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第31話 回転する巨刃と失われた地下鉄
しおりを挟む伝説の【岩竜(ロック・ドラゴン)】を物理と爆薬で叩きのめした数時間後。
意識を取り戻した巨竜は、アレクが差し出した高純度の魔石と、美味しい鉱石(ミスリル合金の端材)を餌付けされたことで、すっかり大人しくなっていた。
「グルル……(美味い、もっとくれ)」
竜は尻尾を振り、まるで忠犬のようにトンネルの入り口に鎮座した。番犬ならぬ、最強の「番竜」の誕生だ。
「……信じられん。誇り高き古竜を、餌で飼い慣らすとは」
魔法王国の特使リゼロッテが、呆れたように杖をつく。
「利害の一致ですよ。彼は寝床と食事を、俺たちは安全を手に入れる。……さて、問題はここから先だ」
アレクは、爆破で開いた大穴の奥、崩れやすい地層を指差した。
「ダイナマイトは強力だが、地盤が弱い場所で使うと落盤の危険がある。ここからは『掘る』のではなく、『削り進む』必要がある」
アレクは工場のドワーフたちに指示し、新たな機材を搬入させた。
それは、円筒形の巨大な鉄の塊だった。
先端には、無数の回転刃(カッター)がついた円盤が取り付けられている。直径は十メートル。トンネルの断面そのものの大きさだ。
「なんだ、この巨大な筒は?」
エレノアがペタペタと鉄の肌に触れる。
「【魔導シールドマシン(トンネル掘削機)】だ」
アレクは胸を張った。
「この先端の円盤(カッターフェイス)を回転させて土を削り取り、同時に削った土を後方へ排出する。そして、機械が前進した直後に、内側から『セメントの壁(セグメント)』を組み立ててトンネルを補強する」
掘削と壁作りを同時に行う、現代土木工事の傑作だ。
動力は、岩竜から分けてもらった膨大な地脈エネルギーと、高出力魔導モーター。
「……掘りながら、壁を作る? そんな器用なことが自動でできるのか?」
リゼロッテが片眼鏡を光らせる。
「見ていてください。……シールドマシン、起動!」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
巨大な円盤が唸りを上げて回転を始めた。
超硬合金で作られた刃が岩盤に食い込み、バリバリと音を立てて砕いていく。
マシンは芋虫のようにゆっくりと、しかし確実に地中へと潜っていく。
その後ろには、綺麗に整形されたコンクリートのトンネルが産み落とされていく。
「速い……! 手掘りの百倍、いや千倍の速度だわ!」
シルヴィアが感嘆の声を上げる。
数キロ掘り進んだ、その時だった。
ガガガガッ!!
突如、シールドマシンが異常振動を起こし、緊急停止した。
「故障か!?」
アレクが計器を確認する。
「いや、違う。……『硬すぎるもの』に当たったんだ。岩盤じゃない。金属反応だ」
アレクたちはマシンの先端へ向かった。
カッターが削り取った壁の向こうに、鈍い銀色の輝きが見えた。
それは、天然の鉱脈ではなかった。
明らかに人工的に加工された、継ぎ目のない金属の壁だった。
「こ、これは……【オリハルコン】!?」
リゼロッテが叫び、壁に駆け寄った。
「間違いない! 神話の時代に失われた、魔法金属オリハルコンの合金だ! 現代の魔法でも傷一つつけられぬ最強の金属……なぜこんな地下深くに?」
アレクは壁に手を当てた。
――構造解析。
(……なるほど。これは壁じゃない。『扉』だ)
アレクは壁の端にある、掌サイズの窪みを見つけた。魔力認証キーだ。
「リゼロッテ殿。貴女の魔力をここに流してくれませんか? 古代語が読める貴女なら、開けられるはずだ」
「わ、私が? ……分かった」
リゼロッテが杖を窪みに当て、詠唱を紡ぐ。
すると、オリハルコンの壁に幾何学模様の光が走り、重低音と共に左右にスライドした。
プシュウウウウ……。
数千年分の空気が入れ替わる音がした。
開かれた扉の向こうに広がっていた光景に、全員が言葉を失った。
そこは、広大なドーム状の空間だった。
天井には、今も生きている魔導照明が星空のように瞬いている。
床は白く輝く石材で舗装され、そこには二本の金属のレールが、遥か彼方まで伸びていた。
