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第12話 氷の檻と魂の再設計(リ・デザイン)
しおりを挟むアインハルト邸の客室に、緊迫した空気が張り詰めていた。
急遽運び込まれた第三王女セシリアは、最高級の羽毛布団に包まれているにもかかわらず、その身体から凄まじい冷気を放ち続けていた。
部屋の隅で稼働する【魔導温風機(ヒーター)】がフルパワーで熱風を吐き出しているが、室温は一向に上がらない。それどころか、セシリアの吐く息がキラキラと結晶化し、枕元にあった水差しを瞬時に凍らせていく。
「……酷すぎるわ。これじゃまるで、生きている氷像よ」
エレノアが青ざめた顔で呟く。
彼女も高位貴族として魔法の知識はあるが、これほどの魔力暴走は見たことがないのだろう。
「旦那様、回復魔法(ヒール)をかけましたが、効果がありません。傷は塞がりましたが、体温が戻らないのです」
シルヴィアが濡れタオルをセシリアの額に乗せようとするが、触れた瞬間にタオルがバリバリに凍りついてしまう。
「ああ、普通の回復魔法じゃ無理だ。これは『怪我』や『病気』じゃない」
アレクはベッドサイドに座り、セシリアの細い手首を掴んだ。
氷のように冷たい。だが、脈は弱々しくも打っている。
「――解析(アナライズ)」
アレクの瞳が青く発光し、王女の身体を透過する。
視界に浮かび上がったのは、絶望的なまでに絡み合った『配線図』だった。
セシリアの心臓部にある「魔力炉(コア)」は、規格外の出力を誇る氷属性の魔力を生み出し続けている。だが、そのエネルギーを体外へ放出するための「魔力回路(パス)」が、生まれつき細く、歪(ゆが)んでいるのだ。
出口を失った膨大な魔力が体内で渦を巻き、自身の肉体を凍結させている。
いわば、出力全開のエンジンの排気口を塞いだ状態だ。爆発(死)は時間の問題だった。
「どうするの? 帝都から宮廷医を呼ぶ? でも、この雪じゃ到着まで数日はかかるわ」
「間に合わない。あと一時間で心臓が凍って止まる」
アレクは迷わず決断した。
「俺が治す。……彼女の身体の『構造』を書き換える」
「はあ!? 人間相手に『再構築(クラフト)』を使う気!? 失敗したら廃人よ!」
エレノアが悲鳴を上げるが、アレクは振り返らなかった。
「やらなきゃ死ぬだけだ。……シルヴィア、誰も部屋に入れるな。エレノアは魔力切れに備えて、ポーションの準備をしていてくれ」
「……っ、分かったわよ! その代わり、殺したら承知しないからね!」
アレクはセシリアの胸元に両手をかざした。
衣服の上からでも分かる、心臓の早鐘と、内側から突き刺すような冷気。
集中しろ。これは壊れた機械を直すのと同じだ。いや、それ以上に繊細な『編集』作業だ。
イメージするのは、複雑に絡まった糸を解きほぐし、太いパイプを通す工程。
「――生体再構築(バイオ・クラフト)・回路接続(コネクト)」
アレクの掌から、温かな魔力がセシリアの体内へと侵入する。
まずは心臓部の「詰まり」を特定する。
血管のように張り巡らされた魔力回路。その数カ所に、魔力の塊(血栓のようなもの)が詰まっている。
アレクは魔力の指先で、その塊を慎重に粉砕し、流し出す。
さらに、生まれつき狭窄(きょうさく)していた回路の内壁を押し広げ、補強していく。
(痛いだろうが、耐えてくれ……!)
アレクが回路を拡張するたび、セシリアの身体がビクンと跳ね、苦悶の表情が浮かぶ。
だが、アレクは手を止めない。
一本、また一本。
主要な動脈に沿って、新たな魔力のバイパス工事を行っていく。
やがて、最大の難関である心臓直下の「制御弁」に到達した。
ここが完全に閉じているせいで、魔力が逆流している。
アレクは全神経を指先に集中させた。
閉ざされた弁の構造を解析し、こじ開けるのではなく、作り変える。
自動的に過剰な魔力を体外へ排出する「安全弁(セーフティバルブ)」への改造。
「……開け、そこだッ!」
カッ!
