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第1章
第3話:眠れる木材と頑固な船大工
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「……船を、見せてもらおうか」
ダリオの承諾とも取れるその一言に、俺は静かに頷いた。彼を連れて向かったのは、活気のある(とは言ってもたかが知れているが)港の中央から少し離れた、忘れられたように静かな一角だった。そこには、かつてアークライト家が私的に使っていた小さな船着き場と、船を格納するための古びた小屋がある。
錆びついた錠前を力尽くでこじ開け、埃とカビの匂いが充満する小屋の扉を開け放つと、果たしてそれは、静かに眠っていた。
全長は十五メートルほどだろうか。ずんぐりとした船体に一本のマストを持つ、この世界では一般的な小型の輸送船、いわゆるコグ船と呼ばれるタイプだ。船首と船尾に簡単な船楼が設けられ、中央の甲板が広く取られているのは貨物輸送を主目的とした設計だからだろう。そして、色褪せてはいるが、その船首には間違いなく、翼を広げた海鳥を模したアークライト家の紋章が刻まれていた。
「……こいつは、『海燕(シー・スワロー)』号。先代様が、まだ若かった頃に初めて手に入れた船だ。わしも若い頃は、こいつで何度も海に出たもんだ」
ダリオが、懐かしむように呟いた。だが、その声には感傷以上の、深い絶望が滲んでいた。
無理もない。船は長年放置され、見るも無惨な状態だった。船腹のあちこちで板の継ぎ目が開き、防水用のタールは干からびてひび割れている。マストは辛うじて立っているが、帆は破れて見る影もなく、甲板には厚く埃が積もり、ところどころ腐食が始まっているようにも見えた。素人目に見ても、航海など到底不可能な廃船だ。
「……若様。あんた、本気でこいつを動かすつもりか?冗談にもならん。これはもう船じゃない、ただの木材のガラクタだ」
「ガラクタではない。眠っているだけだ」
俺はダリオの言葉を否定し、躊躇なく船に乗り込んだ。ギシリ、と甲板が不安な音を立てる。俺は構わず船の隅々を見て回り、手で船体を叩き、その音を聞いた。
前世で、何度も見てきた光景だ。ドック入りした船のメンテナンス。傷んだ箇所を特定し、修復の計画を立てる。規模は違えど、やることは同じだ。
「竜骨(キール)とフレームは生きている。使われている木材も、さすがはアークライト家の船だ、一級品だ。基礎がしっかりしていれば、あとはどうとでもなる」
「何を言って……」
「ダリオ殿。この船を、ただ修理するだけでは意味がない。俺たちは、あの監察官の度肝を抜く結果を出さなければならないんだ。速力、安定性、積載量。その全てにおいて、この時代の船の常識を超える船に、この『海燕』を生まれ変わらせる」
俺は懐から、昨夜のうちに書き上げておいた羊皮紙を取り出し、ダリオの前に広げた。そこには、俺の前世の知識を基に描いた、海燕号の改造案がびっしりと書き込まれていた。
「まず、船底だ。このずんぐりした形状は安定性こそ高いが、水の抵抗が大きすぎる。船底に沿って、もう一枚、滑らかな外板を貼り合わせる。いわゆるダブルハル構造に近い形だ。これだけで、水の抵抗は劇的に減少し、速力は二割増しになるだろう」
「に、二割増しだと!?馬鹿な、そんなことをすれば船の重量が増して、逆に遅くなるだけだ!」
「重量増は、バラストの調整で相殺する。むしろ、重心が下がることで、復原力……つまり、横揺れからの回復力が格段に向上する。次に、帆だ。この時代主流の横帆(スクエアセイル)は、追い風には強いが、それ以外の風には弱い。これを、より揚力を稼ぎやすい縦帆(ラティーンセイル)に切り替える。いや、それだけじゃない」
