没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第37話 白銀の峠と、飢えたる牙(スノー・ウルフ)



 シュゴォォォォォ……!!
 ガリガリガリッ、メキメキ……!
 王都へ続く「竜の背峠」。
 普段なら馬車で半日で越えられるその道は、二メートルを超える雪壁に塞がれていた。
 だが、先頭を走る私の『雪上蒸気車(スノーキャタピラ)』は、止まらない。
 幅広の鉄製クローラーが新雪を無慈悲に踏み潰し、圧縮して硬い道に変えていく。その後ろを、十トンもの石炭と缶詰を積んだソリが滑るように付いてくる。
「アレン、前方に巨大な雪の吹き溜まり! 左へ三十度切って!」
「了解。……面舵(おもかじ)いっぱい」
 助手席のソフィアが、吹雪で視界が効かない中、正確なナビゲーションをしてくれる。
 王族として幼い頃から地理を叩き込まれている彼女の頭脳は、雪で地形が変わっていても「本来の道」を割り出せるのだ。
 彼女はもう、ただ守られるだけの姫ではない。
「車内の温度は?」
「二十度よ。ポカポカして眠くなりそう」
 ソフィアがコートの襟を緩めて笑う。
 蒸気エンジンの廃熱をキャビン(運転席)に引き込んでいるため、外が氷点下二十度だろうと、車内は春の陽気だ。
 だが、後続車からの通信管(伝声管)から、リリアーナの焦った声が響いた。
『アレン様! 最後尾のソリから報告です! ……何か、追ってきますわ!』
「追ってくる? この吹雪の中でか?」
 私はバックミラーを睨んだ。
 白い闇の中。
 ヘッドライト(魔石ランプ)の光の端に、無数の「青く光る眼」が浮かび上がっていた。
「……ッ! 『雪狼(スノー・ウルフ)』の群れか!」
 普段は北の深山に棲む、Cランクの魔物だ。
 並の狼の倍近い巨体を持ち、氷のブレスを吐く。
 この異常な大寒波で山の獲物が全滅し、飢え狂って下山してきたのだろう。
 その数、ざっと五十匹以上。
『ヒィィッ! 追いつかれます! 荷物を捨てましょう!』
 ソリに乗っている護衛の傭兵たちがパニックを起こしている。
 彼らの剣や弓では、吹雪の中を高速で移動する魔物には当てられない。
「荷物は捨てるな! 王都の命綱だぞ!」
 私は操縦桿を固定し、立ち上がった。
「ソフィア、ハンドルを頼む! 真っ直ぐ進むだけでいい!」
「えっ!? わ、分かったわ!」
 私はキャビンの天窓(ハッチ)を蹴り開け、氷点下の外界へ上半身を乗り出した。
 強烈なブリザードが顔を叩き、一瞬でまつ毛が凍りつく。
「キャンキャン吠えるな、駄犬ども……!」
 最後尾のソリに、数匹の雪狼が飛びかかろうとしていた。
 分厚い毛皮は、並の矢を弾き返す。
 だが、私には「化学」と「魔法」の合わせ技がある。
「機関室(ボイラー)! 排気バルブを後方に全開しろ!!」
 伝声管越しに指示を飛ばす。
 プシュゥゥゥゥッ!!
 後続車のボイラーから、圧縮された超高温の蒸気が、後方に向けて勢いよく噴射された。
 真っ白な蒸気の幕が、狼たちの行く手を遮る。
 だが、蒸気だけでは殺傷力は低い。
 私は両手に膨大なマナを集め、その蒸気の壁に向けて魔法を放った。
「可燃性ガス生成……着火! 【火属性魔法:バックドラフト】!!」
 私が放ったのは、ただの火球ではない。
 蒸気の中に微細な「油」と「粉塵」を混ぜ込み、そこに火種を投げ込んだのだ。
 ドゴォォォォォンッ!!!
 大爆発。
 雪山を揺るがす轟音と共に、後方に巨大な「炎の壁」が出現した。
 熱膨張による粉塵爆発だ。
 雪狼たちは悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして消し炭となった。
 残った狼たちも、未知の轟音と炎に恐れをなし、尻尾を巻いて白い闇の中へ逃げ去っていく。
「……ふぅ。これで片付いたか」
 私はハッチを閉め、暖かいキャビンへ戻った。
 ソフィアが目を丸くして私を見ている。
「アレン……貴方、本当に人間? 魔法使いの最高位(アークメイジ)でも、こんな雪山であんな大爆発は起こせないわよ?」
「ちょっとした理科の実験ですよ。……さあ、先を急ぎましょう」
          ◇
 峠の頂上に差し掛かった時。
 私はふと、雪の中に「不自然な黒い塊」があるのを見つけた。
 岩ではない。
 人間だ。
「止まれ! 遭難者だ!」
 私は車を止め、雪を漕いでその人物に駆け寄った。
 既に凍死している。
 だが、ただの旅人ではない。
 着ているのは、雪中迷彩が施された純白の軍服。
 そして、その手には「ガレリア帝国」の紋章が入った通信用の魔導具が握られていた。
「……帝国の斥候(スパイ)……?」
 ソフィアが息を呑む。
 私は死体の懐を探り、凍りついた羊皮紙の地図を引き出した。
 そこには、恐るべき作戦図が描かれていた。
「……アレン。これって……」
「ああ。最悪の予想が当たった」
 地図に描かれていたのは、吹雪に紛れて国境の砦を迂回し、王都へ直接軍を進める「雪中行軍ルート」だった。
 この大寒波は、王国にとっては災厄だが、寒さに強い帝国にとっては「国境の防衛線を無力化する」絶好のチャンスなのだ。
「奴ら、既に国境を越えている。……狙いは、物資が尽きかけている王都だ」
「そんな! お父様たちが危ない!」
 ソフィアが悲鳴を上げる。
 通信が途絶えたのは、寒波のせいだけではない。帝国のスパイが通信網を破壊したのだ。
「……急ぐぞ。帝国軍より先に王都に入り、籠城戦の準備をする」
 私は操縦席に戻り、ボイラーの出力を限界まで上げた。
 単なる「物資の輸送」だった作戦は、今、王国を救うための「防衛戦」へと変わったのだ。
 
 

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