企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan

文字の大きさ
21 / 35

第21話 帝都の闇と高周波ブレード

しおりを挟む

 謁見を終え、王城の貴賓用出口を出たアレクとシルヴィアは、夜霧に包まれた石畳を歩いていた。
 先ほどの『ファントム(リムジン)』は、すでに回送させてエレノアたちを乗せ、公爵家の別邸へと向かわせている。アレクたちは、今後の防衛策のため、城周辺の結界構造を密かに調査してから合流する予定だった。
「……旦那様。囲まれています」
 シルヴィアが足を止めず、唇の動きだけで伝えてくる。
 彼女の手は、すでにメイド服のスカートの下に隠された暗器(スローイング・ナイフ)へと伸びていた。
「ああ。分かっている」
 アレクも気づいていた。
 石造りの建物の影、街灯の光が届かない死角。そこから、異様なほど気配を殺した「何か」が、蜘蛛のように忍び寄ってきている。
 数は六体。心音もしない。呼吸音もしない。
「……解析(アナライズ)」
 アレクの瞳が青く光り、闇を見通す。
 視界に映し出されたのは、人間ではなかった。
 全身を黒い包帯と革の拘束具で覆い、手足が異様に長い人型。その体内には、魔石を埋め込まれた心臓と、無理やり継ぎ接ぎされた筋肉繊維が見える。
「【生体兵器(キメラ・ソルジャー)】か。……第一王子殿下も、随分と趣味が悪い」
 アレクが呟いた瞬間、殺気が膨れ上がった。
 ヒュッ!
 風を切る音と共に、闇の中から黒い影が飛び出した。
 速い。獣のような四足歩行で、壁を蹴って襲いかかってくる。その手には、緑色の毒が塗られた曲刀が握られていた。
「させませんッ!」
 シルヴィアが反応する。
 彼女は隠し持っていた二本の短剣を抜き放ち、交差させて敵の斬撃を受け止めた。
 ガギィンッ!
 金属音が響き、火花が散る。
 だが、シルヴィアの表情が歪んだ。
「……硬い!?」
 キメラの曲刀と腕力は、細身のシルヴィアを押し込むほど重かった。しかも、他の五体も一斉に躍りかかってくる。
 通常の騎士なら、一瞬で肉片にされていただろう。
「シルヴィア、下がれ! その剣じゃ切れない!」
 アレクは叫ぶと同時に、懐から掌サイズの金属球を取り出し、地面に叩きつけた。
「――閃光(フラッシュ)・爆音(ソニック)!」
 カッッッ!!!
 強烈な閃光と、鼓膜を破るような高周波音が炸裂した。
 キメラたちが「ギシャアアッ!?」と悲鳴を上げ、視覚と平衡感覚を狂わされて怯む。
 アレクはその隙にシルヴィアの元へ駆け寄り、彼女の短剣を掴んだ。
 それは、アインハルト領で打たれた良質な鋼の剣だが、キメラの強化骨格と鋼鉄の皮膚を斬るには切れ味が足りない。
「強化(ブースト)するぞ。……構造再構築!」
 アレクは魔力を短剣に流し込む。
 形状を変えるのではない。
 分子レベルで刀身を震わせる「振動発生装置」を、柄の中に即興で組み込むのだ。
 イメージするのは、毎秒数万回の超高速振動。
 物体を切断する際、摩擦抵抗を極限までゼロに近づける物理学の応用。
「――【高周波振動剣(バイブロ・ブレード)】起動!」
 ブォォォォォォン……!
 短剣が、蜂の羽音のような不気味な低周波を放ち始めた。
 刀身が微かに白く霞んで見える。それは、空気が振動で弾かれている証拠だ。
「こ、これは……?」
「触れたもの全てをバターのように切り裂く剣だ。……シルヴィア、お前の技量なら使いこなせるな?」
 シルヴィアは震える剣を握り直し、冷徹なメイドの瞳に戻った。
「承知いたしました。……掃除の時間ですね」
 視力を取り戻したキメラたちが、怒り狂って再度襲いかかってくる。
 先頭の個体が、丸太のような腕を振り下ろす。
 シルヴィアは避けなかった。
 すれ違いざま、無造作に短剣を一閃させる。
 ヒュン。
 抵抗感は皆無だった。
 キメラの腕が、鋼鉄の皮膚ごと音もなく切断され、宙を舞った。
「ギ……?」
 キメラが自分の腕がないことに気づくよりも速く、シルヴィアは回転し、二撃目を首へと放つ。
 スパァンッ!
 まるで紙を斬るように、首が胴体から離れた。切断面は振動摩擦の熱で焼かれ、血すら出ない。
「……素晴らしい切れ味です」
 シルヴィアが感嘆の声を漏らす。