アレクが魔力を叩き込んだ瞬間、セシリアの胸元から眩い青い光が溢れ出した。
シュウウウウウ……。
部屋中に、大量の白い蒸気が充満する。
それは、セシリアの体内で暴走していた氷の魔力が、正常な回路を通って体外へと放出され、温風機の熱気と混ざり合って昇華した音だった。
数分後。蒸気が晴れると、そこには穏やかな寝息を立てるセシリアの姿があった。
肌からは不健康な青白さが消え、ほんのりと桜色が差している。
凍りついていたタオルも、今は柔らかく溶けていた。
「……成功、か」
アレクはガクリと膝をついた。魔力を使い果たし、視界が霞む。
「アレク!」
エレノアが駆け寄り、彼を支えた。
「信じられない……本当に、人間の構造をいじるなんて。あなた、神様に喧嘩でも売るつもり?」
「ただの修理屋だよ……。それより、彼女の様子は?」
「熱も下がって、脈も安定しているわ。……本当に、助かったみたいね」
シルヴィアが安堵のため息をつき、アレクの額の汗を拭った。
翌朝。
セシリアは、小鳥のさえずりと共に目を覚ました。
(……寒く、ない?)
それが、彼女が最初に抱いた違和感だった。
生まれてから十九年、彼女の世界は常に氷点下だった。分厚い毛皮を着ても、暖炉のそばにいても、体の芯から湧き上がる冷気が骨を凍らせていた。
それなのに、今はどうだ。
手足の指先まで温かい血が通っている感覚。
吸い込む空気が肺を刺さない。
「お目覚めですか、殿下」
横を見ると、サイドテーブルで果物の皮を剥いているメイド(シルヴィア)と、窓際で椅子に座り、本を読んでいる黒髪の青年がいた。
「ここは……?」
セシリアが身体を起こそうとすると、驚くほど軽く動いた。いつもなら、関節が凍りついて軋む痛みが走るのに。
「アインハルト伯爵邸です。貴女は森に墜落し、瀕死の状態でした」
青年――アレクが本を閉じて歩み寄ってくる。
「私が治療しました。貴女の身体の『循環不良』を直したんです。もう、魔力暴走に怯える必要はありませんよ」
淡々と告げられた言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
不治の病。呪われた氷の血。そう言われて、離宮に隔離されていた自分の身体が、治った?
セシリアは震える手で自分の頬に触れた。温かい。涙が出るほど、温かい。
「貴方が……私を?」
「はい。ついでに、貴女の魔力を効率よく運用できるように調整しておきました。これからは、その膨大な魔力を『制御』して、魔法として自由に使えるはずです」
アレクは事もなげに言い、部屋の隅にある機械を指差した。
「それと、この部屋は【魔導温風機】で常に二十四度に保たれています。乾燥しないよう加湿もしていますので、ゆっくり休んでください」
セシリアは、その奇妙な機械と、目の前の青年を交互に見つめた。
王家ですら匙(さじ)を投げた自分を、一夜にして救った魔法使い。
そして、この極寒の北国に、春のような楽園を作り出している主。
ドクン。
治ったばかりの心臓が、今までとは違う理由で高く跳ねた。
それは恐怖でも病でもない。初めて知る「熱」だった。
「……アインハルト伯爵」
セシリアはベッドから降りると、アレクの前に跪(ひざまず)こうとした。
「ちょ、殿下!? やめてください!」
アレクが慌てて支える。
セシリアは潤んだ瞳で、アレクを上目遣いに見つめ、その手を強く握りしめた。
「貴方は私の命の恩人……いいえ、私の『世界』を変えてくださった方」
彼女の白い頬が、愛らしく染まる。
「責任、取ってくださいね?」
「え?」
「私の身体、貴方に好き勝手に改造(いじ)られてしまったのですから……もう、お嫁に行けませんわ」
王女は、氷が溶けたような、とろけるような笑顔で微笑んだ。
扉の向こうで、立ち聞きしていたエレノアが「はあぁぁぁぁ!?」と絶叫し、何かを蹴飛ばす音が響き渡った。
こうして、アインハルト領に、帝国最強の「氷の魔女」にして、最も厄介な「王族の求婚者」が居座ることになったのである。
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