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第35話 密林のホバークラフトと神の木の実
しおりを挟む西の産業連邦艦隊を撃退し、平和な日常(という名の領地開発)に戻ろうとしたアレクの元に、南の密林地帯から緊急のSOSが届いたのは、田植えが終わった直後のことだった。
執務室のソファには、情報屋のルナが深刻な顔で座っていた。彼女の隣には、褐色肌に獣の耳を持つ少女――南方の密林に住む「豹人族(パンサー・トライブ)」の使者が、疲労困憊の体で控えている。
「……それで、その『奇病』というのは?」
アレクが問うと、使者の少女が震える声で答えた。
「はい……。村の人々が、次々と『木』になってしまうのです。手足が樹皮に覆われ、やがて動けなくなり、最後には完全に大樹へと変わり果ててしまう……」
「樹木化病(トレント・ウイルス)か」
アレクは眉をひそめた。魔法生物学の本で読んだことがある。植物系の魔物が撒き散らす胞子によって引き起こされる、極めて致死率の高い呪いだ。
「村の祈祷師も、薬草師も手が出せません。……どうか、北の賢者様、お助けください! このままでは村が全滅してしまいます!」
少女が床に頭を擦り付ける。
「……分かった。助けよう」
アレクは即答した。
「アレク、いいの? 相手は未知の病原体よ?」
隣で地図を見ていたエレノアが心配そうに言う。
「放っておけば、いずれ帝国にも広まる可能性がある。それに、南の密林には俺が探している『ある植物』があるかもしれない」
アレクは立ち上がり、工場の格納庫へと向かった。
「行くぞ。……道なき道を行くための、新しい『足』が必要だ」
***
一時間後。
アインハルト領の南端、湿地帯と密林の境界線に、アレクたちは立っていた。
そこに用意されていたのは、これまでの車両とは全く異なる形状の乗り物だった。
巨大なゴム製の浮き袋(スカート)の上に、平たい船体が乗り、後部には巨大な扇風機のようなプロペラが付いている。
【魔導水陸両用艇(ホバークラフト)】――通称『スライダー』。
「……タイヤがないわ。これ、どうやって走るの?」
セシリアが不思議そうに船体を突く。
「走るんじゃない。浮くんだ」
アレクがコクピットに乗り込み、エンジンを始動させた。
ブオォォォォォォッ!!
凄まじい風切り音と共に、船体の下のスカートがパンパンに膨らみ、巨体が地面から数十センチ浮上した。
「風圧で浮いているのか!? これなら沼地も川も関係ないな!」
同行を志願したルナが目を輝かせる。
「その通り。摩擦ゼロの超高速移動だ。……しっかり掴まってろよ!」
アレクがスロットルを開くと、スライダーは滑るように走り出した。
泥の湿地帯も、浅瀬の川も、絡みつく蔦(つた)も関係ない。
時速百キロ。
水しぶきと泥を巻き上げながら、密林の奥深くへと一直線に突き進む。
「きゃあああっ! 揺れるけど、速いっ!」
後部座席でエレノアとセシリアが悲鳴を上げるが、その表情はどこか楽しげだ。ジェットコースターのような爽快感がある。
数時間後。
スライダーは密林の奥にある豹人族の集落に到着した。
村の様子は悲惨だった。
広場には、半ば樹木と化した村人たちが横たわり、うめき声を上げている。皮膚が硬質化し、指先から枝葉が生え始めている者もいる。
「……酷いな。進行が早い」
アレクは医療キットを抱えて降り立った。
まずは【構造解析】だ。
患者の一人に手をかざす。視界に青い光の文字列が走る。
(……原因はこれだ。肺に侵入した微細な『魔導胞子』。こいつが体内のマナを吸って急成長し、宿主のDNAを植物のものに書き換えている)
「治せるのか、アレク?」
ルナが心配そうに覗き込む。
「ああ。だが、普通の薬草じゃ効かない。この胞子の細胞壁を破壊する『抗生物質』が必要だ」
アレクは周囲の森を見渡した。
この湿潤な環境。そして、奇病の発生源。
毒がある場所には、必ず解毒剤の材料もあるのが自然の摂理だ。
「シルヴィア、採集だ! この近くに生えている『青いカビ』が生えたキノコや果実を探せ! それと、村の貯蔵庫にある発酵食品もだ!」
総出での捜索が始まった。
そして数十分後、シルヴィアが一つの果実を持ってきた。
ラグビーボールのような形をした、黄色と赤の混じった硬い果実。その表面に、青緑色のカビが付着している。
「旦那様、これに強い魔力反応があります」
「……でかした」
アレクはそのカビを採取し、即席の培養液に入れた。
「――培養(カルチャー)・成分抽出(エクストラクト)」
魔力で時間を加速させ、カビから有効成分だけを精製する。
世界初の【魔導ペニシリン】の完成だ。
さらに、それを気化させ、村の中央で焚き火にくべる。
「吸い込め! この煙が肺の中の胞子を殺す!」
白い煙が村を包み込む。
咳き込む村人たち。だが、すぐに奇跡が起きた。
樹木化していた皮膚がボロボロと剥がれ落ち、下から健康な肌が現れたのだ。
「おお……体が、動くぞ!」
「木にならずに済んだ……!」
村中に歓喜の声が響き渡る。
アレクは額の汗を拭った。
「やれやれ。何とかなったな」
治療が一段落した後、アレクはシルヴィアが持ってきた「あの果実」を手に取った。
カビが生えていたとはいえ、中身は無事だ。
割ってみると、中には白い果肉に包まれた種子が詰まっていた。
「……間違いない。これは『カカオ』だ」
アレクの目が、病気を治した時以上に輝いた。
カカオ豆。チョコレートの原料。
この世界では「神の木の実」と呼ばれ、苦い薬としてしか使われていない幻の植物。
「村長。治療代はいりませんが、この木の実を……アインハルト領と独占取引させていただけませんか?」
「は、はい! 命の恩人様のためなら、いくらでも!」
豹人族の村長は二つ返事で承諾した。
帰りのスライダーの中で、アレクは上機嫌だった。
「アレク様、そんなにその実が嬉しいのですか? ただの苦い豆に見えますけど」
セシリアが不思議そうに尋ねる。
「ふふふ。帰ったら驚くぞ。……これは『魔法の豆』だ。疲れを取り、心を溶かし、そして愛を深める……究極のスイーツになる」
「愛を……深める?」
その言葉に、エレノアとセシリア、そしてルナとシルヴィアの耳がピクリと反応した。
数日後。
アインハルト領の工場から甘い香りが漂い始めた。
焙煎し、すり潰し、砂糖とミルクを加えて練り上げられた、黒く艶やかな液体。
それを固めた「チョコレート」が、領内の女性たちを、そしてやがては帝国中の貴婦人たちを虜にする「黒い宝石」となるのは、まだ少し先の話。
今はただ、アレクの作った試作品第一号を巡って、四人のヒロインたちによる静かで熱い争奪戦が繰り広げられていた。
「……甘い。苦いのに、甘い。なんて罪深い味なの……」
エレノアが頬を赤らめ、チョコを齧る。
医療支援から始まった密林の旅は、結果としてアインハルト領に新たな「戦略物資」をもたらすことになったのである。
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