俺は、さらに別の図面を指し示した。それは、複数のマストに、形の違う複数の帆を組み合わせた、この世界には存在しない帆装の設計図だった。
「ジブ、ステイスル、そしてメインセイル。風の向きと強さに応じて、これらの帆を使い分けることで、追い風だけでなく、横風、さらには向かい風に近い風ですら推進力に変えることができる。理論上は、従来のコグ船の倍以上の速度で航行可能になる」
「……」
ダリオは、もはや言葉を失っていた。羊皮紙に描かれた図面と、そこに書き込まれた意味不明な単語の羅列を、信じられないものを見る目で見つめている。彼の航海士としての数十年の経験と常識が、目の前の若造の言葉によって、根底から覆されようとしていた。
「最後に、舵だ。現在の船尾舵は操作が重く、反応も鈍い。ここの構造に少し手を加え、テコの原理を応用することで、より少ない力で、より鋭敏な操舵を可能にする」
「……もう、やめてくれ」
ダリオが、掠れた声で俺を制した。
「若様、あんたの言うことは、まるで夢物語だ。仮に、仮にその図面が正しいとしても、こんな複雑な改造ができる船大工が、こんな寂れた港にいるものか。第一、時間がない。二日だぞ?二日で、このガラクタをそんな魔法の船に変えるなど、神でもない限り不可能だ」
「神でなくとも可能だ。必要なのは、腕の良い船大工と、ほんの少しの発想の転換だけだ」
俺はボルガから前金と共に聞き出していた、この町で唯一の造船所の名を口にした。
「バーリントン造船所。親方の腕は確かだと聞いている。彼なら、できるはずだ」
ダリオは、その名を聞いて、さらに顔を曇らせた。
「……ゲオルグ・バーリントンか。確かに、腕は国一番かもしれん。だが、あの男は王国一の頑固者で偏屈者だ。気に食わん仕事は、たとえ王族の依頼であろうと決して受けん。あんたのような若造の、こんな突拍子もない依頼など、門前払いされるのがオチだ」
「交渉は、やってみなければ分からないだろう」
俺たちは、海燕号の設計図を手に、港で最も大きな建屋であるバーリントン造船所へと向かった。
作業場に足を踏み入れると、心地よい木材の香りと、ノミで木を削るリズミカルな音が俺たちを迎えた。内部は広く、数隻の漁船が修理のために竜骨を晒している。そして、その中央で、巨大な斧を振り上げ、角材を正確無比に削り出している、熊のような大男がいた。
五十代だろうか。筋骨隆々とした身体に、無数の傷跡が刻まれている。白髪混じりの髭に覆われた顔は、まるで岩から削り出したかのように厳めしい。彼こそが、この造船所の主、ゲオルグ・バーリントンだった。
「……何の用だ、代官様。見ての通り、こっちは忙しい。漁船の修理で手一杯でな。お貴族様の観賞用の船を造る暇なんざ、ねえよ」
ゲオルグは、俺たちの姿を認めると、作業の手を止めずに言い放った。その声は、地響きのように低く、敵意に満ちていた。
「観賞用の船ではない。世界で一番速い船を造ってほしい」
俺は、臆することなく彼の前に進み出た。
「ほう、面白いことを言う。その図面か?」
ゲオルグは、俺が持つ羊皮紙にちらりと目をやった。
「見せてみろ」
俺が図面を差し出すと、彼は汚れた手で無造作にそれを受け取り、広げた。
そして、次の瞬間、彼の動きが、完全に止まった。
図面に描かれた船の構造、帆の形、舵の機構。それらを食い入るように見つめる彼の目に、最初は嘲りの色が浮かび、やがて困惑に、そして最後には、船大工としての強烈な好奇心と興奮の色へと変わっていくのが、手に取るように分かった。
「……なんだ、こりゃあ。船底を二重に?馬鹿げてる。……いや、待てよ?この構造なら、水の流れをこう……。帆も、なんだこの形は。風を孕むんじゃなく、風を受け流して、力に変えるだと?無茶苦茶だ。だが、もし、もしこの通りに造れたなら……」
ゲオルグはぶつぶつと独り言を呟きながら、図面から目が離せないでいる。彼の隣では、彼の娘らしき、快活な印象の少女が心配そうに父親の顔を覗き込んでいた。
「親方。あなたにしか、この船は造れない」
俺は、彼の心に最後の一押しをするために、言葉を続けた。
「金ならある。人も、できる限り集めよう。だが、時間がない。明後日の夜明けまでだ。この港の、そして俺の未来が、この船にかかっている」
ゲオルグは、図面から顔を上げ、じろりと俺の顔を睨みつけた。その眼光は、獲物を前にした獣のように鋭い。
「……代官様。あんた、本気で言ってるのか。この図面は、革命だ。もしこれが実現すれば、今までの船は全て時代遅れのガラクタになる。そんなものを、この俺に造れと?しかも、たった二日で?」
「そうだ」
俺が間髪入れずに答えると、ゲオルグは、岩のような顔に、獰猛な笑みを浮かべた。
「……ククク、ハッハッハ!面白い!実に面白い!没落貴族の三男坊が、とんでもないものを持ち込んできたもんだ!気に入った!」
彼は持っていた斧を床に突き立て、俺の肩を巨大な手で力強く叩いた。
「いいだろう!その喧嘩、買った!このゲオルグ・バーリントンの生涯を賭けた仕事だ!不眠不休で、必ず間に合わせてやる!野郎ども、仕事だ!古い漁船の修理なんざ後回しだ!今から、歴史を造るぞ!」
ゲオルグの咆哮が、造船所全体に響き渡った。その声に応えるように、職人たちが活気を取り戻し、一斉に動き出す。
その頃、代官府に仮の執務室を構えたセラフィーナは、従者が集めてきたアルトマール港の過去十年分の収支報告書に目を通し、深いため息をついていた。
積み上げられた赤字の額、年々減少していく船舶の数、そしてそれに伴う税収の激減。数字は、彼女の予測をさらに下回る悲惨なものだった。
「……やはり、閉鎖が妥当。これ以上の存続は、国庫の無駄遣いでしかありませんわ」
彼女はペンを取り、監察報告書の草案にそう書き記した。
「ミナト・アークライト……彼の足掻きが、どのような結末を迎えるのか。少しだけ、興味がなくもありませんが。しょせんは、現実を知らない子供の夢物語。すぐに厳しい現実に打ちのめされることでしょう」
彼女は窓の外、活気を取り戻し始めたバーリントン造船所の方角を一瞥したが、特に気にする様子もなく、再び手元の書類へと視線を落とした。
彼女はまだ知らない。その「子供の夢物語」が、自分自身の、そしてこの国の運命さえも、根底から覆すことになるということを。
港では、ゲオルグの号令の下、海燕号の解体と再生作業が、猛烈な勢いで始まっていた。残された時間は、あと三十六時間。時間との戦いの火蓋が、今、切って落とされた。
ダリオの承諾とも取れるその一言に、俺は静かに頷いた。彼を連れて向かったのは、活気のある(とは言ってもたかが知れているが)港の中央から少し離れた、忘れられたように静かな一角だった。そこには、かつてアークライト家が私的に使っていた小さな船着き場と、船を格納するための古びた小屋がある。
錆びついた錠前を力尽くでこじ開け、埃とカビの匂いが充満する小屋の扉を開け放つと、果たしてそれは、静かに眠っていた。
全長は十五メートルほどだろうか。ずんぐりとした船体に一本のマストを持つ、この世界では一般的な小型の輸送船、いわゆるコグ船と呼ばれるタイプだ。船首と船尾に簡単な船楼が設けられ、中央の甲板が広く取られているのは貨物輸送を主目的とした設計だからだろう。そして、色褪せてはいるが、その船首には間違いなく、翼を広げた海鳥を模したアークライト家の紋章が刻まれていた。
「……こいつは、『海燕(シー・スワロー)』号。先代様が、まだ若かった頃に初めて手に入れた船だ。わしも若い頃は、こいつで何度も海に出たもんだ」
