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第40話 空からの暴力と、温かな降伏勧告(エア・ドロップ)
王都の北に広がる雪原。
ガレリア帝国の本陣は、文字通り「凍りついて」いた。
「……くそっ。火だ! もっと火を焚け! 兵がまた凍死したぞ!」
帝国軍の指揮官は、雪を掘って作った塹壕(ざんごう)の中で震えながら怒鳴り散らしていた。
三万の軍勢。
吹雪に紛れて王都を奇襲するはずが、謎の「鉄の魔獣(蒸気トラクター)」によって先鋒を粉砕され、足止めを食らってから三日が経過していた。
補給線はない。
食料は尽き、兵士たちは革靴を煮て噛み、雪を舐めて飢えを凌いでいる。
「将軍! 限界です! 王都は魔法の結界か何かで守られています! 撤退の許可を……!」
「馬鹿者! この雪の中をどうやって国境まで戻る! 王都の奴らも飢えているはずだ。あともう少し耐えれば、奴らは必ず内側から崩壊する!」
指揮官が兵士を怒鳴りつけた、その時だった。
バサァァァッ……!!
吹雪の空から、巨大な羽音が聞こえた。
「敵襲!? 上空だ!」
「竜騎士か! 弓兵、構えろ!」
だが、空から降ってきたのは、魔法でも火の矢でもなかった。
無数の、白い「紙切れ」だった。
吹雪に乗って、何万枚という紙吹雪が、帝国軍の陣地へ舞い降りてきたのだ。
◇
同じ頃。王都の城壁の上。
私は分厚いコートを着て、湯気の立つ「海軍カレー(缶詰バージョン)」をスプーンで掬っていた。
「……いい眺めですね、少将」
「アレン殿。……貴殿の血は、この雪より冷たいのではないか?」
ジークフリート少将が、呆れと恐怖の入り混じった目で私を見ていた。
私の隣では、ソフィア王女が「辛いけど美味しい!」とカレーを頬張っている。
上空を旋回しているのは、ゲイル率いる『空輸騎士団』のワイバーン部隊だ。
彼らが投下しているのは、ベルナ領で刷り上げた『ベルナ新聞・帝国語版(降伏勧告ビラ)』である。
活版印刷の圧倒的な量産力。一晩で数万枚を刷り上げ、空からバラ撒くという、この世界初の「伝単(プロパガンダ)投下作戦」だ。
「少将。大砲の弾は一発で十人しか殺せませんが、情報(ビラ)は一万人の心を同時にへし折ることができます」
私は双眼鏡を覗き込んだ。
ビラには、こう書かれている。
『ガレリア帝国の兵士諸君。王都は無限の熱源と食料(缶詰)により、春まで持ちこたえる準備がある。
諸君の指揮官は、諸君を雪の中で見殺しにするつもりだ。
武器を捨てて王都の門を叩く者には、温かい毛布と、熱い「肉入りシチュー」を約束する』
「しかし、そんな紙切れ一枚で、誇り高き帝国兵が寝返るだろうか?」
「紙だけじゃ足りませんよ。だから……『匂い』も一緒に落としました」
◇
帝国軍の陣地。
一人の若い兵士が、空から落ちてきたビラを拾い上げた。
そこに描かれた「湯気の立つシチュー」の精巧な挿絵(ドワーフの版画技術)と、降伏の条件。
「……肉の、シチュー……温かい毛布……」
兵士の虚ろな目に、涙が浮かぶ。
その時、彼らの足元に、小さな木の箱がパラシュート(シルク製)に乗って投下された。
箱が雪にぶつかって割れる。
中から転がり出たのは、まだ温かい十個の『缶詰』。
衝撃で蓋が開き、極寒の空気に、強烈な暴力とも言える「濃厚な肉とスパイスの匂い」が放たれた。
「……あ、あああ……」
兵士の理性が、音を立てて崩壊した。
一人の兵士が缶詰に飛びつき、素手で中身を貪り食う。
「う、うまいっ! 肉だ! 温かい!」
「俺にも寄越せ!!」
「待て貴様ら! それは敵の罠だ! 毒が入っているかもしれんぞ!!」
指揮官が剣を抜いて制止しようとした。
だが、飢え狂った三万の兵士の前に、指揮官の権威など紙屑以下だった。
一人が叫んだ。
「王都に行けば、これが食えるんだろ!? 俺は行くぞ! こんな雪の中で凍え死ぬのは御免だ!!」
「俺もだ! 武器なんか捨ててやる!!」
「反逆だぞ! 戻れェッ!!」
指揮官が叫ぶが、もう誰も聞いていなかった。
剣を捨て、槍を放り投げ、数千、数万の兵士たちが、まるで何かに取り憑かれたように、フラフラと王都の城門へ向かって歩き始めたのだ。
それは進軍ではない。
ただの「炊き出しの列」だった。
◇
城壁の上。
武器を持たない無数の難民(帝国兵)が、門の前に群がっているのを見て、ジークフリート少将は膝から崩れ落ちた。
「……三万の軍勢が、一滴の血も流さずに瓦解した……。食料の匂いと、紙切れだけで……」
「これが『兵站(ロジスティクス)』の暴力です」
私はカレーの皿を置き、少将に告げた。
「さあ、門を開けて、彼らを収容してください。武装解除の確認はお忘れなく。……食事はたっぷり用意してあります。ただし、タダではありませんよ」
「タダではない?」
「ええ。春になったら、彼らにはベルナ領の『鉄道敷設工事』の労働力として働いてもらいますから。三万人のタフな肉体労働者、最高の戦利品です」
私はニヤリと笑った。
敵兵を殺すのは簡単だ。だが、生かして使役する方が、国家にとっては何百倍も利益になる。
ガレリア帝国は、この大寒波で軍の主力を失い、数年は身動きが取れなくなるだろう。
吹雪の空に、王国の勝利の鐘が鳴り響く。
それは魔法でも剣でもなく、「技術」と「経済」がもたらした完全勝利の音だった。
こうして、1年目最大の危機「大寒波と防衛戦」は幕を閉じた。
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