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第47話 伝書鳩の引退と、光速の郵便(テレグラフ)
バサァァァッ!!
ベルナ領の執務室のバルコニーに、強風と共に巨大な影が降り立った。
空輸騎士団長ゲイルの相棒、飛竜(ワイバーン)のハヤテだ。
「……ハァ、ハァ……若様! 王都からの急ぎの書簡ですぜ!」
ゲイルは皮鎧についた霜を払いながら、一枚の羊皮紙を差し出した。
王都からベルナ領まで、馬車なら数日かかるところを、彼はワイバーンの最高速度で飛んできたのだ。
「ご苦労だったな、ゲイル。……記録は?」
「王都の城壁を出てから、きっちり三時間! 風の魔石で加速しっぱなしでしたからね。どうです、最速記録更新でしょう!」
ゲイルが誇らしげに胸を張る。
確かに、物理的な移動手段としては圧倒的な速さだ。だが、私は書簡に目を落としながら首を横に振った。
「遅いな。……三時間もあれば、王都の小麦の相場は二回は変動する」
「お、遅い!? これ以上速く飛んだら、俺もハヤテも空中分解しちまいますよ!?」
「物理的に運ぶから時間がかかるんだ。……手紙(モノ)を運ぶ時代は、今日で終わる」
私は呆然とするゲイルを連れて、階下の通信室へと向かった。
◇
通信室には、リリアーナとレイノルズ博士が待ち構えていた。
机の上には、真鍮(しんちゅう)と木で作られた、奇妙な機械が二台並んでいる。
「アレン様、王都までの『専用線』の敷設、完了しておりますわ」
リリアーナが、窓の外へと伸びる黒いケーブル(加硫ゴム被覆線)を指差した。
送電網の工事に便乗し、王都のメディシス侯爵邸まで、密かに「通信用の細い電線」を引かせていたのだ。
「博士、こいつの仕組みをゲイルに説明してやってくれ」
「うむ! ゲイルよ、よぉく見ておれ」
博士は机の上の機械――**『電信機(テレグラフ)』**のスイッチ(電鍵)に指を置いた。
「このレバーを押し込むと、電気が流れる。すると、あっちにある鉄の芯(電磁石)が磁力を持ち、上の金属板を引き寄せるのじゃ」
カチッ。
博士がレバーを押した瞬間、隣に置かれたもう一台の機械から「カチッ」と鋭い音が鳴った。
レバーを離すと、バネの力で金属板が戻り「カチャッ」と音がする。
「……音が鳴っただけじゃねえか。それが手紙の代わりになるのか?」
「ただの音じゃない。『オン』と『オフ』の長さだ」
私は黒板に、点(・)と線(-)を組み合わせた暗号表を書き出した。
「短いクリック音(トン)と、長いクリック音(ツー)。この二つの組み合わせで、文字を表現する。……前世の偉人が作った『モールス信号』のベルナ版だ」
私は電鍵の前に座り、王都のメディシス侯爵邸に向けて信号を打ち始めた。
トントンツー、ツートントン……。
リズミカルな打鍵音が室内に響く。
送ったメッセージは『オウトノ テンキハ?(王都の天気は?)』。
数秒の沈黙。
ゲイルが「ほら、何も起きねえ……」と言いかけた、その時だった。
カチカチカチッ! カチャ、カチッ!
誰も触れていない受信機から、勝手に金属音が鳴り始めた。王都側にいる受信手(シオンを派遣してある)が、信号を送り返してきたのだ。
私は手元の紙に、音を文字に変換して書き取っていく。
『イマ アメガ フリハジメタ(今、雨が降り始めた)』
「……な、なんだそりゃあ!?」
ゲイルが目玉が飛び出るほど驚き、受信機を覗き込んだ。
「王都と会話してるのか!? たった今!? ワイバーンで三時間かかる距離を、一瞬で!?」
「電気は一秒間に地球を七周半する速さで進むからな。王都までの距離なんて、ゼロみたいなものだ」
私はペンを置き、リリアーナを見た。
彼女の体は、歓喜と興奮で小刻みに震えていた。
商人である彼女には、この機械がどれほどの「兵器」であるか、瞬時に理解できたのだ。
「……アレン様。王都の穀物相場や、他国の情勢。……私たちはそれを、王都の誰よりも早く知ることができるのですね?」
「ああ。暴落の情報を知る前に売り抜け、高騰の情報を知る前に買い占めることができる」
「情報の独占……! 無敵の錬金術ですわ!!」
彼女の目が、完全に金貨の形($$)になっていた。
これまで商人は、足の速い馬や伝書鳩を使って情報をやり取りしてきた。
だが、電信機(テレグラフ)の登場により、そのスピード競争は次元が変わった。
情報を制する者が、市場を制する。
「ゲイル、落ち込むことはないぞ」
私は肩を落とす飛竜騎士の背中を叩いた。
「急ぎの『情報』は電線で送るが、人間や金塊、大量の物資は電線じゃ送れない。お前たちの空輸ルートは、これからもっと重要になる」
「そ、そうですよね! びびらせやがって……!」
こうして、ベルナ領は「情報の光速化」に成功した。
しかし、強大すぎる力は、必ず敵を生む。
私たちが王都の市場を「先物取引」で荒らし始めたことで、旧態依然とした特権を奪われた保守派の貴族たちが、牙を剥き始めることになる。
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