没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~

namisan

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第54話 動く絵の魔法と、銀幕の侵略者(キネマトグラフ)



「写真が動いて、そこから音が出たら、もっとすごいのになぁ」
 ソフィア王女のその無邪気な一言は、私にとって極上の『設計図(ヒント)』だった。
 時間を止める写真機と、音を刻む蓄音機。
 この二つがあるなら、当然、それらを掛け合わせた究極の娯楽が生まれるのは必然の理だ。
「……動かしてやろうじゃないか。現実(リアル)の時間を、そのままスクリーンに」
 私は執務室に籠もり、レイノルズ博士と共に新たな素材の合成に取り掛かった。
 写真用のガラス乾板では、連続して撮影するには重すぎ、割れやすい。必要なのは、透明で、長く、しなやかに曲がる「帯」だ。
「綿(セルロース)に硝酸と硫酸を混ぜ、そこに東方から輸入した樟脳(しょうのう)を加える……」
「アレン、それは……まさか爆薬(ニトロ)ではないのか!?」
「配合が違いますよ、博士。これは燃えやすいですが、爆発はしません」
 私がフラスコから引き出したのは、透明で弾力のある細長いプラスチックの帯だった。
 『セルロイド・フィルム』の誕生だ。
「この透明なフィルムに感光剤を塗り、一秒間に十六枚から二十四枚のペースで、連続して写真を撮るんです」
 人間の目は、一秒間に十数枚のパラパラ漫画を見せられると、残像現象によってそれが「滑らかに動いている」ように錯覚する。
 私は、歯車とモーターを組み合わせた**『連続撮影機(キネマトグラフ)』**を完成させた。
 そして、撮影したフィルムを現像し、今度は逆のことを行う。
 強力な白熱電球の光をフィルムの後ろから当て、レンズを通して巨大な白い布に拡大投影するのだ。
          ◇
 数週間後の夜。
 万博の会場だった『水晶宮(クリスタル・パレス)』に、数千人の観客が集められていた。
 貴族、平民、さらにはベルナで働く元帝国兵たちまで。
 ドームの奥には、縦横十メートルを超える巨大な真っ白な布(銀幕)が張られている。
「……アレン。本当に絵が動くの?」
 最前列の貴賓席で、ソフィアが期待と不安の入り混じった顔で私を見た。
 その隣では、リリアーナが「これで儲からなかったら承知しませんわよ」という顔で扇子をパタパタさせている。
「見れば分かりますよ」
 私は合図を送った。
 フッと、水晶宮の照明が一斉に落とされる。
 完全な暗闇。観客たちがざわめく中、最後尾に設置された巨大な投影機から、一条の強烈な光の帯が放たれ、白いスクリーンを照らし出した。
 カタカタカタカタ……!
 リズミカルなフィルムを送る音が響く。
 そして、スクリーンに「映像」が映し出された。
 それは、ベルナ特区の舗装道路だった。
 画面の奥から、黒煙を吐きながら『蒸気トラクター』が猛スピードでこちらに向かって走ってくる。
「……っ!!?」
「お、おい! こっちに来るぞ!!」
 ただの光と影だと頭では分かっていても、あまりのリアルさに観客たちの本能が警鐘を鳴らす。
 画面いっぱいにトラクターが迫ってきた瞬間。
「ぎゃあああああっ!! 轢かれるゥッ!!」
「逃げろォォォッ!!」
 最前列の観客たち――元帝国兵の屈強な男たちでさえ、悲鳴を上げて座席から転げ落ち、頭を抱えて伏せた。
 だが、トラクターがスクリーンから飛び出してくることはない。
 映像が切り替わる。
 今度は、美しい花壇の前で、ソフィア王女が満面の笑みで手を振っている映像だ。
「……あ」
「王女様だ……。笑ってる……本当に、生きているみたいに動いてるぞ……!」
 そして、映像の横に設置された巨大な『蓄音機』から、録音されていた彼女の声が再生される。
『ベルナ特区へ、ようこそ!』
 映像(視覚)と、蓄音機(聴覚)のシンクロ。
 圧倒的な没入感が、数千人の観客の魂を完全に鷲掴みにした。
 沈黙の後、水晶宮が揺れるほどの、割れんばかりの大歓声と拍手が爆発した。
「すごい! 魔法だ! 動く絵の魔法だ!!」
「もう一回! もう一回見せてくれ!!」
          ◇
 スタンディングオベーションが鳴り止まない中、リリアーナがワナワナと震えながら私の腕を強く掴んだ。
 彼女は、映画がもたらす『真の恐怖』と『価値』にいち早く気づいていた。
「……アレン様。これは……兵器ですわ」
「兵器?」
「ええ。大砲や剣なんて目じゃない、最強の『侵略兵器』です」
 彼女はスクリーンを見つめながら、熱を帯びた声で早口にまくし立てた。
「この動く絵(フィルム)を大量に複製し、他国で上映するのです! ベルナの豊かな食事、清潔な病院、明るい電灯、そして無敵の蒸気トラクターの映像を! ……それを見た他国の平民たちはどう思いますか?」
「……自分たちの国が、ひどく遅れていて、惨めなものに見えるだろうな」
「その通りですわ! そして彼らは、自国の王を恨み、このベルナの『文化』に強烈に憧れる! 他国の文化を根底から塗り替え、精神を支配してしまう。……究極の洗脳(プロパガンダ)ですわ!!」
 商人としての直感。彼女の言う通りだ。
 のちの歴史において、超大国が世界を支配したのは軍事力だけではない。「映画」や「音楽」といった大衆娯楽(ソフトパワー)によって、世界中の人々に「豊かな生活への憧れ」を植え付けたからだ。
「剣を交える必要などありません。彼らは自ら、私たちの文化と商品(電化製品)を求めて、金貨を差し出してくるのですから」
 リリアーナが高笑いする。
 隣では、ソフィアが「自分がスクリーンに映った!」と無邪気に喜んでいる。
 ベルナ特区は、この日を境に「産業の街」から「世界の文化の中心地」へと進化を遂げた。
 映画、音楽、報道。
 情報の光速化と相まって、もはやこの小さな領地が世界を精神的に支配するのは時間の問題だった。
 陸を制し、川を制し、夜を制し、そして人々の「心」すらも制した。
 ならば、次なる挑戦はただ一つ。
 人間が古来より見上げ、憧れ続けてきた場所。
「……リリアーナ嬢。下ばかり見ていないで、上を見ましょう」
 私は水晶宮のガラスの天井越しに、夜空を見上げた。
「次は、あの空に『船』を浮かべますよ」

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