没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第46話 風を切り裂く羽根と、卓上の暴風雨(モーター・ファン)



 ベルナ万国博覧会の大成功と、街の電化から一ヶ月。
 季節は本格的な夏を迎えていた。
「……あつ、暑いですわ……。溶けますわ……」
 執務室のソファで、リリアーナが氷水を当てたタオルを首に巻き、ダラリと溶けていた。
 普段の完璧な令嬢の姿はどこへやら。東方貿易で仕入れた絹の扇子(せんす)をパタパタと力なく仰いでいる。
「コンクリートの建物は頑丈ですけれど、熱がこもりますわね……。万博目当てで滞在している王都の貴族たちも、ホテルの部屋で干からびかけていますわよ」
「文句を言わない。窓を開ければ海風が入ってくるだろう」
 私は図面から顔を上げずに答えた。
 確かに暑い。だが、私にとってはこれすらも「次のビジネス」の絶好の環境(テストケース)だった。
「リリアーナ嬢。貴女が仰いでいるその扇子。……もし、手を動かさなくても、勝手に強風を送り続けてくれる機械があったら、貴族たちはいくら払うと思う?」
「……金貨の入った袋ごと投げつけますわ。でも、そんな都合のいい魔法の道具が……」
 彼女が気怠そうに顔を上げた時、執務室のドアが開いた。
 工廠長のゴーディが、真鍮(しんちゅう)と鉄で作られた「奇妙な装置」を台車に乗せて運んできた。
 重厚な台座の上に、四枚の金属の羽根(プロペラ)。そして、それらを覆う鳥かごのような金網。
「若様。図面通りに組み上げたぜ。……だが、こいつにはボイラーも蒸気ピストンも付いてねえぞ? どうやって羽根を回すんだ?」
「こいつの動力は『蒸気』じゃない。これだよ」
 私は壁に設置されたコンセント(これも私が設計し、各部屋に配線済みだ)から伸びる、黒いゴム被覆線のプラグを指差した。
「万博で作った『発電機(ダイナモ)』を覚えているか? あれは蒸気の回転力で磁石とコイルを回し、電気を生み出す機械だ」
「ああ、あの光る魔法の源だな」
「なら、逆をやればいい」
 私は装置のプラグをコンセントに差し込んだ。
「電気を流し込めば、磁力と電流が反発し合って、勝手にコイルが回り出す。……『電動機(モーター)』だ」
 カチッ。
 私は台座についているスイッチを捻った。
 ブゥゥゥゥゥン……!!
 低いモーター音が響いた直後、四枚の真鍮の羽根が猛烈な勢いで回転を始めた。
 金網越しに、室内の空気が一気に吸い込まれ、前方へと射出される。
「ひゃあっ!?」
 ソファで寝そべっていたリリアーナの顔に、突風が直撃した。
 彼女の美しく結い上げられた金髪がバサバサと乱れ、巻きつけていた冷やしタオルが吹き飛ぶ。
「な、なんですかこれ!? 風が……ものすごい勢いで……!」
「『扇風機(エレクトリック・ファン)』。……世界初の、コンセントに繋ぐだけで動く家電(白物家電)だ」
 リリアーナは最初こそ悲鳴を上げたが、絶え間なく吹きつける涼しい風に、次第に恍惚とした表情を浮かべ始めた。
 汗ばんだ肌から気化熱が奪われ、劇的に体感温度が下がっていく。
「……ああぁ。涼しい……。天国ですわ……」
 彼女は扇風機の真正面に陣取り、両手を広げて風を全身で浴びている。完全に淑女の顔を忘れていた。
「す、すげえ!」
 ゴーディも風に当たって目を丸くしている。
「蒸気機関みてえに石炭をくべる必要もねえ! 煙も出ねえ! スイッチ一つで動き出しやがった!」
「これが『電気』の本当の力だ。光るだけじゃない。見えないケーブルを通して、遠く離れた発電所のボイラーの力を、この小さな箱の中に『回転力』として引っ張ってくることができる」
 リリアーナの目が、一瞬にして「商人」のそれに戻った。
 彼女は乱れた髪を手櫛で直し、扇風機の台座を撫で回した。
「……アレン様。これ、量産できますわね?」
「工廠のラインを使えば、一日に百台は作れる。ただ、モーターに使う銅線の巻き線作業(コイル巻き)が手作業だから、そこは少し手間だが」
「十分ですわ。……王都の貴族たち、いえ、世界中の富裕層に売りつけます。価格は金貨十枚。それでも彼らは喜んで買いますわ」
 彼女の計算は恐ろしく早い。
 だが、真の利益はそこではない。
「アレン様、素晴らしいビジネスモデルですわ! この扇風機を使えば使うほど、彼らは『電気』を消費する。私たちは扇風機本体の利益だけでなく、毎月の『電気料金』まで二重に搾り取れるというわけですわね!」
「人聞きの悪い言い方をしないでくれ。快適な生活への対価(サブスクリプション)だよ」
 私は苦笑した。
 こうして、ベルナ領から「扇風機」が発売された。
 結果はリリアーナの予想通り、否、それ以上の熱狂をもって迎えられた。
 暑さに喘いでいた貴族たちは、こぞってベルナ特区へ移住するか、自らの領地にベルナ式の発電所と電線を引くよう嘆願してきたのだ。
 電気はもはや、単なる見世物(イルミネーション)ではなく、生活に不可欠な「力」となった。
          ◇
 数日後の夜。
 私は執務室で、首振り機能(オシレーター)を追加した扇風機の風に当たりながら、一枚の地図を見ていた。
 ベルナ領から王都へ向けて、次々と建設されていく電柱のルート。
「光を送り、動力を送った。……次はこの電線に、別のものを乗せる」
 電気の「オン」と「オフ」。
 ただそれだけの単純なパルス信号を組み合わせることで、言葉を伝える技術。
 物流の速度が数日に縮まった今、次なる戦場は「情報の速度」だ。

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