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第34話 鋼鉄の翼と蒸気の悪夢
しおりを挟むアインハルト領の工場、その最深部にある『第零格納庫』。
分厚い鉄扉が重々しい音を立てて開くと、そこには夕闇の中でも鈍く光る、一機の「鉄の猛禽(もうきん)」が鎮座していた。
全長十五メートル。サメのような鋭利な機首に、前進翼という異様な形状の主翼。
プロペラはない。代わりに、翼の下と胴体後部に、青白い光を放つ円筒形の推進器が取り付けられている。
【魔導可変翼戦闘攻撃機(ヴァリアブル・ファイター)・ワルキューレ】。
アレクが「空軍」として極秘に開発していた、航空力学と魔導技術の結晶だ。
「……アレク。これ、翼が動くの?」
エレノアが、折り畳まれた翼を見上げて尋ねる。
「ああ。高速飛行時は翼を畳んで空気抵抗を減らし、離着陸時は広げて浮力を稼ぐ。……動力は『重力制御(グラビティ・コントロール)』と『魔導ジェット推進』のハイブリッドだ」
アレクはタラップを登り、複座式のコクピットを開けた。
「シルヴィア、お前は後席で火器管制(ウェポン・システム)を担当しろ。エレノアとセシリアは……狭いが、補助席に乗れ」
「わ、私も戦うのですか!?」
「いや、見学だ。……『西の文明』とやらが、いかに旧式かを見せてやる」
全員が乗り込むと、キャノピー(風防)が閉じた。
ヒュィィィィィン……!
高周波の駆動音が響き、機体がふわりと浮き上がる。
プロペラの風はない。ただ、空間そのものを歪めるような圧力だけが発生する。
「全システム、グリーン。……ワルキューレ、発進!」
アレクがスロットルレバーを押し込む。
ドォォォォンッ!!
格納庫から飛び出した機体は、一瞬で音速の壁を突破した。
衝撃波(ソニックブーム)が領地の空気を震わせ、瞬く間に雲の彼方へと消え去った。
***
帝国の港町ポルト。
夕暮れの海に、不吉な黒煙が立ち込めていた。
沖合に停泊するのは、西の産業連邦から来航した【黒船艦隊】。
十隻の蒸気船は、巨大な外輪(パドル)と煙突を持ち、その側面には無骨なカノン砲が並んでいる。
旗艦「スチーム・キング号」の艦橋では、提督のヴァンダービルトが、単眼鏡で港の様子を窺っていた。
「フン、未開の猿どもが。蒸気機関の威力に腰を抜かしておるわ」
彼は葉巻を噛み砕き、傲慢に笑った。
「最後通牒の期限は過ぎた。……おい、威嚇射撃だ。港の倉庫を一つ吹き飛ばしてやれ」
「アイ・アイ・サー!」
砲手たちが大砲に火薬と鉄球を装填する。
ドォォォォン!!
轟音と共に、真っ赤な火炎と黒煙が噴き出し、鉄球が港へ向かって放物線を描く。
だが、その弾丸が着弾することはなかった。
キィィィィィィン!!
突如、上空から飛来した「何か」が、凄まじい速度で砲弾と交差した。
ガキンッ!
空中で火花が散り、鉄球が真っ二つに切断されて海に落ちた。
「な、何だ!?」
ヴァンダービルトが空を見上げる。
そこには、見たこともない形状の「鉄の鳥」が、空中でピタリと静止(ホバリング)していた。
翼の下のノズルから青い炎を噴き出し、まるで重力を無視するように浮いている。
『――こちら、帝国アインハルト領空軍。貴艦隊に告ぐ』
機体から拡声魔法による警告が響き渡った。
『当海域での発砲は、環境汚染および騒音防止条例により禁止されている。直ちに機関を停止し、降伏せよ』
コクピットのアレクの声だ。
「空軍だと!? 馬鹿な、プロペラもない鉄の塊が浮くわけがない! あれは幻影だ!」
ヴァンダービルトが叫ぶ。
「撃て! あの化け物を撃ち落とせ!」
全艦一斉射撃。数十発の砲弾がワルキューレに殺到する。
「……シルヴィア、迎撃(インターセプト)だ」
「御意に。……【電磁障壁(EMシールド)】展開」
ワルキューレの周囲に、六角形の光の壁が出現した。
ドガガガガッ!
砲弾が直撃するが、障壁に触れた瞬間に運動エネルギーを殺され、無力な鉄くずとなって海へボチャンと落ちる。
「き、効かんぞ!?」
「提督! あの光の壁、魔法です! 奴らは魔法で空を飛んでいます!」
「ええい、蒸気の力こそ最強だ! ボイラーの圧力を上げろ! もっと撃て!」
艦隊がパニックになる中、アレクは冷ややかに照準器を覗き込んだ。
「さて、田植えの邪魔をした礼だ。……少し涼しくしてやろう」
アレクが操縦桿のトリガーに指をかける。
「武装選択……【30mm魔導ガトリング砲】。弾種、徹甲氷結弾」
ブロロロロロロロッ!!!
機首の下にある回転砲身が火を噴いた――いや、青白い閃光を連射した。
発射されたのは、金属をも貫く氷の弾丸。
狙うのは、船体ではない。
蒸気船の命である「外輪」と「煙突」だ。
ガガガガガガッ!
凄まじい破砕音。
旗艦の外輪が飴細工のように粉砕され、煙突が根元からへし折れた。
プシュウウウウウッ!!!
行き場を失った高圧蒸気が噴き出し、艦上が白一色に包まれる。
「あつっ! 熱いぃぃぃ!」
「機関停止! 蒸気圧低下! 航行不能です!」
わずか一回の掃射(ストレイフ)で、旗艦はただの漂流物と化した。
ワルキューレは優雅に旋回し、再び艦隊の正面に静止した。
今度は、翼の下に吊るされた巨大な筒――【対艦魔導ミサイル】のロックオン・アラートが、ヴァンダービルトの鼓膜を震わせるような高音で鳴り響く。
『次は喫水線下(水面下)を狙う。……泳いで帰る準備はいいか?』
アレクの無慈悲な声。
ヴァンダービルトは、へし折れた煙突の残骸に座り込み、ガタガタと震えた。
勝てるわけがない。
次元が違う。彼らが誇る産業革命の技術など、この未知のテクノロジーの前では、石器時代の棍棒に等しい。
「……こ、降伏する! 撃たないでくれぇぇ!!」
白旗が上がった。
それを確認したアレクは、フッと息を吐き、通信を切った。
「終了だ。……帰って風呂に入ろう」
「すごいですわ、アレク様! あんな大きな船を、一瞬で!」
後席のセシリアが興奮して身を乗り出す。
「でも、揺れすぎよ! 私、ちょっと酔ったかも……」
エレノアが青い顔で口元を押さえる。
港町ポルトの住民たちは、空に浮かぶ鋼鉄の翼と、沈黙した黒船の群れを、ただただ呆然と見上げていた。
この日、「黒船の来航」という歴史的事件は、「銀翼の来訪」という神話に上書きされた。
翌日。
アインハルト領には、産業連邦からの賠償金として、大量の石炭と希少金属(レアメタル)、そして技術者たちが送られてくることになった。
アレクは彼らを「アインハルト技術学校」に入学させ、魔導工学を一から叩き込むことにした。
敵の技術すら吸収し、アレクの領地はさらに進化を加速させていく。
しかし、その平和な農作業(田植えの続き)に戻ろうとしたアレクの元に、今度は南の密林から、緊急のSOSが届く。
それは、世界を揺るがす「奇病」の発生と、それを治すための「幻の薬草」を求める声だった。
領主から、今度はドクターへ。
アレクの忙しい日々は終わらない。
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