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第30話 ニトロの咆哮と岩竜の目覚め
しおりを挟む帝国の東端。そこには、天を突き刺すような巨大な岩山が連なっていた。
通称『竜の背骨(ドラゴン・スパイン)』。
標高四千メートルを超え、年中猛吹雪が吹き荒れるこの山脈は、帝国と東の魔法王国とを隔てる「天然の城壁」であり、数千年にわたり両国の交流を阻んできた絶望の壁だ。
「……正気か、アインハルト伯爵」
魔法王国の特使、リゼロッテが呆れた声を上げた。
彼女は分厚い防寒ローブに身を包み、強風に煽られる銀髪を押さえながら、目の前の岩壁を見上げていた。
「この山脈は、地下に強力な『地脈(レイライン)』が流れており、空間魔法が干渉を受けて使えぬ。だから転移門も設置できんのだ。……それを、物理的に穴を開けて通すだと?」
「ええ。上を通れないなら、中を通ればいい。単純な理屈です」
アレクは測量図面を片手に、涼しい顔で答えた。
彼の後ろには、シルヴィアと、視察に同行したエレノアが立っている。
「でもアレク、この岩……異常に硬いわよ? ミスリルのツルハシでも刃が欠けるって、鉱夫たちが泣いて逃げ出したわ」
エレノアが足元の黒い岩を蹴る。
この山脈を構成するのは『黒曜鋼岩(オブシディアン・グラナイト)』。魔法耐性と物理強度を兼ね備えた、世界で最も硬い岩盤の一つだ。
「手作業で掘れば百年かかるな。魔法で爆破しても、魔力切れで千年かかる」
アレクは懐から、赤い紙で包まれた太い棒状のものを取り出した。
「だから、こいつを使う」
「……なんだそれは? ソーセージか?」
リゼロッテが片眼鏡越しに覗き込む。
「【ダイナマイト】だ」
アレクが手にしているのは、ニトログリセリンを珪藻土(けいそうど)に染み込ませ、安定化させた爆薬だ。
本来、ニトロはわずかな衝撃で爆発する危険極まりない液体だが、アレクは【構造解析】で分子結合を安定させ、さらに導火線に魔力着火式の信管を取り付けていた。
「見ていてください。……シルヴィア、セットしろ」
「はい」
シルヴィアが岩壁の亀裂にダイナマイトの束を押し込み、導火線を長く伸ばして退避する。
「点火!」
アレクが指を鳴らすと、遠く離れた導火線に火が走った。
リゼロッテが「ふん、子供の火遊びか」と鼻を鳴らした、その瞬間。
ズガァァァァァァァァンッ!!!
天地がひっくり返るような轟音が響いた。
リゼロッテとエレノアが、衝撃波で尻餅をつく。
濛々(もうもう)たる土煙が晴れると、そこには――。
「なっ……!?」
リゼロッテが絶句した。
あれほど硬かった黒曜鋼岩の岩盤が、大きく抉(えぐ)り取られ、巨大な風穴が開いていたのだ。
「ば、馬鹿な! 上級爆裂魔法(エクスプロージョン)並みの威力だと!? 詠唱も、魔力消費もなしに!?」
「これが『化学反応』の力です。……さあ、どんどん掘り進めますよ」
アレクが作業員たち(アインハルト領の屈強なドワーフたち)に指示を出そうとした時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!
爆発の余韻とは違う、地底から響く重低音が足元を揺らした。
亀裂の奥から、凄まじい殺気と共に、琥珀色の巨大な目が二つ、闇の中に光った。
「グルルルルゥ……ッ!!」
岩盤を砕きながら現れたのは、全身が岩と鉱石で覆われた、全長三十メートルはある巨竜だった。
【岩竜(ロック・ドラゴン)】。
山脈の主にして、伝説級の魔獣だ。
「しまっ……! ダイナマイトの衝撃で、冬眠していた主を叩き起こしてしまったか!」
アレクが舌打ちする。
「キシャアアアアッ!!」
岩竜が咆哮すると、その衝撃だけで作業用の足場が吹き飛んだ。
リゼロッテが即座に杖を構える。
「――氷結の槍よ、穿(うが)て!」
無数の氷槍が竜に殺到するが、硬い岩の皮膚に当たって砕け散る。
「硬い! 魔法が効かんぞ、このトカゲ!」
「物理攻撃も無理よ! あんな岩の塊、剣じゃ切れないわ!」
エレノアが叫びながら後退する。
「……切れないなら、砕くしかないな」
アレクは、後方で待機させていた重機の方へ走った。
それは、トンネル掘削用に持ち込んでいた、二足歩行型の大型魔導作業機――【ゴーレム・ローダー】だった。
本来は土砂を運ぶための機械だが、アレクはこれに「ある改造」を施していた。
「シルヴィア、エレノア! 時間を稼げ! 俺が重機を起動する!」
「了解です! ……行きますよ、エレノア様!」
「もう、やるしかないのね!」
二人の美女が囮(おとり)となって竜の注意を引く。
アレクはコックピットに飛び乗り、魔力炉を臨界まで回した。
ブウゥン! と唸りを上げて、高さ五メートルの鉄の巨人が立ち上がる。
その右腕には、ショベルではなく、巨大な鉄の杭(パイル)が装着されていた。
中に装填されているのは、特大の爆薬カートリッジ。
建設機械の「杭打ち機」と、対戦車兵器の概念を融合させた決戦兵器。
【爆砕杭打ち機(パイルバンカー)】だ。
「待たせたな、デカブツ!」
アレクの操るゴーレムが、ブースターを噴かして岩竜の懐へ突っ込む。
岩竜が剛腕を振り下ろすが、アレクは紙一重でかわし、その硬い胸板に右腕の杭を押し当てた。
「その岩の鎧ごと、心臓を貫く!」
アレクがトリガーを引く。
ガキンッ!
着火。
ドゴォォォォォンッ!!!
炸薬の爆発力が、数トンの鉄杭を音速で射出した。
ゼロ距離からの運動エネルギーの塊。
岩竜の絶対防御である黒曜鋼岩の鱗が、粉々に砕け散り、杭が深々と肉体にめり込んだ。
「ギャアアアアアアッ!?」
岩竜が絶叫し、衝撃で巨体が宙に浮く。
さらに、貫通した杭の先端から、追撃の爆発(内部破壊)が炸裂した。
ズドンッ。
岩竜は白目を剥き、どうと地面に倒れ伏した。
ピクリとも動かない。気絶、あるいは瀕死だ。
「……勝った」
アレクが汗を拭い、ゴーレムから降り立つ。
周囲は静まり返っていた。
リゼロッテが、口をぽかんと開けて、倒れた竜と鉄の巨人を見比べている。
「……魔法も、剣も使わず……ただの『杭』と『爆発』で、伝説の岩竜を沈めたのか?」
「物理学の勝利です。硬いものには、一点集中で衝撃を与えればいい」
アレクは倒れた竜を軽く叩いた。
「こいつは殺さずに、番犬(ガードマン)になってもらおう。トンネルの守護竜としてな」
リゼロッテは、震える手で片眼鏡を外した。
「……アインハルト伯爵。貴公の国と戦争にならなくて本当によかったと思うよ」
「でしょう? だから、仲良くしましょうね」
こうして、最大の難所であった『竜の背骨』に、最初の大穴が開いた。
だが、トンネル工事はまだ始まったばかり。
地底にはさらなる未知の遺跡と、古代文明の遺産が眠っていることを、アレクはまだ知らなかった。
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