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第38話 凍てつく王都と、反撃の産声(フローズン・キャピタル)
白一色の視界が晴れ、巨大な城壁が姿を現した。
王都だ。
だが、その威容は見る影もない。そびえ立つ尖塔は氷柱(つらら)に覆われ、街全体が深い雪に埋もれた「氷の墓標」と化していた。
「……ひどい。まるで死の街ね」
助手席のソフィアが息を呑む。
正門は半ば雪に埋もれ、開いたまま凍りついていた。門番の兵士たちは、消えかけた焚き火を囲むように身を寄せ合い、ピクリとも動かない。
意識を失っているのだ。
「蹴散らせ。止まればこっちも凍るぞ」
私は操縦桿を押し込んだ。
雪上蒸気車(スノーキャタピラ)が唸りを上げ、正門の雪山を豪快に踏み砕いて王都へ突入する。
大通りには、雪に埋もれた馬車や、力尽きた人々の姿があった。
窓という窓は板で塞がれ、煙突から煙が出ている家は皆無だ。薪が尽きている証拠である。
「アレン! 門番の人たちが……!」
「死なせはしない! 後続車、門番たちを回収しろ! ボイラーの近くで温めるんだ!」
指示を飛ばしながら、私たちは一直線に王城を目指した。
◇
王城の大広間。
かつて華やかな夜会が開かれたその場所は今、絶望のどん底にあった。
重厚な扉には目張りがされ、数十個の魔石ランプが僅かな熱を発しているが、広間を温めるには程遠い。
玉座には、毛布にくるまり激しく咳き込む国王。
その傍らには、メディシス侯爵やジークフリート少将ら、王国の重鎮たちが青ざめた顔で控えていた。
「……陛下。これ以上は限界です。食料庫には、カチカチに凍った黒パンが数日分しか……」
「薪もない。貧民街では暴動すら起きる気力がないそうだ。……我が国は、雪に殺されるのか」
将軍たちが悲壮な顔で呟く。
その時だった。
バンッ!!
大広間の重い扉が、外から蹴り開けられた。
吹き込む冷気に、一同が悲鳴を上げる。
「何者だ!? 反乱軍か!」
ジークフリート少将が剣に手をかけた。
だが、猛吹雪と共に現れたのは、雪まみれの分厚いコートを着た一人の少年と、その後ろに続く見慣れた少女たちだった。
「お待たせしました、皆様。……『春』の出前です」
私が笑いかけると、ソフィアが私の背中から飛び出し、玉座へ駆け寄った。
「お父様!」
「ソ、ソフィア……!? なぜお前がここに……それに、その顔色は……」
国王が信じられないものを見るように目を丸くした。
かつて歩くことすらままならなかった病弱な娘が、雪山を越えてきたというのに、誰よりも健康的な薔薇色の頬をしているのだから。
「アレン! 本当にお前という奴は……!」
メディシス侯爵が、私の後ろにいる娘・リリアーナの無事を確認し、床にへたり込んだ。
「感動の再会は後です。今は一秒でも早く『熱』を入れないと」
私は指を鳴らした。
それを合図に、兵士たちが次々と黒い袋と、銀色に光る無数の「円筒形の金属」を運び込んでくる。
「アレン殿……それは?」
「ベルナ領特産の『石炭』、そして『缶詰』です」
私は暖炉に石炭を放り込み、着火魔法を放った。
ボワァッ!!
薪とは比べ物にならない火力が、一瞬にして大広間を暖め始める。
さらに、暖炉の火にかけてボイルした缶詰を次々と開けていく。
パカッ。
立ち昇る湯気。
漂うのは、濃厚なビーフシチューの匂い、そして甘い果実の香り。
「さあ、食べてください。王都の全住民を三ヶ月養えるだけの量を持ってきました」
ジークフリート少将も、メディシス侯爵も、なりふり構わず缶詰に群がった。
一口食べた瞬間、彼らの目から涙が溢れた。
凍りついていた王都の心臓が、再び力強く脈打ち始めたのだ。
◇
食欲が満たされ、広間に活気が戻ったところで、私はあえて冷水を浴びせることにした。
「……皆さんが温まったところで、最悪の報告があります」
私は、峠で拾ったガレリア帝国の軍服と、作戦地図を玉座の前に投げ出した。
「なっ……! 帝国の紋章!?」
「彼らはこの大寒波を『味方』につけました。国境の砦を迂回し、雪中行軍で王都へ直接攻め込んでくるつもりです。……既に、目と鼻の先まで迫っているはずです」
広間が再び凍りついた。
ジークフリート少将が血相を変えて地図を覗き込む。
「馬鹿な……! この雪の中を何万という軍勢が移動できるはずがない! 補給はどうする気だ!?」
「彼らは寒さに強い。略奪しながら進むつもりでしょう。……そして、王都を落とせば、暖かい城と備蓄が手に入ると思っている」
その時だった。
見張りの兵士が、転がるように広間へ飛び込んできた。
「ほ、報告ォォォッ!! 王都北門の三キロ先に、所属不明の軍勢! 数は約三万! 白一色の武装で、こちらへ進軍してきます!!」
悲鳴が上がった。
三万の軍勢。対する王都の近衛兵は、寒さと飢えで半死半生の状態だ。
国王が絶望に目を閉じた。
「……これまでか。もはや剣を握れる者すら……」
「諦めるのは早いです、陛下」
私は立ち上がり、ジークフリート少将の肩をポンと叩いた。
「少将。以前、貴方は私に言いましたね。『兵器に使うなら最強のものを作れ』と」
「……アレン殿?」
「籠城戦は『兵站(ロジスティクス)』の戦いです。……彼らは雪の中を歩いてきた。腹は減り、凍えている。対する我々は、今、熱とカロリーを補給したばかりだ」
私は窓の外、白銀の軍勢が迫る北の空を睨みつけた。
「私が持ってきたのは、食料だけじゃありませんよ。ベルナ工廠の最高傑作……雪原を駆ける『鉄の騎兵』を見せてあげましょう」
反撃の準備は整った。
飢えた白狼たちを、圧倒的な熱量(スチームパワー)で焼き尽くす防衛戦が始まる。
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