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第17話 銅の神経と魔導電話
しおりを挟むサクサへの進行は大成功に終わった。
駅を持たないサクサでは、街外れの広場に仮設のプラットホームを設けただけだったが、それでも『鉄竜』の到着は熱狂をもって迎えられた。
積載していた五百本のウォッカと、大量の新鮮な野菜、そして試供品の「氷菓子(アイスクリーム)」は、到着からわずか一時間で完売した。
「……信じられませんわ。持ってきた商品が、すべて言い値で売れました」
帰りの列車内、食堂車で帳簿をつけていたミレーヌが、震える手でペンを置いた。
「売上総額、金貨三千枚。輸送コストは燃料の魔石代だけですから、利益率は九割を超えています。……伯爵、これはもう『錬金術』ですわ」
「だろうな。だが、本当の成果は金じゃない」
アレクは窓の外、流れる雪景色を見ながら答えた。
「今回乗せた貴族たちが、こぞって『アインハルト領との通商条約』を求めてきたことだ。これで、俺たちは北部の経済的な主導権を完全に握った。帝国の騎士団長といえど、この巨大な利権の塊には手出しできない」
実際、ゲオルグは帰りの列車には乗らず、サクサで馬を手配して、捨て台詞と共に逃げるように去っていった。彼が孤立したのは明白だ。
しかし、アレクの表情は険しかった。
「だが、課題も見えた。……『情報』が遅すぎる」
「情報、ですか?」
隣で紅茶を飲んでいたセシリアが首をかしげる。
「ああ。今回の空賊の襲撃も、俺たちが目視するまで気づけなかった。もし、駅や沿線の村が襲われた時、列車に連絡する手段がない。列車が事故を起こしても、駅はそれを知る由もない」
アレクは拳を握った。
「鉄道には『神経』が必要だ。遠く離れた場所の声を、瞬時に伝える道具が」
***
翌日。アインハルト領に戻ったアレクは、休む間もなく工場の一角を占拠し、新たな開発に着手した。
集められたのは、ローゼンバーグ領から届いた大量の「銅のインゴット」と、森で採取した「ゴムの樹液」、そして下水処理場で増殖させている「絶縁スライム」の粘液だ。
「これから作るのは【魔導電話(マナ・フォン)】だ」
アレクは作業台の上に銅の延べ棒を置いた。
「音は空気の振動だ。その振動を電気(魔力)信号に変えて、銅線を通じて遠くへ送り、また振動に戻す。そうすれば、離れた相手と会話ができる」
まずは「電線(ケーブル)」の製造だ。
アレクは、以前レールを作った圧延機の設定を変え、より精密な「伸線機(ワイヤー・ドローイング)」へと改造した。
直径の異なる穴が空いたダイヤモンドのダイス(型)を幾重にもセットする。
「シルヴィア、銅を加熱しろ。柔らかくして、一気に引き伸ばす!」
赤熱した銅の棒が、機械に吸い込まれていく。
キュルルルル……!