 残りの五体が、仲間の死に怯むことなく殺到する。だが、それは自殺行為だった。
 舞うようなシルヴィアの剣舞。
 触れた瞬間に武器ごと両断され、強化された筋肉も骨も、高周波の前には豆腐同然だった。
 わずか十秒。
 路地裏には、六つの肉塊が転がっていた。
「……ふぅ。お洋服が汚れなくて良かったです」
 シルヴィアが短剣のスイッチを切ると、振動音が止まった。
 アレクは倒れたキメラの一体に近づき、屈み込んだ。
「――解析。……やはりな」
 剥がれたマスクの下にあったのは、死蝋(しろう)化した人間の顔だった。脳には制御用の魔術式が焼き付けられている。
「死体を使った【死霊術(ネクロマンシー)】と、魔獣のパーツを移植した合成獣のハイブリッドだ。帝国の法でも、第一級禁忌指定のはずだぞ」
「第一王子派の仕業でしょうか?」
「十中八九な。俺たちを『異端』と罵っておきながら、自分たちは裏でこんな化け物を飼っているわけだ」
 アレクは立ち上がり、冷たい夜空を見上げた。
「証拠(死体)は回収する。……皇帝陛下への『お土産』が増えたな」
 アレクは魔法で死体を亜空間収納(インベントリ代わりの収納魔法)に放り込んだ。
 その時、路地の奥でパチパチという拍手が聞こえた。
「お見事、お見事。まさか最新鋭の『人形』たちが、瞬きする間にスクラップにされるとはね」
 闇の中から現れたのは、深目(ふかめ)のフードを被った小柄な人影だった。
 声は若いが、どこか老成した響きがある。
「……誰だ?」
 アレクが警戒する。
 フードの人物はクスクスと笑い、その顔を晒した。
 長い尖った耳。褐色の肌。そして、暗闇でも光る金色の瞳。
 ダークエルフの少女だった。
「ボクは『影のギルド』の密偵、ルナ。……キミたちに興味があってね、アインハルト伯爵」
 彼女は敵意を見せず、ひらひらと手を振った。
「安心して、ボクは王子派じゃない。むしろ、あの『人形遊び』にはうんざりしてる側さ」
「……俺に何の用だ?」
「情報交換(ギブ・アンド・テイク)といこうよ。ボクたちは、帝都の地下に広がる『裏の情報』を知っている。キミは、その面白い『技術』を持っている」
 ルナは、シルヴィアの手にある高周波ブレードをチラリと見た。
「王子は焦ってるよ。キミの登場で、自分の立場が危うくなったからね。次はもっと大規模な『粛清』を仕掛けてくるはずさ。……ボクらと手を組めば、奴の『研究所』の場所、教えてあげるけど?」
 アレクはシルヴィアと顔を見合わせた。
 怪しい誘いだ。だが、敵の敵は味方。それに、情報網の拡大は急務だった。
「……いいだろう。ただし、俺は強欲だぞ。中途半端な情報なら、対価は払わない」
「交渉成立だね♪」
 ルナは猫のように微笑むと、闇の中へ溶けるように消えた。
「明日の夜、下町の酒場『黒猫の尻尾』で待ってるよ」
 静寂が戻った路地裏。
 アレクは大きく息を吐いた。
「……忙しくなりそうだ。帰ろう、シルヴィア。エレノアたちが心配して待っている」
「はい、旦那様。……ですがその前に」
 シルヴィアが近づき、アレクの襟元を直した。
「私の剣を、あんな素敵に直してくださってありがとうございます。……一生、大切にしますね」
 彼女の頬が、夜気の中でほんのりと赤らんでいた。
 帝都の夜は更けていく。
 だが、アレクたちの戦いは、表舞台の政治闘争と、裏社会の暗闘、その両面で加速しようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。 敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。 この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。 「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」 無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。 正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

成瀬一
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

処理中です...