33 / 35
第33話 黄金の泥と黒船の脅威
しおりを挟む魔法王国での冒険と、古代遺跡の発見から数日後。
アインハルト領に戻ったアレクは、世界を救った英雄の顔から一転、泥だらけの作業着姿で広大な湿地帯に立っていた。
「……ここだ。ここを『穀倉地帯』にする」
アレクが指差したのは、領地の南側に広がる未開拓の湿地だ。
後ろには、呆れ顔のエレノアと、興味津々のセシリア、そして忠実なメイドのシルヴィアが控えている。
「ねえアレク。せっかく魔法王国の『名誉賢者』になって、空飛ぶ要塞まで手に入れたのに……なんで泥遊びなの?」
エレノアがドレスの裾を摘まみ上げ、不満げに口を尖らせる。
「泥遊びじゃない。『田んぼ』を作るんだ」
アレクはスコップを地面に突き刺した。
「パンもいいが、俺はどうしても『米』が食いたい。炊きたての白米に、新鮮な卵を落として醤油をかける……あの黄金の至福(TKG)を再現するためには、水田開発が不可欠だ」
アレクの食への執念は、時に国家予算をも凌駕する。
彼は両手を地面につけた。
「――領域再構築・整地(テラフォーミング)」
ズズズズズ……ッ!
湿地の水が引いていき、デコボコだった地面が平らにならされる。
さらに、地下から粘土層を持ち上げて水を漏らさない底を作り、川から用水路を引いて水を張り巡らせる。
数キロ四方に及ぶ、幾何学的に美しい「水田」が、わずか一時間で完成した。
「……相変わらずの建築速度ですわね。でも、この広い泥の中に、一つ一つ種を植えるのですか? 腰が壊れますわよ」
セシリアが心配そうに見つめる。
通常、田植えは重労働だ。農民たちが総出で行っても数日はかかる。
「だから、こいつの出番だ」
アレクは、工場の格納庫から新たなマシンを呼び出した。
それは、小型のトラクターのような車体に、カマキリの爪のようなアームが無数に取り付けられた奇妙な機械だった。
【高速魔導田植機(ライス・プランター)】――通称『早苗ちゃん一号』。
「苗をセットすれば、このアームが正確に、かつ高速で泥に植え付けていく。動力は魔導エンジン。シルヴィア、乗ってみろ」
「はい、旦那様」
シルヴィアが運転席に座り、苗箱をセットする。
「発進!」
キュルルルル……!
軽快なエンジン音と共に、田植機が水田の上を滑るように走り出した。
ガシャコン、ガシャコン、ガシャコン!
背後のアームが目にも止まらぬ速さで動き、等間隔に、完璧な角度で苗が植えられていく。
それはもはや農業ではない。緑の絨毯を織り上げる工業だ。
「すごいです! これなら、私一人で領地全ての田植えが終わります!」
シルヴィアが珍しく興奮してハンドルを握る。
その様子を見て、最初は嫌がっていたエレノアも目を輝かせた。
「ちょっとシルヴィア、私にも運転させなさいよ! 泥を跳ね飛ばすの、楽しそうじゃない!」
「お待ちください、次は私の番ですわ!」
泥んこ遊びに興じる公爵令嬢と王女。平和な光景だった。
だが、その平和は長くは続かなかった。
夕暮れ時。
作業を終え、泥だらけの顔を洗おうとしていたアレクの元に、一台のバイクが猛スピードで駆けつけてきた。
乗っていたのは、帝都の情報屋、ダークエルフのルナだった。
「アレク! 大変だよ!」
ルナはヘルメットを脱ぎ捨て、息を切らせて叫んだ。
「西の海から、見たこともない船団が来た! ……『黒い煙』を吐く、鉄の船だ!」
アレクの目が鋭くなった。
「……蒸気船(黒船)か」
「うん。十隻以上の艦隊で、帝国の港町『ポルト』の沖合に停泊してる。彼らは『西の産業連邦(ウェストランド)』と名乗って、開国と通商条約……それと、アインハルト領の『技術引き渡し』を要求してる!」
「技術引き渡しだと?」
「そう。『魔導機関』や『鉄道』の技術を全て寄越せって。拒否すれば、港町を砲撃するって脅してるんだ!」
アレクはタオルで顔を拭い、泥のついた作業着を脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、いつもの冷徹な領主の顔だ。
「……舐めた真似を。せっかくの田植え日和を台無しにしてくれたな」
「どうするの? 相手は大砲を持ってるよ。帝国の木造帆船じゃ勝負にならない」
ルナが不安げに見上げる。
アレクはニヤリと笑った。
「大砲? 蒸気機関? ……ふん、一世紀前の骨董品だ」
アレクは通信機(トランシーバー)を取り出した。
「シルヴィア、エレノア、セシリア! 田植えは中断だ。……『漁』に出るぞ」
『漁、ですの?』
「ああ。西の海に、たちの悪いサメが現れたらしい。……俺たちの技術を盗みに来た泥棒だ」
アレクは空を見上げた。
そこには、魔法王国から持ち帰り、領地上空に係留していた【天空要塞アーク】の巨体が浮かんでいる。
だが、今回はあれは使わない。大きすぎて港町ごと吹き飛ばしてしまうからだ。
「ルナ。港町まではどれくらいだ?」
「鉄道を使えば三時間。……でも、海上の敵をどうやって叩くの?」
「俺たちには『海軍』はない。……だが、『空軍』なら作れる」
アレクは工場へと走った。
格納庫の奥に眠っていた、試作段階の「あれ」を起動する時が来たのだ。
空を飛び、海を制する、魔導技術の粋を集めた鉄の猛禽(もうきん)。
「準備しろ! 相手が産業革命(スチームパンク)で来るなら、こっちは近未来(サイバーパンク)で迎撃してやる!」
アインハルト領の工場の煙突から、黒煙ではなく、青白い魔力の光が立ち上る。
時代遅れの侵略者たちに、本当の「技術格差」を教えるための戦いが始まろうとしていた。
86
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。
【あらすじ】
異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。
それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。
家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。
十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。
だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。
最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。
この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。
そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。
そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。
旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。
☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。
☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~
ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国辺境でただ静かに生き延びたいだけの少年・ヴァン。
彼に正義感はない。あるのは、母が遺したノートに記された、物理法則を応用した「高圧魔力」の理論と、徹底した費用対効果至上主義だけだ。
敵国三千の精鋭が灰燼城に迫る絶望的状況。ヴァンは剣を振るわず、心理戦と補給線攪乱だけで、たった三日で敵軍を撤退させる。
この効率的すぎる勝利は帝国の中枢に届き、彼は最高峰の帝国軍事学院への招待状を手に入れる。
「英雄になりたいわけじゃない。ただ、母の死の真相と父の秘密を知るため、生き残らなきゃならないだけだ」
無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
正義も英雄も、損をするなら意味がない。合理主義が英雄譚を侵食していく、反英雄ミリタリー学園ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる