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第39話 白銀の蹂躙と、湯気の城壁(スチーム・ファランクス)
王都の北、雪原を見下ろす城壁の上。
吹きすさぶブリザードの中、私はジークフリート少将と共に、迫り来る黒い影の大群を睨んでいた。
「……信じられん。本当に帝国軍の主力部隊だ」
少将が双眼鏡を握りしめ、ギリッと歯を鳴らした。
白一色の雪中迷彩を施した三万の軍勢。彼らは腰まである雪をラッセル(掻き分け)しながら、じわじわと王都へ接近している。
彼らもまた、限界ギリギリのはずだ。補給線を持たず、王都の食料を奪うことだけを目標にした「背水陣の雪中行軍」。
「アレン殿。貴殿の持ってきた物資で、兵の何割かは動けるようになった。だが、多勢に無勢だ。……あの『鉄の馬車』十台でどう戦うつもりだ? 大砲も積んでいないのだろう?」
「ええ。ですが、最高の『熱』を積んでいます」
私は城壁の下、広場に整列した十台の雪上蒸気車(スノーキャタピラ)を見下ろした。
各車のボイラーは、限界まで石炭を焚べられ、真っ赤に燃え盛っている。圧力計の針はレッドゾーン手前だ。
「少将。門を開けてください。……迎撃に出ます」
「正気か!? 城壁という地の利を捨てるなど!」
「向こうは飢えた獣です。壁に張り付かれたら、数で押し切られる。……心をへし折るなら、平原(フィールド)での正面衝突(ショック・アンド・アウェア)に限ります」
私の迷いのない目を見て、少将は大きく息を吐き、剣を抜いた。
「……全軍、北門を開けェッ!! ベルナ卿の部隊に続け!!」
◇
ガガガガガッ……!!
凍りついていた巨大な城門が、鎖を引きちぎるような音を立てて開いていく。
その向こう側では、帝国軍の先鋒三千人が、勝利を確信したような歓声を上げていた。
「門が開いたぞ! 王都の奴ら、寒さで狂って降伏しやがった!」
「メシだ! 暖かいスープと女が待ってるぞ!!」
彼らが剣を振り上げ、雪を蹴り立てて突撃してくる。
対するはこちら。
私は先頭車両の天窓(ハッチ)から身を乗り出し、メガホン代わりの伝声管を握った。
「全車、前進(フォーワード)!! 汽笛を鳴らせ!!」
プァァァァァァァァーーーッ!!!
十台の雪上車が一斉に、耳をつんざくような甲高い汽笛を鳴らした。
それは竜の咆哮よりも恐ろしく、吹雪の雪原に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「巨大な……魔獣!?」
突撃してきていた帝国軍の足が止まった。
吹雪の奥から現れたのは、降伏の白旗を持った兵士ではない。
煌々と輝く魔石ランプの「双眸」を持ち、黒煙を吐き、地響きを鳴らして突進してくる「十匹の鉄の怪物」だ。
「ひるむな! ただの馬車だ! 魔法部隊、撃てェッ!!」
帝国の指揮官が叫び、火球や氷槍が飛んでくる。
だが、分厚い鉄板とリベットで装甲化されたトラクターの正面に当たっても、煤(すす)がつくか、弾き返されるだけだ。
「距離、百メートル……五十……今だ! 排気バルブ全開(ブロー・オフ)!!」
私は手元のレバーを勢いよく引いた。
他の九台も一斉にそれに従う。
ドバシャァァァァァァッ!!!!
車体の前面に設置されたノズルから、限界まで圧縮された「三百度の高圧蒸気」が、扇状に噴射された。
氷点下二十度の雪原に、超高温の蒸気が放たれるとどうなるか。
一瞬にして、視界を完全に奪う「真っ白な熱雲」が爆発的に膨張する。
「ぎゃあああああっ!!? 熱い!? いや、冷たい!?」
「目があぁぁぁっ! 前が見えねえ!!」
先鋒の兵士たちが、蒸気の壁に呑み込まれて阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。
重度の火傷にはならないよう距離は計算しているが、極寒の中でいきなり熱湯の霧を浴びせられれば、パニックを起こすには十分だ。
さらに、熱雲はすぐに冷気で急激に冷やされ、無数の氷の粒(ダイヤモンドダスト)となって彼らの顔を叩きつける。
「轢き潰せ!!」
蒸気の煙幕の中を、十トンの鉄の塊が無慈悲に進む。
クローラーが彼らの盾を紙屑のように踏み砕き、槍をへし折る。
一滴の血も流さず、ただ圧倒的な「質量」と「熱」と「音」だけで、帝国軍の先鋒三千人は完全に崩壊した。
「ば、化け物だァァッ!!」
「逃げろ! 竜のブレスを吐く鉄の魔獣だ!!」
武器を放り出し、後ろの部隊へと雪崩を打って逃げ出していく帝国兵たち。
私は深く息を吐き、レバーを引いて車を停止させた。
◇
雪煙が晴れた後、私は城壁へと戻り、呆然としているジークフリート少将の横に立った。
「……信じられん。たった十台の『農機具』で、三千の精鋭を無傷で敗走させるとは」
「大砲で殺すより、未知の力を見せつけて心を折る方が効果的です。特に、飢えて疲労しきった相手にはね」
私は冷たく言い放った。
先鋒が逃げ帰ったことで、帝国軍の本隊は大混乱に陥っているはずだ。
「王都には未知の防衛兵器がある」という恐怖が、彼らの足を止める。
「少将。これで第一段階(フェーズ・ワン)は終了です」
「第一段階……だと? まだ三万の敵が残っているぞ」
「ええ。ですから、第二段階(フェーズ・ツー)に移行します。……名付けて『兵糧攻め(冬将軍の晩餐)』です」
私は懐から、ベルナ領特産の「缶詰」を一つ取り出し、空へ放り投げた。
「奴らは雪の中にテントを張り、寒さと飢えに耐えながら陣を立て直すでしょう。……私たちは、この暖炉の効いた城壁の上で、温かい肉のシチューを食いながら、彼らが凍りつくのを待てばいい」
最強の要塞は、大砲の数ではない。
「絶対に尽きない熱と食料」だ。
ガレリア帝国の三万の軍勢は、アレンの持ち込んだ『ロジスティクス(兵站)』という名の壁を前に、静かに、そして確実に死(凍死)へと向かっていくことになる。
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