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第51話 知識の解放区と、白髪の学長(ベルナ・ユニバーシティ)
ベルナ総合病院の開院から数週間。
街は清潔になり、疫病の恐怖は去った。だが、執務室の私のデスクには、新たな「悲鳴」が山積みになっていた。
「アレン様! 電信局からです! モールス信号を打てる通信士が足りません! 昼夜交代制にしたいので、あと二十人は教育してください!」
「若様、発電所のボイラー技士も限界だ! 圧力計とバルブの計算ができる奴がもっと必要だ!」
「アレン! 病院の手術室よ! 麻酔の分量を計算できる看護師が……」
エレナ、ゴンゾ、ソフィアが次々と飛び込んでくる。
私は頭を抱えた。
インフラが高度化すればするほど、それを維持・管理するための「高度な専門知識を持った人間」が必要になる。
これまでは、私やレイノルズ博士が直接現場で教えていた。だが、一日二十四時間しかない中で、数万人規模の都市の全システムを数人で教育し続けるのは物理的に不可能だ。
「……属人化の限界だな。私がいなくても回るシステムを作らなきゃならない」
私は山積みの書類を脇へ押しやり、一枚の真新しい羊皮紙(いや、ベルナ和紙だ)を広げた。
「工場でモノを量産するように、『知識』を量産する。……ベルナ特区に、世界最高の『大学(ユニバーシティ)』を作るぞ」
◇
王都にも『王立アカデミー』という学問所はある。
だが、そこは貴族の師弟がマナーや歴史、そして「魔法」を学ぶための閉鎖的なサロンに過ぎない。平民が入ることは許されず、教科書は高価な羊皮紙の写本のみ。知識は権力の象徴として独占されていた。
「私たちが作るのは、完全に実力主義(メリトクラシー)の教育機関だ」
私はレイノルズ博士を執務室に呼び出し、構想を語った。
「医学部、工学部、理学部、そして経済学部。……身分は一切問わない。入学試験を突破した者には、リリアーナの商会から『奨学金(スカラーシップ)』を出して生活を保証する。その代わり、卒業後は数年間、ベルナ特区の専門職として働いてもらう」
「おおおっ……! 平民の子供でも、学問を志せるのか!」
博士が白髪を震わせて感動している。
彼自身、かつて王立アカデミーで「蒸気機関」の研究を異端扱いされ、追放された過去を持つ。誰よりも「自由な学問」に飢えている男だ。
「ええ。そして博士、貴方にはこの『ベルナ大学』の初代学長をお願いしたい」
「わ、ワシが!? しかし、教えると言っても教科書が……」
「ありますよ。忘れたんですか? うちには世界最強の『知識のコピー機』があるじゃないですか」
私はニヤリと笑い、工廠の印刷局へ向かった。
活版印刷機がフル稼働している。
刷り上がっているのは、新聞ではない。
『基礎微積分学』『ベルナ式・解剖学図譜』『電磁気学入門』。
私の前世の知識と、博士たちの研究成果をまとめた、安価で大量の「ペーパーバックの教科書」だ。
「知識を紙に定着させ、ばら撒く。これで、一人の教師が数百人の生徒に同時に同じレベルの教育を施せる」
◇
半年後。
総合病院に隣接する広大な敷地に、レンガとコンクリートで造られた重厚な学び舎、『ベルナ大学』が落成した。
開校式の日。
巨大な階段教室には、数百人の若者たちが目を輝かせて座っていた。
彼らの顔ぶれは、まさにベルナ領の縮図だった。
かつて新聞配達をしていた下町の孤児。
東方皇国からやってきた留学生。
そして、王立アカデミーの古い体制に見切りをつけ、家出同然でベルナへやってきた王都の若き貴族たち。
平民も貴族も、同じ安い制服を着て、同じ真新しいインクの匂いがする教科書を開いている。
教壇に立ったレイノルズ学長が、大きく咳払いをした。
「……諸君! よくぞこの学び舎の門を叩いた! ワシは学長のレイノルズじゃ!」
彼の手には、分厚い物理学の教科書が握られている。
「かつて、知識は特権階級の金庫の中に閉じ込められておった。魔法が使えない者は、無能の烙印を押された! ……だが、世界は変わった! このベルナにおいて、君たちを縛るものは血筋でも魔力でもない!」
学長は教科書をバンッ!と教卓に叩きつけた。
「君たちの『知的好奇心』こそが、最大の魔法じゃ! 蒸気を操り、電気を呼び、見えない病魔を打ち倒す! ここで存分に学び、間違い、そして世界をひっくり返す歯車(エンジニア)となれ!!」
うおおおおおおっ!!
階段教室が揺れるほどの、若者たちの熱狂的な歓声が響き渡った。
貴族の青年が平民の少年の肩を叩き、共に未来を語り合っている。
そこにはもう、身分の壁は存在しなかった。あるのは、同じ真理を追い求める学徒としての連帯だけだ。
教室の後ろで、私はその光景を静かに見守っていた。
隣に立つソフィアが、感動で目を潤ませている。
「アレン。……貴方、本当に国を一つ作り上げちゃったわね。もう、誰も貴方を止めることはできないわ」
「これで私の肩の荷も少しは下りますよ。……数年後、彼らが卒業して現場に出れば、ベルナは私の想像すら超えて勝手に進化していくはずです」
インフラ(ハード)が完成し、それを回す人材(ソフト)の育成システムも稼働した。
人間が「生きるため」「働くため」の土台は、これにて極まったと言っていい。
だが、衣食住が満たされ、知識を得た人間は、必ず「次」を求める。
ただ生きるだけではなく、心を震わせるもの。
すなわち、「娯楽(エンターテインメント)」だ。
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