや、数十年でも保存できる」
 塩漬けや干し肉とは違う。
 水分と風味を閉じ込めたまま、時を止める魔法の箱。
「開けてみよう」
 私はノミとハンマーで、試作品の「桃の缶詰」を開封した(缶切りはまだ発明していない)。
 パカリ。
 中から、甘いシロップの香りと共に、瑞々しい桃の果肉が現れた。
 ハルトとゴーディに一切れずつ渡す。
「……うまい! 採れたてみてえだ!」
「甘い……! 冬にこんな果物が食べられるなんて!」
 二人は感動して震えていた。
 外は吹雪。窓ガラスがガタガタと鳴っている。
 その中で、南国の果物を味わう贅沢。
「これで勝てる」
 私は確信した。
 温室栽培の野菜。
 缶詰による長期保存食。
 そして、暖かい蒸気暖房。
 ベルナ領は、冬将軍に対する「完全なる要塞」となったのだ。
          ◇
 その夜。
 温室の中にテーブルを持ち込み、ささやかな「冬の晩餐会」を開いた。
 招いたのは、ソフィア王女とリリアーナだ。
「……信じられませんわ」
 リリアーナが、真っ赤なトマトをフォークで突きながら溜め息をついた。
 彼女の屋敷(王都)ですら、冬の食事といえば塩辛いスープと硬いパン、良くて根菜の煮込みだというのに。
「外は地獄のような寒さなのに、ここでは蝶が飛んでいますのよ? ここは天国ですか?」
「ベルナ領ですよ。……どうです、ソフィア様。お口に合いますか?」
 ソフィアは、鮭のクリーム煮(缶詰の鮭と、温室育ちのほうれん草を使用)を口いっぱいに頬張っていた。
 彼女の顔色は、雪国にいるとは思えないほど血色が良い。
「美味しい! アレン、これ王都に持って行ったら、金貨と同じ価値があるわよ」
「売りませんよ。これは領民と、私たちの大切な備蓄です」
 リリアーナが計算高い目で缶詰の山を見ていた。
「……この缶詰。軍隊に売れば、莫大な利益になりますわね。兵站(へいたん)の革命ですもの」
「ええ。ですが、まずは生き残ることが先決です」
 私はワイングラス(中身はブドウジュース)を傾け、ガラスの天井を見上げた。
 雪が降り積もっているが、内部の熱で溶け、水となって流れ落ちていく。
 平和な夜だ。
 だが、この平穏は長くは続かない。
 私の【構造解析】が、北の空――国境の方角に、不穏な「熱源」の移動を感知していた。
 人間だ。それも、数千、数万の単位で。
 飢えた狼たちが、匂いを嗅ぎつけてやってくる。
 この豊かな「氷点下の楽園」を奪いに。

 王都からの悲鳴。
 大雪で物流が途絶え、飢餓に苦しむ人々。
 アレンは決断を迫られる。
 要塞に籠るか、それとも雪原を越えて「出前」に行くか。
 雪上輸送作戦の開始である。

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