企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan

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第13話 王女のエプロンと鉄の道

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 翌朝の食堂は、かつてないほどの緊張感――ではなく、カオスに包まれていた。
「あーん。はい、アレク様。卵焼きですわ、私が焼きましたの」
 フォークに刺した卵焼きを差し出し、満面の笑みを浮かべるのは、帝国第三王女セシリア。
 彼女はなぜか、ドレスの上からフリル付きのエプロンを着け、甲斐甲斐しくアレクの世話を焼いている。
「……殿下。王族が厨房に立つなど前代未聞です。それに、その卵焼き、中が凍っていますわよ」
 向かいの席で、エレノアがこめかみに青筋を浮かべながら指摘する。
「あら、失礼。火加減が難しくて……ついつい『絶対零度』が出てしまいましたわ」
「料理にそんな物騒な温度を使わないで!?」
 セシリアは悪びれもせず、凍った卵焼きを自分の口に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
「でも、これからは慣れていきませんと。私はここで、アレク様のお嫁さんとして暮らすのですから」
「誰がお嫁さんよ! ただの居候でしょうが!」
 ギャーギャーと騒がしい美女たちの喧嘩をBGMに、アレクは黙々とコーヒーを飲み干した。
「……平和だな」
「どこがですか」
 給仕をしていたシルヴィアが、冷ややかな視線でツッコミを入れる。
「それより旦那様。例の『鉄』が届きました。ローゼンバーグ侯爵領からの第一便、馬車三十台分です」
 その報告に、アレクの目が鋭く光った。
「よし。いよいよ着手するか」
「着手って、何をですの?」
 ミレーヌがパンをかじりながら首を傾げる。
「『鉄道』だ。この領地と、南の交易都市サクサ、そして東の鉱山都市を鉄のレールで結ぶ」
 食後、アレクは全員を連れて、拡張された工場エリアへと向かった。
 そこには、ベアトリスから送られてきた黒光りする鉄鉱石の山と、すでに精錬されたインゴット(鉄の塊)が積み上げられている。
「雪上車(クローラー)は悪路には強いが、輸送量には限界がある。大量の鉄や農作物を運ぶには、専用の軌道(レール)の上を走る、超大型の輸送機関が必要だ」
 アレクは、新たに建造した巨大な設備の前で足を止めた。
 それは、二つの巨大な鉄のローラーが上下に噛み合うように設置された、圧延機(ローリング・ミル)だった。
「これから作るのは、線路の本体となる『レール』だ。ただ鉄を溶かして型に流す鋳造(ちゅうぞう)じゃダメだ。脆(もろ)くてすぐに割れる。だから、赤熱した鉄をローラーで何度も押し潰し、圧力をかけて引き伸ばす」
 アレクは動力源となる大型水車と魔導モーターを連結させた。
 ゴウン、ゴウン、ゴウン……!
 地響きと共に、直径一メートルはある鋼鉄のローラーが回転を始める。
「見ていろ。……シルヴィア、鉄塊(インゴット)投入!」
 シルヴィアの合図で、作業員たちが真っ赤に熱せられた鉄の塊を、ローラーの隙間へと押し込んだ。
 ガガガガッ!
 凄まじい音と共に、鉄塊がローラーに噛み込まれる。
 千度を超える熱鉄が、飴のように潰され、細長く引き伸ばされて反対側から吐き出される。
「これを何度も繰り返して、断面が『工』の字になる形(I型鋼)に成形するんだ。こうすることで、軽くて強靭なレールになる」
 アレクは魔力でローラーの間隔を微調整しながら、プロセスを監視する。
 だが、ここで問題が発生した。
「旦那様! 生産ペースが上がりません! 引き伸ばしたレールが冷めるのに時間がかかりすぎて、次の加工に移れません!」
 熱々の鉄は、冷えて固まるまで動かせない。自然冷却を待っていては、一日に数本しか作れないのだ。水をかければ急激な温度変化で歪んでしまう。
「くそ、均一に、かつ急速に熱を奪う冷却装置が必要か……」
 アレクが舌打ちしたその時、白い影が前に進み出た。
「私に任せていただけますか?」
 セシリアだった。彼女はドレスの袖を捲(まく)り上げ、真っ赤なレールに近づいていく。
「おい、危ないぞ!」
「大丈夫です。……アレク様に直していただいたこの身体、今なら思い通りに動かせます」
 セシリアは両手を広げ、長く伸びた灼熱のレールにかざした。
 瞳が氷河のように澄んだ青色に染まる。
 彼女がイメージするのは、ただ凍らせることではない。鉄の分子振動(熱)を、均一に、静かに鎮めること。
「――氷結魔法・熱量吸収(ヒート・ドレイン)」
 ヒュゥゥゥ……。
 冷たい風が巻き起こった。
 だが、氷は発生しない。代わりに、レールの赤熱した色が、端から順にスゥーッと引いていく。
 まるで早送りの映像を見るように、数十分かかるはずの冷却工程が、わずか十秒で完了した。
 しかも、歪み一つなく、鉄の結晶構造が緻密に整った、美しい銀灰色の鋼(はがね)として定着している。
「焼き入れ……!? いや、それ以上の精度だ」
 アレクは完成したレールに触れ、その硬度と靭性(粘り強さ)を確認して驚愕した。
 魔法による均一な冷却が、最高級の鋼を生み出したのだ。
「いかがですか、アレク様? これなら、お役に立てますか?」
 セシリアが小首をかしげる。少し疲れたようだが、その表情は誇らしげだ。
「……ああ、完璧だ。これなら一日に数百本はいける。セシリア、君は最高の『冷却技師』だ」
「技師……ふふ、素敵な響きですわ。王宮では『氷の魔女』としか呼ばれませんでしたもの」
 セシリアは嬉しそうに微笑み、再び次のレールに向き合った。
 その様子を見ていたエレノアが、焦ったようにミレーヌの袖を引く。
「ちょっとミレーヌ! 王女様が肉体労働してるわよ!? 私たちも何かしないと、正妻の座が危ないんじゃない!?」
「わ、分かってますわよ! 私はレールの敷設ルートの土地買収と、利権調整を進めますわ!」
「私は……私は……そうよ、枕木! レールを敷くための木の土台が必要でしょ! 領内の木こりを総動員してくるわ!」
 美女たちがそれぞれの役割を見つけ、慌ただしく動き出す。
 こうして、アインハルト領の工場から、次々と真新しいレールが生み出されていった。
 それは、この閉ざされた辺境の地を、世界へと繋ぐ血管となるはずだった。
 だが、その日の夕方。
 帝都から一羽の早馬が、不穏な知らせを運んできた。
 シルヴィアが受け取った手紙は、黒い封筒に入っていた。差出人は『帝国宰相』。
「旦那様……。王家より、『行方不明の第三王女を捜索する調査団を派遣する』との通達です。調査団長は、あの『赤蛇』こと、第一王子派の近衛騎士団長だそうです」
 執務室の空気が一瞬で凍りついた。
 第一王子派。それはセシリアを疎ましく思い、あわよくば亡き者にしようと企む勢力だ。
 アレクは手紙を握りつぶし、冷たく笑った。
「調査団だって? いいや、ありゃあ『始末屋』だ。……面白い。せっかくレールが出来たんだ。最新鋭の『お出迎え』をしてやろうじゃないか」
 領地再建から、国家規模の陰謀への対抗へ。
 アレクの戦いは、新たなフェーズへ突入しようとしていた。
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