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第26話 地下の魔改造と泡の楽園
しおりを挟む第一王子カイザーの失脚から数時間後。
皇帝から「好きに使え」と下賜(かし)された旧・地下研究所に、アレクたちは戻ってきていた。
そこは、依然として酸鼻を極める惨状だった。
破壊された培養槽のガラス片、緑色の粘液、そして戦いの痕跡である血痕と焦げ跡。腐臭と薬品の匂いが混ざり合い、とても人が住める環境ではない。
「……酷いものですわね。ここをアインハルト商会の帝都支店にするのですか? 幽霊が出そうですわ」
ミレーヌがハンカチで鼻を覆い、眉をひそめる。
エレノアも泥と煤(すす)で汚れた戦闘服を気にしながら、ため息をついた。
「場所は一等地だけど、内装が最悪よ。リフォーム業者を呼んでも、片付けだけで一ヶ月はかかるわ」
「業者はいらない。俺がやる」
アレクは腕まくりをして、広大な地下ホールの中心に立った。
彼の目には、この薄汚い空間が、既に「未来の設計図」として映っている。
「まずは『清掃』だ。……有機物分解(オーガニック・ブレイク)」
アレクが床に手を触れると、部屋全体が淡い光に包まれた。
床や壁にこびりついていた血糊、散乱していたキメラの肉片、そして不快な粘液が、分子レベルで分解され、無害な炭素の粉末となって空気に溶けていく。
同時に、強力な換気魔法(ウィンド・ブラスト)が淀んだ空気を地上へと排出し、新鮮な外気を取り込む。
「臭いが……消えた?」
シルヴィアが鼻を鳴らす。
「次は『内装』だ。……こんな陰気な石壁じゃ仕事も捗らない」
アレクは壁に手をかざした。
イメージするのは、清潔感のある白磁のタイルと、温かみのある木目調のフロア。
「――材質変換(マテリアル・シフト)・研磨(ポリッシュ)」
ズズズズ……。
ゴツゴツしていた地下の岩盤が、見る間に滑らかな大理石のような質感へと変質していく。天井には、光苔の成分を練り込んだ【魔導パネル】を埋め込み、太陽光に近い明るさを確保する。
殺風景だった実験場が、わずか数分で、帝都の高級サロンのような洗練された空間へと生まれ変わった。
「……相変わらずのデタラメぶりね」
エレノアが呆れつつも、綺麗になった床をブーツで踏みしめる。
「でも、これでやっと一息つけるわ。……あーあ、汗でベトベト。お風呂に入りたいわ」
「お風呂、ですか。確かに、王城の近くとはいえ、公爵邸まで戻るのは面倒ですわね」
セシリアも、戦闘で乱れた髪を気にしている。
アレクはニヤリと笑った。
「風呂か。いいな。……せっかくだ、ここに作ろう」
「えっ? ここで?」
「ああ。この研究所の動力源に使われていた地下水脈と、廃棄熱を利用する。……最高の『スパ』をな」
アレクは研究所の奥、かつてキメラの培養液を循環させていたポンプ室へと向かった。
そこには、豊富な地下水を汲み上げる配管と、魔石ボイラーがある。
「配管は新品に交換だ。錆びた鉄パイプじゃ水が不味くなる」
アレクは持参していた予備の銅インゴットを錬成し、抗菌作用のある銀メッキを施したパイプを瞬時に敷設した。
そして、床の一部を円形にくり抜き、浴槽を形成する。
ただの湯船ではない。
「――構造再構築・噴流装置(ジェット・ノズル)設置」
浴槽の側面と底に、無数の小さな穴を空け、そこに圧縮空気を送り込むノズルを取り付ける。
さらに、循環ポンプに特殊なフィルターを噛ませ、お湯を常に浄化しながら循環させるシステムを組む。
「よし、注水!」
ボイラーで適温(四十二度)に沸かされた地下水が、勢いよく浴槽に満たされていく。
そして、アレクがスイッチを入れた瞬間。
ボコボコボコッ!!
