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第14話 鋼鉄の咆哮と赤き蛇
しおりを挟むアインハルト領の工場地帯、その最奥にある「第一格納庫」。
天井の高いドーム状の空間には、火花と金属音が絶え間なく響いていた。
「旦那様、駆動輪のバランス調整、完了しました!」
「外装甲板の溶接、終わりましたわ! ……ふぅ、私のドレスが煤(すす)だらけですわ」
作業服に着替えたシルヴィアと、なぜか対抗心を燃やして手伝うミレーヌの声が響く。
工場の中心に鎮座しているのは、全長二十メートルにも及ぶ黒い巨体だった。
アレクがこの三日間、不眠不休で組み上げた結晶。
【魔導装甲機関車(アーマード・ロコモティブ)】――通称『鉄竜(アイアン・ドラゴン)』である。
「よし、最後の仕上げだ」
アレクは足場の上に立ち、機関車の先頭部分に手を触れた。
その形状は、前世の蒸気機関車をベースにしつつも、より攻撃的で鋭角的な流線型をしている。
ボイラー室にあたる部分には、ドラム缶ほどの大きさの巨大魔石炉(マナ・リアクター)が搭載されている。ここから発生する膨大な魔力エネルギーを、ミスリル銀の回路を通じて八つの巨大な動輪へと伝達する仕組みだ。
車体は、ローゼンバーグ侯爵領から届いた最高純度の鉄を、アレクが【物質再構築(クラフト)】で分子レベルまで圧縮強化した「積層鋼板」で覆われている。その強度は、城壁をも凌駕する。
「――同調(シンクロ)・魔力充填」
アレクが魔力を流し込むと、車体側面に走る青いラインが血管のように脈動し、ブゥン……という重低音が腹の底に響いた。
蒸気ではない。純粋な魔力の奔流が唸りを上げているのだ。
「これが……鉄道、という乗り物……」
セシリアが、オイルで汚れた頬を拭いもせず、呆然と巨体を見上げている。
「そうだ。これはただの輸送手段じゃない。帝国という怪物に対抗するための、俺たちの『牙』だ」
その時、工場の外から警報の鐘が鳴り響いた。
シルヴィアが通信用の魔道具(遠話機)を耳に当てる。
「旦那様! 来ました! 領地の南端、舗装道路の入り口に、帝国の騎士団が到着したようです!」
「数は?」
「騎兵五十、魔導兵十……そして、先頭には『赤い鎧の男』がいます」
アレクはニヤリと笑い、機関車の運転席へと飛び乗った。
「タイミングが良いな。ちょうど試運転の時間だ。……全員乗れ! 客車はまだないが、炭水車(魔石庫)の上なら乗れる!」
「ま、まさかこれで出迎える気!?」
エレノアが叫ぶが、すでにアレクは主電源のレバーを押し込んでいた。
「行くぞ! アインハルト領の技術力、奴らの骨髄に刻んでやる!」
***
アインハルト領の南端。
そこには、帝都からの使者たちを困惑させる光景が広がっていた。
「……なんだ、これは」
近衛騎士団長、通称「赤蛇」のゲオルグは、愛馬の手綱を引き絞り、目の前の道を睨みつけた。
彼らが苦労して越えてきた街道は、泥と雪にまみれた悪路だった。
だが、このアインハルト領の境界線を越えた瞬間、景色が一変したのだ。
泥一つない、滑らかな黒い道(アスファルト)。
道の両脇には、等間隔に並ぶ鉄の柱が立ち、昼間だというのに淡い光を放っている。
「報告では、ここは乞食同然の貧乏領地のはずだろう? この整然とした道路はなんだ?」
ゲオルグが部下に問うが、誰も答えられない。
その時だった。
ポォォォォォォォォーーーーッ!!!
大気を震わせる、聞いたこともない咆哮(汽笛)が北の空から響いてきた。
馬たちが怯えていななき、暴れ出す。
「な、なんだ!? 魔獣の咆哮か!?」
「前方より、何かが来ます! ……速いッ!!」
部下の叫びと共に、舗装道路の横に敷設されたばかりの砂利道(路盤)の向こうから、黒い影が現れた。
それは、騎士たちの常識を蹂躙(じゅうりん)する速度で迫ってきた。
馬の全速力など止まって見えるほどの猛スピード。
黒鉄の塊が、雪煙と魔力の残滓(ざんし)を撒き散らしながら突進してくる。
「て、敵襲!! 散開せよッ!!」
ゲオルグが叫ぶが、遅かった。
キィィィィィーーーーッ!
耳をつんざくブレーキ音と共に、その黒い巨体――『鉄竜』は、騎士団の目の前、わずか数メートルの距離でピタリと停止した。
凄まじい風圧が騎士たちを襲い、数名が馬から転げ落ちる。
シュゴォォォォ……。
排熱ダクトから白煙が噴き出し、騎士たちの視界を奪う。
その煙の中から、悠然と見下ろす声が響いた。
「ようこそ、遠路はるばるご苦労様です。帝国の騎士様方」
煙が晴れると、運転席のデッキに立つアレクの姿があった。
後ろには、シルヴィア、ミレーヌ、そして――公爵令嬢のエレノアが、腕を組んで仁王立ちしている。
セシリアの姿はない。彼女は車内の死角に隠している。
「貴様……何者だ! この化け物はなんだ!」
ゲオルグが剣を抜き、震える切っ先を向ける。歴戦の騎士である彼ですら、目の前の「鉄の塊」が放つ圧倒的な質量と魔力に、本能的な恐怖を感じていた。
「領主のアレク・フォン・アインハルトです。これは当領地が開発した新型農機具(・・・)ですが……何か問題でも?」
「の、農機具だと……!?」
「ええ。大量の肥料を運ぶためのものです。……それで、我が領になんのご用でしょうか? 事前通告もなく武装した軍勢で押し入るとは、宣戦布告と受け取ってよろしいので?」
アレクの瞳が冷たく光る。
ゲオルグは歯噛みした。相手はただの田舎貴族だと思っていた。だが、この底知れぬ技術力と、公爵令嬢(エレノア)を侍らせるこの男は、只者ではない。
「……我々は、行方不明の第三王女殿下の捜索に来た。この付近で王家の飛竜船が墜落したとの情報がある。貴様、何か知っているな?」
「存じ上げませんね。この雪深さです、魔獣にでも食われたのでは?」
シラを切るアレクに対し、ゲオルグは歪んだ笑みを浮かべた。
「ほう。では、その後ろの鉄箱の中を改めさせてもらおうか。そこに隠しているのではないか?」
「お断りします。これは企業秘密の塊ですので」
「拒否すれば、反逆罪としてこの場で切り捨てる!」
ゲオルグが合図を送ると、十名の魔導兵が杖を構え、炎の魔法を詠唱し始めた。
一触即発。
だが、アレクは動じない。彼は運転席のレバーに手をかけた。
「切り捨てる? その細い剣で、この『鉄竜』の装甲が貫けるものなら、やってみなさい」
ゴゴゴゴゴ……!
機関車の動輪が空転し、火花を散らす。
魔力炉が唸りを上げ、周囲の大気がビリビリと震える。
「こいつは出力全開だと、城門だって吹き飛ばす。……貴公らの柔らかな肉体と、この鋼鉄の塊。正面衝突して、どちらが勝つか試してみますか?」
それは明確な脅しだった。
魔法を撃つ前に轢(ひ)き潰す。そう言っているのだ。
魔導兵たちが怯えて後ずさる。馬たちはパニックを起こして制御不能だ。
「……ッ、引けぇッ!!」
ゲオルグが苦渋の決断を下した。
未知の兵器(農機具)に対し、情報もなく突っ込むのは愚策だと判断したのだ。
「覚えておけ、小僧……! ただで済むと思うなよ!」
捨て台詞を残し、騎士団は泥のように逃げ帰っていった。
「……勝った、わね」
背後でエレノアが、へなへなと座り込む。
「ハッタリだけどな。実戦装備なんてまだ積んでないし、レールもここまでしか敷いてないから、追いかけることもできなかった」
アレクは汗を拭い、小さく息を吐いた。
だが、これで時間は稼げた。
相手が次に攻めてくる時は、軍隊として来るだろう。
それまでに、この領地を難攻不落の要塞都市に変えなければならない。
「帰るぞ。レールの敷設を急ぐ。……次は、こんなもんじゃ済まないからな」
鉄竜は再び汽笛を上げ、勝利の凱歌(がいか)のように高らかに鳴り響かせながら、工場へとバックしていった。
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