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第15話 灰色の粉と水晶の駅
しおりを挟む近衛騎士団を追い返した後、『鉄竜』を格納庫に戻したアレクたちは、そのまま緊急の軍議を開いた。場所は、屋敷の執務室ではなく、工場の隅に設けられた休憩所だ。油と鉄の匂いが漂うこの場所の方が、今の彼らには落ち着くようになっていた。
「……やってしまいましたわね。皇族の威光を傘に騎士団を脅すなんて、完全に国家反逆罪ですわ」
エレノアがパイプ椅子に座り、頭を抱えている。だが、その口元は微かに笑っていた。彼女もまた、公爵家の鳥籠から飛び出し、世界の常識を壊す共犯者としての興奮を隠しきれないのだ。
「反逆ではありません。正当防衛です」
アレクは作業着の汚れを拭きながら、冷静に言い放った。
「それに、向こうは『王女捜索』という名目を掲げている以上、大軍を動かすには時間がかかる。その間に、既成事実を作る」
「既成事実、とは?」
車内の隠しスペースから出てきたセシリアが、不安げに尋ねる。
「このアインハルト領が、帝国にとっても『潰すより生かした方が利益になる』と思わせるほどの経済圏であることを示すんだ。そのためには……『駅』がいる」
「駅(ステーション)……?」
聞き慣れない単語に、三人の美女たちが首をかしげる。
「鉄道の発着点であり、街の顔となる巨大な建造物だ。今のままじゃ、鉄竜はただの工場の運搬車だ。客を呼び、金を落とさせるための『玄関口』を作る」
アレクは立ち上がり、壁に貼られた領地の地図を指差した。
「場所は領都の中央広場。ここに、王宮よりも美しく、要塞よりも堅牢な『中央駅』を建設する」
「そんな……建物を作るには、石工や大工を何百人も集めて、数年はかかりますわ」
ミレーヌが商人の感覚で否定する。
「いや、数日でやる。そのために新しい建材を作るからな」
翌日。
アレクはシルヴィアを連れて、領地の北にある石灰岩の採掘場へと向かった。
そこは真っ白な岩肌が露出した崖で、これまでは安価な建材として少しずつ切り出されていただけの場所だ。
「旦那様、この白い岩が『新しい建材』なのですか?」
「そうだ。石灰石(炭酸カルシウム)。これと、川底で採れる粘土を混ぜて、焼く」
アレクは採掘した石灰石の山に手をかざした。
――構造解析・成分調整。
石灰石を粉砕し、適切な比率の粘土と混合する。
そして、ここからが重要だ。化学変化を起こすには、千四百度近い高温が必要になる。
「シルヴィア、少し下がってろ。……熱いぞ」
アレクは両手で混合物の山を囲い込んだ。
イメージするのは、巨大な回転窯(ロータリーキルン)の中の灼熱地獄。
「――焼成(カルシュネーション)!」
ゴオオオオオ……ッ!
アレクの手の中から、猛烈な熱波が発生した。
石灰と粘土の混合物が赤熱し、化学反応を起こしてドロドロに溶け合い、そして「クリンカー」と呼ばれる黒っぽい塊へと変化していく。二酸化炭素が抜け、ケイ酸カルシウムの結晶が生成されるプロセスだ。
周囲の雪が一瞬で蒸発し、シルヴィアが熱さに顔を背ける。
「冷却、そして粉砕(グラインド)」
出来上がった塊を急冷し、さらに微細な粉末へとすり潰す。そこに、凝固調整剤としての石膏(せっこう)をわずかに混ぜ合わせる。
熱気が収まった後、そこには大量の「灰色の粉」が残されていた。
「これが『セメント』だ」
アレクは粉を掌に乗せた。
「これに砂と砂利、そして水を混ぜると、泥のようになる。だが、時間が経てば石のように固まる。自由な形に成形できる『人工の岩』だ」
午後からは、中央広場での建設作業が始まった。
だが、アレクがやろうとしているのは、ただのコンクリート建築ではない。
鉄とコンクリートの複合建築――【鉄筋コンクリート(RC)造】だ。
「エレノア、ミレーヌ。君たちには『鉄筋』組みを手伝ってもらう」
アレクの指示で、ローゼンバーグ侯爵領から輸入した鉄の棒を、網の目のように組み上げていく。
床、柱、壁となる部分に、鉄の骨格を作るのだ。
「な、なんで私がこんな力仕事を……! これ、重いのよ!」
エレノアが文句を言いながらも、身体強化の魔法を使って器用に鉄棒を運ぶ。
「文句を言わない。コンクリートは圧縮には強いが、引張力には弱い。鉄筋を入れることで、地震にも耐える最強の壁になるんだ」