浴槽の底から、無数の気泡と共に強力な水流が噴き出した。
水面が白く泡立ち、湯気が立ち上る。
「こ、これは……お湯が暴れていますわ!?」
ミレーヌが驚いて後ずさる。
「【気泡風呂(ジャグジー)】だ。噴き出す水流と気泡が、身体のマッサージ効果を生む。疲労回復にはもってこいだぞ」
アレクはさらに、浴室の隅にシャワーヘッドも設置した。
「こっちは水圧で汚れを落とすシャワーだ。……さあ、完成だ。一番風呂は君たちに譲ろう」
アレクが脱衣所(即席で壁を作った)の方を指差すと、四人の美女たちは顔を見合わせた。
そして、次の瞬間には競うように服を脱ぎ始めた。
***
「……はぁぁぁ……極楽ですわ……」
白濁したお湯の中で、公爵令嬢エレノアがとろけた声を上げる。
彼女の背中に、ボコボコと当たるジェット水流が、戦闘で凝り固まった筋肉をほぐしていく。
「信じられません。お湯に浸かるだけで、マッサージを受けているようです」
隣でセシリアも、長い髪をお湯に浮かべて恍惚の表情だ。
広々とした浴槽には、四人の美女が肌を晒して寛(くつろ)いでいる。
ミレーヌは、お湯の感触を確かめるように肌を撫でた。
「このお湯……肌がツルツルになりますわ。地下水に含まれるミネラルのおかげかしら? ……これ、入浴料を取って開放すれば、帝都の貴婦人が行列を作りますわよ」
「さすがミレーヌ。裸になっても商売の話ね」
ベアトリスが豊満な肢体を伸ばし、クスクスと笑う。
「でも、悪くないわ。この『地下帝国』……アレク坊やの秘密基地としては、上出来じゃない?」
脱衣所の向こうで、アレクは設備の微調整を行いながら、彼女たちの楽しげな声を聞いていた。
(……とりあえず、ガス抜きはできたか)
彼は手元の図面――この地下施設の全体図に目を落とした。
この場所は、単なる隠れ家では終わらない。
カイザーが掘り進めた地下トンネル網は、帝都の主要な貴族街、商業区、そして王城の地下にまで伸びている。
これを活用すれば、地上の渋滞や検問を無視して、物資と人を運べる。
(地下鉄(メトロ)。そして、地下ショッピングモール……)
構想は膨らむ。
だがその前に、皇帝から任された「建国記念パーティー」の準備もしなければならない。
「アレク様? 入っていらっしゃらないの?」
浴室から、セシリアの甘い声が響く。
「一緒に入りましょうよ。背中、流して差し上げますわ」
「……いや、俺は後でいい。まだ設備の調整が……」
「あら、王女の命令が聞けないと?」
ガチャリ。
浴室のドアが開き、バスタオル一枚を巻いた(巻いただけの)セシリアとエレノアが顔を出した。湯気で濡れた肌が、魔導照明の下で艶かしく光る。
「ほら、行くわよ。あなたの作ったお風呂なんだから、責任持って入りなさい」
「ちょ、待て! 服くらい脱がせろ!」
結局、アレクは四人の美女に引きずり込まれ、泡と美肌の楽園で、別の意味での「激戦」を強いられることになった。
帝都の地下深く。
そこには、地上の喧騒をよそに、新たな支配者たちの安息地が完成しつつあった。
だが、安らぎは長くは続かない。
お湯の中で、ミレーヌがふと思い出したように呟いた。
「そういえば、アレク。……パーティーの『ドレス』はどうしますの? まさか、今の戦闘服で出るわけにはいきませんわよ?」
その言葉に、アレクは動きを止めた。
そうだ。皇帝が出席を命じたパーティー。それは、帝国全土の有力者が集まる、ファッションとメンツの戦場だ。
既製品のドレスでは、アインハルト領の技術力を示せない。
「……作るさ。世界で一番、美しいドレスをな」
アレクはお湯の中で拳を握った。
「素材は『蜘蛛の糸』だ」
「蜘蛛……?」
令嬢たちが怪訝な顔をする中、アレクの頭の中では、次なる発明――【魔導合成繊維・シルク強化版】のレシピが組み上がり始めていた。
次なる戦場は、舞踏会。
武器は、ドレスと化粧品だ。
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