37 / 55
第37話 白銀の峠と、飢えたる牙(スノー・ウルフ)
シュゴォォォォォ……!!
ガリガリガリッ、メキメキ……!
王都へ続く「竜の背峠」。
普段なら馬車で半日で越えられるその道は、二メートルを超える雪壁に塞がれていた。
だが、先頭を走る私の『雪上蒸気車(スノーキャタピラ)』は、止まらない。
幅広の鉄製クローラーが新雪を無慈悲に踏み潰し、圧縮して硬い道に変えていく。その後ろを、十トンもの石炭と缶詰を積んだソリが滑るように付いてくる。
「アレン、前方に巨大な雪の吹き溜まり! 左へ三十度切って!」
「了解。……面舵(おもかじ)いっぱい」
助手席のソフィアが、吹雪で視界が効かない中、正確なナビゲーションをしてくれる。
王族として幼い頃から地理を叩き込まれている彼女の頭脳は、雪で地形が変わっていても「本来の道」を割り出せるのだ。
彼女はもう、ただ守られるだけの姫ではない。
「車内の温度は?」
「二十度よ。ポカポカして眠くなりそう」
ソフィアがコートの襟を緩めて笑う。
蒸気エンジンの廃熱をキャビン(運転席)に引き込んでいるため、外が氷点下二十度だろうと、車内は春の陽気だ。
だが、後続車からの通信管(伝声管)から、リリアーナの焦った声が響いた。
『アレン様! 最後尾のソリから報告です! ……何か、追ってきますわ!』
「追ってくる? この吹雪の中でか?」
私はバックミラーを睨んだ。
白い闇の中。
ヘッドライト(魔石ランプ)の光の端に、無数の「青く光る眼」が浮かび上がっていた。
「……ッ! 『雪狼(スノー・ウルフ)』の群れか!」
普段は北の深山に棲む、Cランクの魔物だ。
並の狼の倍近い巨体を持ち、氷のブレスを吐く。
この異常な大寒波で山の獲物が全滅し、飢え狂って下山してきたのだろう。
その数、ざっと五十匹以上。
『ヒィィッ! 追いつかれます! 荷物を捨てましょう!』
ソリに乗っている護衛の傭兵たちがパニックを起こしている。
彼らの剣や弓では、吹雪の中を高速で移動する魔物には当てられない。
「荷物は捨てるな! 王都の命綱だぞ!」
私は操縦桿を固定し、立ち上がった。
「ソフィア、ハンドルを頼む! 真っ直ぐ進むだけでいい!」
「えっ!? わ、分かったわ!」
私はキャビンの天窓(ハッチ)を蹴り開け、氷点下の外界へ上半身を乗り出した。
強烈なブリザードが顔を叩き、一瞬でまつ毛が凍りつく。
「キャンキャン吠えるな、駄犬ども……!」
最後尾のソリに、数匹の雪狼が飛びかかろうとしていた。
分厚い毛皮は、並の矢を弾き返す。
だが、私には「化学」と「魔法」の合わせ技がある。
「機関室(ボイラー)! 排気バルブを後方に全開しろ!!」
伝声管越しに指示を飛ばす。
プシュゥゥゥゥッ!!
後続車のボイラーから、圧縮された超高温の蒸気が、後方に向けて勢いよく噴射された。
真っ白な蒸気の幕が、狼たちの行く手を遮る。
だが、蒸気だけでは殺傷力は低い。
私は両手に膨大なマナを集め、その蒸気の壁に向けて魔法を放った。
「可燃性ガス生成……着火! 【火属性魔法:バックドラフト】!!」
私が放ったのは、ただの火球ではない。
蒸気の中に微細な「油」と「粉塵」を混ぜ込み、そこに火種を投げ込んだのだ。
ドゴォォォォォンッ!!!
大爆発。
雪山を揺るがす轟音と共に、後方に巨大な「炎の壁」が出現した。
熱膨張による粉塵爆発だ。
雪狼たちは悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして消し炭となった。
残った狼たちも、未知の轟音と炎に恐れをなし、尻尾を巻いて白い闇の中へ逃げ去っていく。
「……ふぅ。これで片付いたか」
私はハッチを閉め、暖かいキャビンへ戻った。
ソフィアが目を丸くして私を見ている。
「アレン……貴方、本当に人間? 魔法使いの最高位(アークメイジ)でも、こんな雪山であんな大爆発は起こせないわよ?」
「ちょっとした理科の実験ですよ。……さあ、先を急ぎましょう」
◇
峠の頂上に差し掛かった時。
私はふと、雪の中に「不自然な黒い塊」があるのを見つけた。
岩ではない。
人間だ。
「止まれ! 遭難者だ!」
私は車を止め、雪を漕いでその人物に駆け寄った。
既に凍死している。
だが、ただの旅人ではない。
着ているのは、雪中迷彩が施された純白の軍服。
そして、その手には「ガレリア帝国」の紋章が入った通信用の魔導具が握られていた。
「……帝国の斥候(スパイ)……?」
ソフィアが息を呑む。
私は死体の懐を探り、凍りついた羊皮紙の地図を引き出した。
そこには、恐るべき作戦図が描かれていた。
「……アレン。これって……」
「ああ。最悪の予想が当たった」
地図に描かれていたのは、吹雪に紛れて国境の砦を迂回し、王都へ直接軍を進める「雪中行軍ルート」だった。
この大寒波は、王国にとっては災厄だが、寒さに強い帝国にとっては「国境の防衛線を無力化する」絶好のチャンスなのだ。
「奴ら、既に国境を越えている。……狙いは、物資が尽きかけている王都だ」
「そんな! お父様たちが危ない!」
ソフィアが悲鳴を上げる。
通信が途絶えたのは、寒波のせいだけではない。帝国のスパイが通信網を破壊したのだ。
「……急ぐぞ。帝国軍より先に王都に入り、籠城戦の準備をする」
私は操縦席に戻り、ボイラーの出力を限界まで上げた。
単なる「物資の輸送」だった作戦は、今、王国を救うための「防衛戦」へと変わったのだ。
あなたにおすすめの小説
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学4巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた