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第21話 帝都の闇と高周波ブレード
しおりを挟む謁見を終え、王城の貴賓用出口を出たアレクとシルヴィアは、夜霧に包まれた石畳を歩いていた。
先ほどの『ファントム(リムジン)』は、すでに回送させてエレノアたちを乗せ、公爵家の別邸へと向かわせている。アレクたちは、今後の防衛策のため、城周辺の結界構造を密かに調査してから合流する予定だった。
「……旦那様。囲まれています」
シルヴィアが足を止めず、唇の動きだけで伝えてくる。
彼女の手は、すでにメイド服のスカートの下に隠された暗器(スローイング・ナイフ)へと伸びていた。
「ああ。分かっている」
アレクも気づいていた。
石造りの建物の影、街灯の光が届かない死角。そこから、異様なほど気配を殺した「何か」が、蜘蛛のように忍び寄ってきている。
数は六体。心音もしない。呼吸音もしない。
「……解析(アナライズ)」
アレクの瞳が青く光り、闇を見通す。
視界に映し出されたのは、人間ではなかった。
全身を黒い包帯と革の拘束具で覆い、手足が異様に長い人型。その体内には、魔石を埋め込まれた心臓と、無理やり継ぎ接ぎされた筋肉繊維が見える。
「【生体兵器(キメラ・ソルジャー)】か。……第一王子殿下も、随分と趣味が悪い」
アレクが呟いた瞬間、殺気が膨れ上がった。
ヒュッ!
風を切る音と共に、闇の中から黒い影が飛び出した。
速い。獣のような四足歩行で、壁を蹴って襲いかかってくる。その手には、緑色の毒が塗られた曲刀が握られていた。
「させませんッ!」
シルヴィアが反応する。
彼女は隠し持っていた二本の短剣を抜き放ち、交差させて敵の斬撃を受け止めた。
ガギィンッ!
金属音が響き、火花が散る。
だが、シルヴィアの表情が歪んだ。
「……硬い!?」
キメラの曲刀と腕力は、細身のシルヴィアを押し込むほど重かった。しかも、他の五体も一斉に躍りかかってくる。
通常の騎士なら、一瞬で肉片にされていただろう。
「シルヴィア、下がれ! その剣じゃ切れない!」
アレクは叫ぶと同時に、懐から掌サイズの金属球を取り出し、地面に叩きつけた。
「――閃光(フラッシュ)・爆音(ソニック)!」
カッッッ!!!
強烈な閃光と、鼓膜を破るような高周波音が炸裂した。
キメラたちが「ギシャアアッ!?」と悲鳴を上げ、視覚と平衡感覚を狂わされて怯む。
アレクはその隙にシルヴィアの元へ駆け寄り、彼女の短剣を掴んだ。
それは、アインハルト領で打たれた良質な鋼の剣だが、キメラの強化骨格と鋼鉄の皮膚を斬るには切れ味が足りない。
「強化(ブースト)するぞ。……構造再構築!」
アレクは魔力を短剣に流し込む。
形状を変えるのではない。
分子レベルで刀身を震わせる「振動発生装置」を、柄の中に即興で組み込むのだ。
イメージするのは、毎秒数万回の超高速振動。
物体を切断する際、摩擦抵抗を極限までゼロに近づける物理学の応用。
「――【高周波振動剣(バイブロ・ブレード)】起動!」
ブォォォォォォン……!
短剣が、蜂の羽音のような不気味な低周波を放ち始めた。
刀身が微かに白く霞んで見える。それは、空気が振動で弾かれている証拠だ。
「こ、これは……?」
「触れたもの全てをバターのように切り裂く剣だ。……シルヴィア、お前の技量なら使いこなせるな?」
シルヴィアは震える剣を握り直し、冷徹なメイドの瞳に戻った。
「承知いたしました。……掃除の時間ですね」
視力を取り戻したキメラたちが、怒り狂って再度襲いかかってくる。
先頭の個体が、丸太のような腕を振り下ろす。
シルヴィアは避けなかった。
すれ違いざま、無造作に短剣を一閃させる。
ヒュン。
抵抗感は皆無だった。
キメラの腕が、鋼鉄の皮膚ごと音もなく切断され、宙を舞った。
「ギ……?」
キメラが自分の腕がないことに気づくよりも速く、シルヴィアは回転し、二撃目を首へと放つ。
スパァンッ!
