13 / 35
第13話 王女のエプロンと鉄の道
しおりを挟む翌朝の食堂は、かつてないほどの緊張感――ではなく、カオスに包まれていた。
「あーん。はい、アレク様。卵焼きですわ、私が焼きましたの」
フォークに刺した卵焼きを差し出し、満面の笑みを浮かべるのは、帝国第三王女セシリア。
彼女はなぜか、ドレスの上からフリル付きのエプロンを着け、甲斐甲斐しくアレクの世話を焼いている。
「……殿下。王族が厨房に立つなど前代未聞です。それに、その卵焼き、中が凍っていますわよ」
向かいの席で、エレノアがこめかみに青筋を浮かべながら指摘する。
「あら、失礼。火加減が難しくて……ついつい『絶対零度』が出てしまいましたわ」
「料理にそんな物騒な温度を使わないで!?」
セシリアは悪びれもせず、凍った卵焼きを自分の口に放り込み、ガリガリと噛み砕いた。
「でも、これからは慣れていきませんと。私はここで、アレク様のお嫁さんとして暮らすのですから」
「誰がお嫁さんよ! ただの居候でしょうが!」
ギャーギャーと騒がしい美女たちの喧嘩をBGMに、アレクは黙々とコーヒーを飲み干した。
「……平和だな」
「どこがですか」
給仕をしていたシルヴィアが、冷ややかな視線でツッコミを入れる。
「それより旦那様。例の『鉄』が届きました。ローゼンバーグ侯爵領からの第一便、馬車三十台分です」
その報告に、アレクの目が鋭く光った。
「よし。いよいよ着手するか」
「着手って、何をですの?」
ミレーヌがパンをかじりながら首を傾げる。
「『鉄道』だ。この領地と、南の交易都市サクサ、そして東の鉱山都市を鉄のレールで結ぶ」
食後、アレクは全員を連れて、拡張された工場エリアへと向かった。
そこには、ベアトリスから送られてきた黒光りする鉄鉱石の山と、すでに精錬されたインゴット(鉄の塊)が積み上げられている。
「雪上車(クローラー)は悪路には強いが、輸送量には限界がある。大量の鉄や農作物を運ぶには、専用の軌道(レール)の上を走る、超大型の輸送機関が必要だ」
アレクは、新たに建造した巨大な設備の前で足を止めた。
それは、二つの巨大な鉄のローラーが上下に噛み合うように設置された、圧延機(ローリング・ミル)だった。
「これから作るのは、線路の本体となる『レール』だ。ただ鉄を溶かして型に流す鋳造(ちゅうぞう)じゃダメだ。脆(もろ)くてすぐに割れる。だから、赤熱した鉄をローラーで何度も押し潰し、圧力をかけて引き伸ばす」
アレクは動力源となる大型水車と魔導モーターを連結させた。
ゴウン、ゴウン、ゴウン……!
地響きと共に、直径一メートルはある鋼鉄のローラーが回転を始める。
「見ていろ。……シルヴィア、鉄塊(インゴット)投入!」
シルヴィアの合図で、作業員たちが真っ赤に熱せられた鉄の塊を、ローラーの隙間へと押し込んだ。
ガガガガッ!
凄まじい音と共に、鉄塊がローラーに噛み込まれる。
千度を超える熱鉄が、飴のように潰され、細長く引き伸ばされて反対側から吐き出される。
「これを何度も繰り返して、断面が『工』の字になる形(I型鋼)に成形するんだ。こうすることで、軽くて強靭なレールになる」
アレクは魔力でローラーの間隔を微調整しながら、プロセスを監視する。
だが、ここで問題が発生した。
「旦那様! 生産ペースが上がりません! 引き伸ばしたレールが冷めるのに時間がかかりすぎて、次の加工に移れません!」
熱々の鉄は、冷えて固まるまで動かせない。自然冷却を待っていては、一日に数本しか作れないのだ。水をかければ急激な温度変化で歪んでしまう。
「くそ、均一に、かつ急速に熱を奪う冷却装置が必要か……」
アレクが舌打ちしたその時、白い影が前に進み出た。
「私に任せていただけますか?」
セシリアだった。彼女はドレスの袖を捲(まく)り上げ、真っ赤なレールに近づいていく。
「おい、危ないぞ!」
「大丈夫です。……アレク様に直していただいたこの身体、今なら思い通りに動かせます」
セシリアは両手を広げ、長く伸びた灼熱のレールにかざした。
瞳が氷河のように澄んだ青色に染まる。
彼女がイメージするのは、ただ凍らせることではない。鉄の分子振動(熱)を、均一に、静かに鎮めること。
「――氷結魔法・熱量吸収(ヒート・ドレイン)」
ヒュゥゥゥ……。
冷たい風が巻き起こった。
だが、氷は発生しない。代わりに、レールの赤熱した色が、端から順にスゥーッと引いていく。
まるで早送りの映像を見るように、数十分かかるはずの冷却工程が、わずか十秒で完了した。
しかも、歪み一つなく、鉄の結晶構造が緻密に整った、美しい銀灰色の鋼(はがね)として定着している。
「焼き入れ……!? いや、それ以上の精度だ」
アレクは完成したレールに触れ、その硬度と靭性(粘り強さ)を確認して驚愕した。
魔法による均一な冷却が、最高級の鋼を生み出したのだ。
「いかがですか、アレク様? これなら、お役に立てますか?」
セシリアが小首をかしげる。少し疲れたようだが、その表情は誇らしげだ。
「……ああ、完璧だ。これなら一日に数百本はいける。セシリア、君は最高の『冷却技師』だ」
「技師……ふふ、素敵な響きですわ。王宮では『氷の魔女』としか呼ばれませんでしたもの」
セシリアは嬉しそうに微笑み、再び次のレールに向き合った。
その様子を見ていたエレノアが、焦ったようにミレーヌの袖を引く。
「ちょっとミレーヌ! 王女様が肉体労働してるわよ!? 私たちも何かしないと、正妻の座が危ないんじゃない!?」
「わ、分かってますわよ! 私はレールの敷設ルートの土地買収と、利権調整を進めますわ!」
「私は……私は……そうよ、枕木! レールを敷くための木の土台が必要でしょ! 領内の木こりを総動員してくるわ!」
美女たちがそれぞれの役割を見つけ、慌ただしく動き出す。
こうして、アインハルト領の工場から、次々と真新しいレールが生み出されていった。
それは、この閉ざされた辺境の地を、世界へと繋ぐ血管となるはずだった。
だが、その日の夕方。
帝都から一羽の早馬が、不穏な知らせを運んできた。
シルヴィアが受け取った手紙は、黒い封筒に入っていた。差出人は『帝国宰相』。
「旦那様……。王家より、『行方不明の第三王女を捜索する調査団を派遣する』との通達です。調査団長は、あの『赤蛇』こと、第一王子派の近衛騎士団長だそうです」
執務室の空気が一瞬で凍りついた。
第一王子派。それはセシリアを疎ましく思い、あわよくば亡き者にしようと企む勢力だ。
アレクは手紙を握りつぶし、冷たく笑った。
「調査団だって? いいや、ありゃあ『始末屋』だ。……面白い。せっかくレールが出来たんだ。最新鋭の『お出迎え』をしてやろうじゃないか」
領地再建から、国家規模の陰謀への対抗へ。
アレクの戦いは、新たなフェーズへ突入しようとしていた。
217
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない
成瀬一
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3)
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー)
ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。
神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。
そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。
ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。
早く穏やかに暮らしたい。
俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。
【毎日18:00更新】
※表紙画像はAIを使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる