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第16話 七十八家の仮面と、青い宝石の微笑み
第16話 七十八家の仮面と、青い宝石の微笑み
ステージでの挨拶を終えると、そこから先は「地獄」と形容しても過言ではない時間が待っていた。
挨拶回りだ。
広いホールの其処此処(そこここ)に固まっている貴族たちの輪へ出向き、一人一人と言葉を交わさなければならない。
「おお、これはサーナス侯爵家のご令息! 実に見事なご挨拶でしたぞ」
「アルス様、我が家の娘のミリアです。まだ十三歳ですが、刺繍が得意でしてね」
「今度ぜひ、我が領地の特産品を送らせていただきますよ。お近づきの印に……」
群がってくる貴族たちの瞳には、隠しきれない欲望の色が浮かんでいた。
サーナス家という大樹に寄生したい者。
娘を嫁がせて縁戚関係を結びたい者。
僕の能力を利用して甘い汁を吸おうとする者。
(思惑が、透けすぎていて痛いくらいだ……)
僕は心の中で溜息をつきながら、顔には完璧な営業スマイルを張り付け続けた。
一人ひとりに頭を下げ、当たり障りのない会話をし、名前を覚えるふりをする。
五人、十人ならまだいい。だが、相手はこの国の貴族、七十九家すべてだ。
「あまりにも多すぎるよ……さすがに、顔の筋肉が攣りそうだ」
三十家を超えたあたりで、僕は小声で弱音を吐いた。
隣を歩く父サノスも、さすがに疲労の色を見せているが、そこは百戦錬磨の大臣だ。表情一つ崩さない。
「今日一日だけの辛抱だ。頑張れ、アルス。これも次期当主の修行だ」
「分かっています、父様。……そういえば今、どこまで終わったんでしたっけ? もう記憶が曖昧で……」
「あら、アルスったら。こんなに人がいたら分からなくなるのも無理はないわね」
母ルナが扇子で口元を隠しながら、小さく教えてくれた。
「今は七十八家が終わったところよ。残るはあと一家。……あちらにいらっしゃる、ノスタ公爵家ね」
「ノスタ公爵家……!」
その名前を聞いた瞬間、僕の背筋が伸びた。
そう、彼らこそが、ステージ上から僕が目を奪われたあの青髪の少女の家だ。
父が歩きながら、低い声で情報を補足してくれた。
ノスタ公爵家。
マリアナ王国に二つしかない公爵家の一つであり、貴族社会の頂点に君臨する名門中の名門だ。
もう一つの公爵家は北方のエルフ自治領の領主だが、彼らは中央の政治には不干渉を貫いているため、実質的に王都の貴族社会を取り仕切っているのは、このノスタ家と言っていい。
領都バンは人口五十万人を擁する国内第二の都市。
そして当主であるロフ・フォン・ノスタは、マリアナ王国の国庫を預かる「財務大臣」を務める重鎮である。
「アルス。我が家はノスタ公爵家とは、古くから懇意にさせていただいている。向こうも味方だが、公爵という立場上、決して粗相のないようにな」
「はい、父様」
最後の最後で、最大の大物が待っている。
僕はネクタイを締め直す気持ちで、会場の中央奥へと足を進めた。
向こうもこちらに気づいたらしい。
人垣が自然と割れ、その中心にいた二人がこちらへ歩み寄ってくる。
近づくにつれ、その「格」の違いが肌で感じられた。
当主ロフの、泰然自若とした佇まい。
そして、その隣に寄り添う令嬢リエラの、目が眩むほどの美しさ。
遠目に見ても綺麗だったが、至近距離で見ると、その破壊力は桁違いだった。
透き通るような肌は陶器のようで、深い青色の瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいる。
(めちゃくちゃ、綺麗な人だな……)
前世のアイドルや女優ですら霞んで見える。
僕は見惚れそうになるのを必死で堪え、貴族としての礼をとった。
「ノスタ公爵閣下。本日は私のお披露目会に足を運んでくださり、誠にありがとうございます。改めまして、サノスの息子、アルスと申します。以後、お見知り置きを」
最高の笑顔と、最上級の敬意を込めて挨拶をする。
すると、ロフ公爵は威圧感のある見た目とは裏腹に、とても柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「丁寧な挨拶、痛み入るよ。ノスタ公爵家当主、ロフ・フォン・ノスタだ。よろしく頼むよ、アルス君」
「はい、よろしくお願いいたします!」
声に温かみがある。
「財務大臣」と聞いて冷徹な人物を想像していたが、どうやらとても親しみやすい人物のようだ。
「アルス君。私の娘も紹介させてくれ。……リエラ、挨拶を」
「はい、お父様」
ロフに促され、青髪の少女が一歩前に出た。
ドレスの裾を摘み、流れるような動作でカーテシー(膝を折る礼)を披露する。その所作一つ一つが洗練されており、まるで芸術作品を見ているようだ。
「初めまして。リエラ・フォン・ノスタと申します。アルス様より一つ年上の十六歳です。本日はお会いできて光栄です」
鈴を転がすような声。
顔を上げた彼女と視線が絡み合う。
先ほどのステージ上での一瞬の交錯ではない。今、彼女ははっきりと僕を見つめている。
「……アルス様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう、リエラ嬢」
彼女の瞳に、知的な光が宿った。
「五年前……農業都市カマの水不足問題を解決し、あの大水路を建設したのは、当時十歳のアルス様だと伺っております。それは、真実でしょうか?」
やはり、その話題か。
今日の挨拶回りでも、多くの貴族がその話を持ち出してきた。だが、彼らの目的は「すごいですね」とおだてて取り入ることだけだった。
しかし、彼女の目は違う。純粋な探究心と、何かを確認しようとする真剣な眼差しだ。
「はい、リエラ嬢。その話は事実です」
僕は嘘偽りなく答えた。
「ですが、私の力だけで成し遂げたわけではありません。父の決断、叔母の尽力、そして何より、カマの五万人の民が協力してくれたからこそ、完成させることができたのです。私はただ、きっかけを作ったに過ぎません」
僕がそう答えると、リエラ嬢はハッとしたように目を見開いた。
そして、隣にいたロフ公爵が感心したように口を開いた。
「……謙虚だね。あの時、国中がパニック寸前だったんだよ。カマの収穫がなければ、国全体が飢饉に陥るところだった。特に我がノスタ領は、食料輸入の多くをサーナス領に依存していたからね」
「そうだったのですね」
「ああ。だから当時、我が家でも必死に対策を練っていたんだ。……リエラも一緒にね」
「え?」
僕は思わずリエラ嬢の顔を見た。
当時、彼女は十一歳だ。
その年齢で、領地の食糧危機に対する対策を練っていた?
「リエラは数字に強くてね。備蓄食料の配分計画や、他国からの緊急輸入ルートの選定など、私の補佐をしてくれていたんだよ」
父サノスから聞いた「かなり頭が良い」という評判は、伊達ではなかったらしい。
僕は転生者だから知識があっただけだ。だが、彼女は正真正銘、この世界の子供として育ちながら、大人顔負けの思考力を持っていたということか。
(いや、リエラ嬢の方がすごくないか……?)
一目惚れした美貌に加えて、話の通じる知性まで持っているなんて。
僕の中で、彼女への興味が爆発的に膨れ上がった。
「アルス様……」
リエラ嬢が、少し頬を染めて僕を見つめた。
「私はあの時、水路の完成報告を聞いて衝撃を受けました。私たちが机の上で計算し、諦めかけていた問題を、私より年下の方が、魔法と発想の力で鮮やかに解決してしまった……。それ以来、一度必ずお会いして、お話ししたいと思っておりました」
「そ、そう言っていただけると嬉しいです。僕も、こんなに聡明で美しい方に興味を持っていただけて光栄です」
「きょ、今日、実際にお会いできて……本当に嬉しいです。それに、その……噂以上にかっこ……あ、なんでもないですぅぅ!!」
リエラ嬢は言いかけて、突然手で口を覆った。
白い肌が、耳まで真っ赤に染まっていく。
さっきまでの知的な雰囲気はどこへやら、今は完全に「恋する乙女」の反応だ。
(あれ? 今「かっこいい」って言いかけた?)
そのギャップに、僕の心臓も撃ち抜かれた。
か、可愛すぎる。
「リエラ嬢。……僕も、お会いできて本当に嬉しいです」
僕は自然と手を差し出していた。
「もしよろしければ……僕と、友達になっていただけませんか?」
「と、友達……!?」
「はい。僕は今まで領地で訓練ばかりしていて、同年代の友人がいないんです。リエラ嬢となら、色々な話ができそうな気がして」
貴族社会において、異性の、それも家格の違う相手に「友達」を求めるのは珍しいことかもしれない。
だが、リエラ嬢は瞳を輝かせ、僕の手を両手で握り返してくれた。
「はい! ぜひとも! 私も……友達が欲しかったのです!」
こうして、僕とリエラは友達になった。
握った手の温かさが、心地よく残る。
これだけでも、王都に来た甲斐があったというものだ。
僕たちが初々しい空気を醸し出していると、ロフ公爵がニヤニヤと笑いながら、助け舟を出すように話しかけてきた。
「ふふ、若いというのは良いものだね。……さて、アルス君。少し真面目な話になるのだが」
「はい、なんでしょうか」
ロフ公爵の表情が、父親の顔から「財務大臣」の顔へと切り替わる。
「明日、時間は作れるかい? 実は君に『相談』したい案件があってね。我が家の屋敷に招きたいのだが」
「明日、ですか」
僕はチラリと父サノスを見た。
父は鷹揚に頷いている。
「ノスタ公爵のお誘いだ。断る理由はない。私の許可はいらんよ、自分の判断で決めなさい」
「ありがとうございます、父様。……それではノスタ公爵、喜んで伺わせていただきます」
「そうか、ありがとう。心待ちにしているよ」
「ところで、相談とはどのような件でしょうか?」
僕が尋ねると、ロフ公爵は少し声を潜め、意味深に微笑んだ。
「なに、君のその『柔軟な発想』と『魔法』を借りたいと思ってね。……我が国の財政に関わる、少し厄介な問題さ」
公爵からの、財政に関わる相談。
それは間違いなく、国を揺るがす大きな案件だろう。
不安がないわけではない。だが、リエラともまた会える。
僕は力強く頷いた。
「分かりました。微力ながら、お力になれるよう努力します」
こうして、僕の王都での二日目は、いきなり公爵家への訪問というビッグイベントに決定した。
そしてこれが、僕が王都で巻き込まれる最初の騒動の幕開けとなるのだった。
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