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第11話 壊れてもいい、私を見て
その日も、風に乗ってピアノの旋律が流れてきた。
煌(こう)は夕食後、「少し出かけてくる」と言い残し、明石恵の屋敷へと向かった。
残された紫苑は、広いリビングで一人、膝を抱えていた。
窓の外を見る。隣の屋敷の窓に明かりが灯り、二つの人影が重なるように揺れているのが見えた。
楽しそうに談笑しているのだろうか。それとも、音楽に耳を傾けながら、大人の時間を共有しているのだろうか。
「……ずるい」
紫苑の口から、弱々しい言葉が漏れた。
恵は知的で、落ち着いていて、煌と対等に話ができる。
それに比べて自分はどうだ。
拾われたペット。着せ替え人形。煌が「壊さないように」と腫れ物を触るように扱う、未完成の子供。
(煌様は、私じゃ満足できないの?)
六条麗香の言葉が脳裏をよぎる。『そんな身体じゃ、煌を受け入れた瞬間に壊れてしまう』。
身体の未熟さが、心の距離までも広げている気がした。
このままでは、煌はあの心地よい場所(明石)へ流れていってしまうかもしれない。
恐怖が、紫苑を突き動かした。
彼女は立ち上がり、寝室へと走った。
クローゼットの奥から取り出したのは、かつて東京のペントハウスで煌が選んだ、極薄のレースのランジェリー。
身につけるだけで恥ずかしさで死にそうだったその一枚を、紫苑は震える手で肌に纏った。
*
深夜。煌が別荘に戻ってきた。
彼はリビングの照明が落ちているのを確認し、紫苑がもう寝ているものだと思って、自身の寝室へと入った。
「……紫苑?」
部屋に入った瞬間、煌は足を止めた。
ベッドの上に、紫苑が座っていた。
月明かりだけが頼りの薄暗い部屋の中で、彼女の白い肌が妖しく浮かび上がっている。
その身体を包んでいるのは、ほとんど何も隠せていないような頼りないレースだけだ。
「何をしている。……風邪をひくぞ」
煌は眉をひそめ、ガウンを脱いで彼女に着せかけようとした。
だが、紫苑はその手を振り払った。
「……子供扱いしないでください」
「紫苑?」
「あの人のところへ行っていたんでしょう? あの人は、煌様を満足させてくれるんですか?」
嫉妬に濡れた瞳。
いつも従順だった紫苑の、初めて見せる反抗的な態度に、煌は驚きつつも、下腹部に重たい熱が溜まるのを感じた。
「馬鹿なことを言うな。彼女とは芸術の話をしていただけだ」
「嘘です。煌様は……我慢している」
紫苑はベッドから降りると、煌の胸に飛び込んだ。
華奢な腕を煌の首に回し、背伸びをして唇を寄せる。
「私じゃ、ダメですか? 私が小さいから? 壊れるから?」
「そうだ。……今の俺が抱けば、お前は無事じゃ済まない」
「構いません!」
紫苑の叫びが、部屋に響いた。
彼女は煌の手を取り、自身の薄いネグリジェの上から、胸の膨らみに押し当てた。
心臓が早鐘のように打っているのが伝わる。
「壊れてもいい。痛くてもいい。……だから、よそへ行かないで。私を見て。私の中に、あなたの跡を残して」
それは、献身であり、懇願であり、そして挑発だった。
理性の糸が、音を立てて切れた。
「……後悔するぞ」
煌の声が、地を這うような低い獣の唸り声に変わる。
彼は紫苑を抱き上げると、乱暴にベッドへと投げ出した。
スプリングが軋む音と共に、紫苑の身体が跳ねる。
その上に、煌が覆いかかった。
逆光になった彼の瞳は、暗闇の中でギラギラと飢えた色を放っている。
「手加減はしない。お前が望んだんだ」
煌の手が、紫苑のランジェリーを引き裂く勢いで剥ぎ取った。
露わになった果実を、大きな手が容赦なく愛で、弄ぶ。
今までのような「優しいメンテナンス」ではない。
食らうかのような激しい愛撫。
「あっ、あぁっ……!」
「痛いか? だが、こんなものでは済まないぞ」
煌は自身のズボンを寛げた。
解き放たれたその「凶器」が、熱を持った硬い棒となって、紫苑の太腿に押し当てられる。
これまでの予行演習とは違う、明確な「挿入」への意思。
その圧倒的な質量感に、紫苑の本能が恐怖で縮み上がる。
けれど、彼女は逃げなかった。
震える足で煌の腰を挟み込み、涙目で彼を見つめ返す。
「……煌さま……お願い……」
その一言が、最後の一押しとなった。
「愛している、紫苑。……お前を、俺の深淵に引きずり込む」
煌は紫苑の唇を塞ぐと同時に、腰を沈めた。
ついに、禁断の扉が開かれる。
少女が女に変わる痛みと、愛する人と繋がる歓喜。
須磨の波音さえもかき消すような、二人の長い夜が始まった。
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