ダリオが、懐かしむように呟いた。だが、その声には感傷以上の、深い絶望が滲んでいた。
無理もない。船は長年放置され、見るも無惨な状態だった。船腹のあちこちで板の継ぎ目が開き、防水用のタールは干からびてひび割れている。マストは辛うじて立っているが、帆は破れて見る影もなく、甲板には厚く埃が積もり、ところどころ腐食が始まっているようにも見えた。素人目に見ても、航海など到底不可能な廃船だ。
「……若様。あんた、本気でこいつを動かすつもりか?冗談にもならん。これはもう船じゃない、ただの木材のガラクタだ」
「ガラクタではない。眠っているだけだ」
俺はダリオの言葉を否定し、躊躇なく船に乗り込んだ。ギシリ、と甲板が不安な音を立てる。俺は構わず船の隅々を見て回り、手で船体を叩き、その音を聞いた。
前世で、何度も見てきた光景だ。ドック入りした船のメンテナンス。傷んだ箇所を特定し、修復の計画を立てる。規模は違えど、やることは同じだ。
「竜骨(キール)とフレームは生きている。使われている木材も、さすがはアークライト家の船だ、一級品だ。基礎がしっかりしていれば、あとはどうとでもなる」
「何を言って……」
「ダリオ殿。この船を、ただ修理するだけでは意味がない。俺たちは、あの監察官の度肝を抜く結果を出さなければならないんだ。速力、安定性、積載量。その全てにおいて、この時代の船の常識を超える船に、この『海燕』を生まれ変わらせる」
俺は懐から、昨夜のうちに書き上げておいた羊皮紙を取り出し、ダリオの前に広げた。そこには、俺の前世の知識を基に描いた、海燕号の改造案がびっしりと書き込まれていた。
「まず、船底だ。このずんぐりした形状は安定性こそ高いが、水の抵抗が大きすぎる。船底に沿って、もう一枚、滑らかな外板を貼り合わせる。いわゆるダブルハル構造に近い形だ。これだけで、水の抵抗は劇的に減少し、速力は二割増しになるだろう」
「に、二割増しだと!?馬鹿な、そんなことをすれば船の重量が増して、逆に遅くなるだけだ!」
「重量増は、バラストの調整で相殺する。むしろ、重心が下がることで、復原力……つまり、横揺れからの回復力が格段に向上する。次に、帆だ。この時代主流の横帆(スクエアセイル)は、追い風には強いが、それ以外の風には弱い。これを、より揚力を稼ぎやすい縦帆(ラティーンセイル)に切り替える。いや、それだけじゃない」
俺は、さらに別の図面を指し示した。それは、複数のマストに、形の違う複数の帆を組み合わせた、この世界には存在しない帆装の設計図だった。
「ジブ、ステイスル、そしてメインセイル。風の向きと強さに応じて、これらの帆を使い分けることで、追い風だけでなく、横風、さらには向かい風に近い風ですら推進力に変えることができる。理論上は、従来のコグ船の倍以上の速度で航行可能になる」
「……」
ダリオは、もはや言葉を失っていた。羊皮紙に描かれた図面と、そこに書き込まれた意味不明な単語の羅列を、信じられないものを見る目で見つめている。彼の航海士としての数十年の経験と常識が、目の前の若造の言葉によって、根底から覆されようとしていた。
「最後に、舵だ。現在の船尾舵は操作が重く、反応も鈍い。ここの構造に少し手を加え、テコの原理を応用することで、より少ない力で、より鋭敏な操舵を可能にする」
「……もう、やめてくれ」
ダリオが、掠れた声で俺を制した。
「若様、あんたの言うことは、まるで夢物語だ。仮に、仮にその図面が正しいとしても、こんな複雑な改造ができる船大工が、こんな寂れた港にいるものか。第一、時間がない。二日だぞ?二日で、このガラクタをそんな魔法の船に変えるなど、神でもない限り不可能だ」
「神でなくとも可能だ。必要なのは、腕の良い船大工と、ほんの少しの発想の転換だけだ」
