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第22話 裏社会の契約と魔導偵察機(スカウト・ドローン)
しおりを挟むキメラ・ソルジャーの襲撃を退けた翌日の夜。
アレクは、公爵家の別邸を抜け出し、帝都の下町エリアへと足を運んでいた。
華やかな貴族街とは打って変わり、このあたりは治安が悪く、路地裏からは腐った水と安酒の匂いが漂ってくる。
変装のために地味なローブを羽織ったアレクの隣には、同じくフードを目深に被ったシルヴィアが、影のように寄り添っている。
「……ここですね。『黒猫の尻尾』」
目の前にあるのは、看板が傾いた古びた酒場だ。中からは怒号と嬌声、そして食器が割れる音が漏れ聞こえてくる。
「行くぞ。護衛は頼む」
「御意に」
アレクが重い木戸を押し開けると、店内の喧騒が一瞬だけ静まり、値踏みするような視線が数多く突き刺さった。
だが、アレクは無視してカウンターの隅へ向かう。
そこには、昨夜のダークエルフ、ルナが、安そうなエール(麦酒)を揺らしながら座っていた。
「やあ、伯爵様。本当に来てくれたんだ」
ルナが金色の瞳を細めて微笑む。
「約束だからな。……ここなら話せるか?」
「うん。ここのマスターは口が堅いし、周りは酔っ払いばかりだからね」
ルナは指先でテーブルをトントンと叩き、声を潜めた。
「早速だけど、本題といこうか。……第一王子カイザーの『裏の顔』について」
彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。それは帝都の地下水道の地図だった。
「帝都の北区、貴族の屋敷が立ち並ぶ地下深くに、封鎖されたはずの古代遺跡エリアがある。王子はそこを改装して、秘密の『研究所』にしているんだ」
「そこで、あのキメラを作っているのか?」
「そう。拉致した浮浪者や、政敵の部下を素材にしてね。……ボクら『影のギルド』の仲間も、何人か攫(さら)われて帰ってきていない」
ルナの瞳に、一瞬だけ鋭い憎悪が走った。
「ボクらの目的は仲間の奪還と、王子の失脚。だから、キミに協力する。キミの『力』なら、あの堅牢な研究所をぶち壊せると思ってね」
アレクは地図を睨んだ。
研究所の入り口は、厳重な魔法結界と見張りで守られている。正面から突っ込めば、証拠隠滅される可能性が高い。
「……内部の構造や、警備の配置は分かるか?」
「ごめん、そこまでは。侵入した密偵は全員、戻ってこなかったから」
「なるほど。つまり、まずは中の様子を探る『目』が必要というわけか」
アレクは腕を組み、考え込んだ。
人間が潜入すれば捕まる。ならば、人間以外を送ればいい。
「シルヴィア、空き瓶はあるか?」
「はい、こちらに」
シルヴィアがテーブルの空き瓶を差し出す。
アレクはさらに、ポケットから「銅線」の切れ端と、小さな「水晶のかけら」、そして昨日倒したキメラから回収した「魔石の破片」を取り出した。
「何をするの?」
ルナが興味津々で覗き込む。
「偵察機を作る。……虫のように小さく、誰にも気づかれずに飛ぶスパイだ」
アレクは素材を掌に乗せた。
イメージするのは、自然界で最も飛行能力に優れた昆虫――トンボ(ドラゴンフライ)だ。
四枚の羽によるホバリング、急旋回、そして360度を見渡す複眼。
「――構造再構築・微細加工(マイクロ・クラフト)」
魔力が繊細な光となって素材を包み込む。
銅線が髪の毛よりも細く伸び、複雑な神経回路と骨格を形成する。
水晶のかけらが磨き上げられ、魚眼レンズのような超小型カメラ(視覚素子)へと変化し、頭部に埋め込まれる。
空き瓶のガラスが薄く引き伸ばされ、虹色に輝く透明な羽根となる。
最後に、魔石を米粒サイズに削り出し、心臓部へセット。
チチチッ……。
微かな駆動音と共に、アレクの指先に止まったのは、全長五センチほどの【機械トンボ】だった。
精巧な真鍮(しんちゅう)色のボディに、ガラスの羽根。その複眼は、微かに赤く発光している。
「えっ……これ、動いてるの? ゴーレム?」
ルナが目を丸くする。
「【魔導偵察機(スカウト・ドローン)・ドラゴンフライ】だ。俺の視覚とリンクし、こいつが見た映像を俺の脳内に直接送ってくる」
アレクはさらに、手元に小さな金属板(コントローラー)を錬成した。
「音も拾えるし、暗闇でも見える『暗視モード』も搭載している。こいつなら、通気口や鍵穴から侵入して、研究所の深部まで探れるはずだ」
アレクは窓を少し開け、機械トンボを放った。
ブウゥン……。
羽音は極めて小さく、酒場の喧騒にかき消されるレベルだ。
トンボは空中で静止(ホバリング)した後、アレクの意思に従って夜の闇へと消えていった。
アレクは目を閉じ、視界をリンクさせる。
脳裏に、上空から見下ろす帝都の夜景が鮮明に映し出された。
「……すごい。魔法使いっていうより、別の生き物みたいだね、キミは」
ルナが呆れたように、しかし尊敬の眼差しで呟く。
「情報は貰った。今夜中に内部構造を丸裸にする。……ルナ、君はギルドの人間を集めて待機していてくれ。突入のタイミングは、俺が指示する」
「了解。……期待してるよ、パートナー」
ルナはウインクをして、席を立った。
店を出たアレクは、路地裏の影に身を隠しながら、シルヴィアに命じた。
「シルヴィア。俺は宿に戻ってドローンの操作に集中する。お前はエレノアたちに伝えてくれ。『明日の夜、ダンスパーティーではなく、狩りに出かける』とな」
「狩り、ですか?」
「ああ。獲物は『帝国の腐った膿(うみ)』だ。……派手にやるぞ」
アレクの脳内スクリーンには、ドローンが捉えた不気味な地下入口の映像が映し出されていた。
そこには、アレクたちの想像を超える地獄が広がっていることを、まだ誰も知らなかった。
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