まるで紙を斬るように、首が胴体から離れた。切断面は振動摩擦の熱で焼かれ、血すら出ない。
「……素晴らしい切れ味です」
シルヴィアが感嘆の声を漏らす。
残りの五体が、仲間の死に怯むことなく殺到する。だが、それは自殺行為だった。
舞うようなシルヴィアの剣舞。
触れた瞬間に武器ごと両断され、強化された筋肉も骨も、高周波の前には豆腐同然だった。
わずか十秒。
路地裏には、六つの肉塊が転がっていた。
「……ふぅ。お洋服が汚れなくて良かったです」
シルヴィアが短剣のスイッチを切ると、振動音が止まった。
アレクは倒れたキメラの一体に近づき、屈み込んだ。
「――解析。……やはりな」
剥がれたマスクの下にあったのは、死蝋(しろう)化した人間の顔だった。脳には制御用の魔術式が焼き付けられている。
「死体を使った【死霊術(ネクロマンシー)】と、魔獣のパーツを移植した合成獣のハイブリッドだ。帝国の法でも、第一級禁忌指定のはずだぞ」
「第一王子派の仕業でしょうか?」
「十中八九な。俺たちを『異端』と罵っておきながら、自分たちは裏でこんな化け物を飼っているわけだ」
アレクは立ち上がり、冷たい夜空を見上げた。
「証拠(死体)は回収する。……皇帝陛下への『お土産』が増えたな」
アレクは魔法で死体を亜空間収納(インベントリ代わりの収納魔法)に放り込んだ。
その時、路地の奥でパチパチという拍手が聞こえた。
「お見事、お見事。まさか最新鋭の『人形』たちが、瞬きする間にスクラップにされるとはね」
闇の中から現れたのは、深目(ふかめ)のフードを被った小柄な人影だった。
声は若いが、どこか老成した響きがある。
「……誰だ?」
アレクが警戒する。
フードの人物はクスクスと笑い、その顔を晒した。
長い尖った耳。褐色の肌。そして、暗闇でも光る金色の瞳。
ダークエルフの少女だった。
「ボクは『影のギルド』の密偵、ルナ。……キミたちに興味があってね、アインハルト伯爵」
彼女は敵意を見せず、ひらひらと手を振った。
「安心して、ボクは王子派じゃない。むしろ、あの『人形遊び』にはうんざりしてる側さ」
「……俺に何の用だ?」
「情報交換(ギブ・アンド・テイク)といこうよ。ボクたちは、帝都の地下に広がる『裏の情報』を知っている。キミは、その面白い『技術』を持っている」
ルナは、シルヴィアの手にある高周波ブレードをチラリと見た。
「王子は焦ってるよ。キミの登場で、自分の立場が危うくなったからね。次はもっと大規模な『粛清』を仕掛けてくるはずさ。……ボクらと手を組めば、奴の『研究所』の場所、教えてあげるけど?」
アレクはシルヴィアと顔を見合わせた。
怪しい誘いだ。だが、敵の敵は味方。それに、情報網の拡大は急務だった。
「……いいだろう。ただし、俺は強欲だぞ。中途半端な情報なら、対価は払わない」
「交渉成立だね♪」
ルナは猫のように微笑むと、闇の中へ溶けるように消えた。
「明日の夜、下町の酒場『黒猫の尻尾』で待ってるよ」
静寂が戻った路地裏。
アレクは大きく息を吐いた。
「……忙しくなりそうだ。帰ろう、シルヴィア。エレノアたちが心配して待っている」
「はい、旦那様。……ですがその前に」
シルヴィアが近づき、アレクの襟元を直した。
「私の剣を、あんな素敵に直してくださってありがとうございます。……一生、大切にしますね」
彼女の頬が、夜気の中でほんのりと赤らんでいた。
帝都の夜は更けていく。
だが、アレクたちの戦いは、表舞台の政治闘争と、裏社会の暗闘、その両面で加速しようとしていた。
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