骨組みができると、アレクは木の板で型枠を作り、そこへセメント、砂、砂利、水を混ぜた「生コンクリート」を流し込んだ。
ドロドロの灰色の液体が、型枠の中へと満たされていく。
「セシリア、出番だ。コンクリートが固まる際、化学反応で熱が出る。急激に熱くなるとひび割れるから、君の氷魔法で『適温』を保ってくれ。冷やしすぎず、熱すぎずだ」
「はい、アレク様。……ふふ、温度管理ならお任せください」
セシリアが優雅に手をかざすと、冷涼な風が型枠を包み込んだ。
通常なら一週間はかかる硬化プロセスが、魔法による反応促進と完璧な温度管理によって、数時間に短縮される。
日が暮れる頃には、広場に異様な建造物が姿を現していた。
継ぎ目のない灰色の柱と、巨大なドーム状の屋根。
石積み建築にはない、自由で大胆な曲線を描くフォルム。
だが、これで完成ではない。
「仕上げだ。壁一面を、すべて『ガラス』にする」
アレクは、用意していた大量の珪砂(けいしゃ)の山に向かった。
以前、ウォッカのボトルを作った技術の応用だ。だが規模が違う。
「――領域展開・ガラス生成(グラス・クリエイト)」
広場の空気が震えた。
砂が舞い上がり、空中で溶融し、巨大な一枚板のガラスへと変化していく。
それを、コンクリートの柱の間に嵌(は)め込んでいく。
西日が差し込み、巨大なガラス壁がオレンジ色に輝く。
灰色の無骨な骨組みと、透明なガラスのコントラスト。
それは、十九世紀のロンドン万博で建てられた「水晶宮(クリスタル・パレス)」を彷彿(ほうふつ)とさせる、未来的な駅舎だった。
「……綺麗」
作業を終えたエレノアが、煤けた顔で見上げた。
「石と鉄とガラスだけで、こんなに美しい建物ができるなんて……」
「これが『アインハルト中央駅』だ。一階は切符売り場と待合室、二階はレストランとホテル、三階は俺たちの司令室になる」
アレクは完成したばかりのコンクリートの床を踏みしめた。
「この駅は、ただの乗り場じゃない。アインハルト領の技術力を世界に見せつけるショーケースだ。……さあ、ミレーヌ。招待状を書け」
アレクは呆然としているミレーヌに振り返った。
「招待状? 誰にですの?」
「全てだ。近隣の領主、大商人、そして……今回攻めてきた騎士団の上層部にもだ。『鉄道開通記念式典』を行う。我々の文明の利器を体験しに来い、とな」
それは大胆不敵な挑発だった。
反逆者として隠れるのではなく、堂々と客として招き入れ、その圧倒的な国力差を見せつけて戦意を喪失させる。
「ふふっ……いい度胸ですわ。分かりました、最高に煽(あお)った文面で送りつけてやりますわ!」
ミレーヌが悪役のような笑みを浮かべる。
夜。
完成したばかりの駅舎が、魔導街灯の光に照らされて青白く輝く中、アレクは一人、ホームに立っていた。
そこへ、温かいコーヒーを持ったシルヴィアが近づいてきた。
「お疲れ様です、旦那様」
「ああ、シルヴィアか。……疲れたな」
アレクはカップを受け取り、一口啜った。
「旦那様。……私、少し怖いです」
「怖い?」
「はい。景色が変わるのが早すぎて。つい一月前までは、薪の心配をしていたのに。今は鉄の竜が走り、水晶の城が建っている。……私が知っているアインハルト領が、どこか遠くへ行ってしまうようで」
シルヴィアは寂しげに目を伏せた。
アレクはカップを置き、彼女の肩に手を置いた。
「景色は変わる。だが、根っこは変わらないさ」
「根っこ?」
「ああ。この領地を支えているのは、魔法でも機械でもない。ずっとここを守ってきた、お前や領民たちの生活だ。俺が作っているのはただの『道具』だ。それを使うのは人間だ」
アレクはシルヴィアの目を真っ直ぐに見つめた。
「シルヴィア。お前がいてくれないと、この道具たちは動かない。これからも、俺の背中を守ってくれるか?」
シルヴィアの瞳が揺れ、やがて強い光が戻った。
「……はい。地獄の底まで、お供いたします。私の旦那様」
二人の影が、新しい駅のホームに長く伸びていた。
式典まであと三日。
アインハルト領は、世界へ向けてその扉を大きく開け放とうとしていた。
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