太かった銅の棒が、ダイスを通るたびに細く、長く引き伸ばされていく。
最終的に、髪の毛のように細く、しなやかな「銅線」となってリールに巻き取られていく。
「次に『被覆(コーティング)』だ。裸の銅線じゃ、信号が漏れてしまう」
アレクは、煮詰めたゴム樹液とスライムの粘液を混ぜ合わせ、そこに硫黄を加えて加熱した。
ドロドロの黒い液体――加硫ゴムが完成する。
この中を銅線にくぐらせ、冷やし固めることで、絶縁体に包まれたケーブルが出来上がる。
「これで血管はできた。次は心臓部……『送話器』と『受話器』だ」
アレクは、薄く伸ばした鉄の板(振動板)と、小さな磁石、そしてコイル状に巻いた銅線を用意した。
さらに、ここで魔法的な素材を加える。
「炭素の粉末」だ。
「音の振動を拾うには、この炭素粉末が入った小箱(カーボンマイク)を使う。声を出すと振動板が震え、炭素の粒が押し固められたり緩んだりする。すると、流れる魔力(電流)の抵抗値が変化するんだ」
アレクは、手のひらサイズの木箱を削り出し、その中に精巧な部品を組み込んでいく。
受話器の方は、逆に「変化する魔力信号を磁力に変えて、鉄板を震わせる」構造だ。
最後に、受話器と送話器を繋ぎ、魔石電池をセットした黒い箱――電話機の一号機が完成した。
ダイヤルはない。受話器を上げれば、直結された相手に繋がる仕組みだ。
「よし、テストだ。シルヴィア、この一号機を持って、五百メートル離れた駅舎まで走ってくれ。俺はこっちの二号機で待つ」
「は、はい! 行ってまいります!」
シルヴィアは電話機とケーブルのリールを抱え、全速力で駆けていった。
ケーブルがスルスルと伸びていく。
十分後。
作業台の上の電話機が、ジリリリリ……と、ベルを鳴らした。
アレクは受話器を取り、耳に当てた。
「……もしもし、シルヴィアか?」
『――は、はい! 旦那様!? 聞こえます、旦那様の声が、耳元で聞こえます!』
受話器の向こうから、少しノイズ混じりだが、興奮したシルヴィアの声がはっきりと届いた。
「成功だな。感度はどうだ?」
『まるで魔法です……いえ、魔法でもここまで鮮明には届きません! これなら、駅の端から端まで叫ばなくても済みます!』
「ああ。これを線路沿いに敷設する。駅と司令室、そして各信号所を繋げば、列車の運行状況をリアルタイムで把握できる」
その様子を見ていたエレノアとベアトリスが、興味深そうに近づいてきた。
「ねえアレク。それ、もっと遠く……たとえば帝都とも繋げられるの?」
エレノアの問いに、アレクは頷いた。
「線の長さと、信号を増幅する中継器さえあれば、世界の裏側とだって話せるさ」
「……恐ろしい兵器ですわね」
ベアトリスが妖艶な笑みを浮かべた。
「情報は何よりも価値がある。商談の前に相手の情報を知れば勝ち、敵軍が動く前にそれを知れば勝ち。……貴方、また一つ、世界を縮めましたわね」
***
数日後。アインハルト領の線路沿いには、等間隔に木の柱(電柱)が立てられ、そこへ黒いケーブルが張り巡らされた。
中央駅の司令室には、巨大な交換台が設置され、領内の主要施設とホットラインで結ばれた。
そんな中、司令室の黒電話が鋭く鳴り響いた。
それは、領地の境界にある検問所からの緊急連絡だった。
『――閣下! 検問所です! 緊急事態発生!』
「どうした、敵襲か?」
アレクが受話器を取る。
『いえ、敵ではありませんが……厄介な客です! 帝都より、ヴァレンシュタイン公爵家の本隊が到着しました! 当主である公爵閣下ご本人が、エレノア様を連れ戻しに来られたようです!』
アレクは受話器を握りしめ、苦笑した。
騎士団長を追い返したと思ったら、今度は「ラスボス」の登場だ。
エレノアの父親、帝国筆頭公爵。かつて婚約破棄を突きつけてきた相手。
「……分かった。丁重に通せ。駅の貴賓室で出迎える」
アレクは受話器を置くと、隣で書類仕事をしていたエレノアを見た。
彼女は顔を青ざめさせ、ペンを取り落としていた。
「お、お父様が……来た……?」
「ああ。どうやら、家出した娘を迎えに来たパパ、という雰囲気じゃなさそうだ」
アレクは椅子から立ち上がり、ジャケットを羽織った。
「行くぞ、エレノア。……婚約破棄の『撤回』をさせにな」
銅の神経網がもたらした最初の情報は、アインハルト領にとって最大の政治的試練の到来を告げるものだった。
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