そして、ホームらしき場所には、流線型の美しい乗り物が静かに眠っていた。
「……地下鉄(メトロ)?」
アレクが呟く。
それは、アレクの前世の記憶にある地下鉄と、この世界の魔法技術が融合したような光景だった。
「古代遺跡……いや、これは『古代魔法文明』の遺産か!」
リゼロッテが震える声で言う。
「伝承にはあった。かつて、星の地下を網の目のように結び、人々を瞬時に運んだ『魔法の回廊』があったと。……まさか実在したとは!」
アレクたちは、眠れる車両に近づいた。
車輪はない。レールから数センチ浮いている。
「【磁気浮上式鉄道(リニアモーターカー)】か。……魔法で浮かせ、磁力で推進する。俺が作ろうとしていた未来が、過去にあったとはな」
アレクは苦笑した。
だが、車両は完全に沈黙している。魔力切れだ。
「動くのかしら、これ?」
エレノアが車体を突く。
「動力源さえあればな。……リゼロッテ殿、この路線の行き先は分かりますか?」
リゼロッテはホームにある古代文字の看板を解読した。
「『帝都アルカディア方面』……そして反対側は『王都ユーフェミア中央』。……なんと! この線路は、我が国の首都まで直結しているぞ!」
歓喜の声。
山を掘り抜くどころか、既に完成されたトンネルと線路が見つかったのだ。これを使えば、工期は数年から数日に短縮される。
「よし。なら、コイツを叩き起こそう」
アレクは車両の動力部に手を触れた。
そこには、干からびた巨大な魔石のソケットがあった。
「俺の魔力を『電力』に変換して、直接流し込む。……シルヴィア、感電するなよ」
アレクは両手に青白い稲妻を纏わせた。
イメージするのは、高電圧の大電流。
「――強制起動(ジャンプ・スタート)!!」
バチバチバチッ!!
激しいスパークが散り、車両のボディに光のラインが走った。
ブウゥゥン……。
数千年の眠りから覚めた古代のリニアモーターカーが、重力から解き放たれ、さらに高く浮上した。
車内の照明が灯り、自動ドアが開く。
「……凄まじい。貴公の魔力は底なしか?」
リゼロッテが呆然と呟く。
「ただの『変換効率』の問題ですよ。……さあ、試運転だ。全員乗れ!」
アレクが運転席(コクピット)に座り、魔力制御盤を握る。
構造は理解した。操作も解析済みだ。
「次は~、魔法王国ユーフェミア~、ユーフェミア中央~」
アレクがおどけてアナウンスを真似る。
「発車!」
キィィィィィン!!
リニアは音もなく加速した。
その速度は、アレクの機関車をも凌駕する。時速三百キロ、いや五百キロ。
地下の闇が、光の帯となって後方へ飛び去っていく。
「速いっ! 速すぎますわアレク様!」
セシリアが悲鳴を上げながらアレクにしがみつく。
「これが古代の叡智……。我々魔法使いは、こんな素晴らしい技術を忘れてしまっていたのか……」
リゼロッテは、窓の外を流れる古代のトンネル壁面を見つめ、涙を流していた。
彼女のプライドは砕かれたが、それ以上に、失われた技術への憧憬(どうけい)が勝ったのだ。
わずか一時間後。
リニアは減速し、光溢れる地上へと飛び出した。
そこには、水晶で作られた塔が立ち並ぶ、幻想的な都市が広がっていた。
魔法王国ユーフェミア。
本来なら数ヶ月かかる旅路を、彼らは半日で踏破してしまったのだ。
「……着いたな」
アレクがリニアを停止させると、リゼロッテが彼の肩を掴んだ。
「アインハルト伯爵。……貴公は、歴史を変えた。この地下鉄を復活させれば、両国は兄弟のように繋がるだろう」
彼女の顔は紅潮していた。
「頼む。この技術の解析と復旧に、力を貸してくれ。……いや、私の『研究パートナー』になってくれ!」
その熱烈な眼差しに、エレノアとセシリアが即座に反応した。
「ちょっと! 研究パートナーってどういう意味よ!」
「抜け駆けは許しませんわよ、魔女様!」
新たなライバルの出現と、古代遺跡の発見。
アインハルト領の鉄道網は、国境を越え、時代すらも超えて広がり始めた。
だが、古代の遺産が眠っていたのは、地下だけではなかった。
魔法王国の空に、不穏な影――【古代浮遊要塞】の影が、微かに揺らめいていたのである。
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