俺はボルガから前金と共に聞き出していた、この町で唯一の造船所の名を口にした。
「バーリントン造船所。親方の腕は確かだと聞いている。彼なら、できるはずだ」
ダリオは、その名を聞いて、さらに顔を曇らせた。
「……ゲオルグ・バーリントンか。確かに、腕は国一番かもしれん。だが、あの男は王国一の頑固者で偏屈者だ。気に食わん仕事は、たとえ王族の依頼であろうと決して受けん。あんたのような若造の、こんな突拍子もない依頼など、門前払いされるのがオチだ」
「交渉は、やってみなければ分からないだろう」
俺たちは、海燕号の設計図を手に、港で最も大きな建屋であるバーリントン造船所へと向かった。
作業場に足を踏み入れると、心地よい木材の香りと、ノミで木を削るリズミカルな音が俺たちを迎えた。内部は広く、数隻の漁船が修理のために竜骨を晒している。そして、その中央で、巨大な斧を振り上げ、角材を正確無比に削り出している、熊のような大男がいた。
五十代だろうか。筋骨隆々とした身体に、無数の傷跡が刻まれている。白髪混じりの髭に覆われた顔は、まるで岩から削り出したかのように厳めしい。彼こそが、この造船所の主、ゲオルグ・バーリントンだった。
「……何の用だ、代官様。見ての通り、こっちは忙しい。漁船の修理で手一杯でな。お貴族様の観賞用の船を造る暇なんざ、ねえよ」
ゲオルグは、俺たちの姿を認めると、作業の手を止めずに言い放った。その声は、地響きのように低く、敵意に満ちていた。
「観賞用の船ではない。世界で一番速い船を造ってほしい」
俺は、臆することなく彼の前に進み出た。
「ほう、面白いことを言う。その図面か?」
ゲオルグは、俺が持つ羊皮紙にちらりと目をやった。
「見せてみろ」
俺が図面を差し出すと、彼は汚れた手で無造作にそれを受け取り、広げた。
そして、次の瞬間、彼の動きが、完全に止まった。
図面に描かれた船の構造、帆の形、舵の機構。それらを食い入るように見つめる彼の目に、最初は嘲りの色が浮かび、やがて困惑に、そして最後には、船大工としての強烈な好奇心と興奮の色へと変わっていくのが、手に取るように分かった。
「……なんだ、こりゃあ。船底を二重に?馬鹿げてる。……いや、待てよ?この構造なら、水の流れをこう……。帆も、なんだこの形は。風を孕むんじゃなく、風を受け流して、力に変えるだと?無茶苦茶だ。だが、もし、もしこの通りに造れたなら……」
ゲオルグはぶつぶつと独り言を呟きながら、図面から目が離せないでいる。彼の隣では、彼の娘らしき、快活な印象の少女が心配そうに父親の顔を覗き込んでいた。
「親方。あなたにしか、この船は造れない」
俺は、彼の心に最後の一押しをするために、言葉を続けた。
「金ならある。人も、できる限り集めよう。だが、時間がない。明後日の夜明けまでだ。この港の、そして俺の未来が、この船にかかっている」
ゲオルグは、図面から顔を上げ、じろりと俺の顔を睨みつけた。その眼光は、獲物を前にした獣のように鋭い。
「……代官様。あんた、本気で言ってるのか。この図面は、革命だ。もしこれが実現すれば、今までの船は全て時代遅れのガラクタになる。そんなものを、この俺に造れと?しかも、たった二日で?」
「そうだ」
俺が間髪入れずに答えると、ゲオルグは、岩のような顔に、獰猛な笑みを浮かべた。
「……ククク、ハッハッハ!面白い!実に面白い!没落貴族の三男坊が、とんでもないものを持ち込んできたもんだ!気に入った!」
彼は持っていた斧を床に突き立て、俺の肩を巨大な手で力強く叩いた。
「いいだろう!その喧嘩、買った!このゲオルグ・バーリントンの生涯を賭けた仕事だ!不眠不休で、必ず間に合わせてやる!野郎ども、仕事だ!古い漁船の修理なんざ後回しだ!今から、歴史を造るぞ!」
ゲオルグの咆哮が、造船所全体に響き渡った。その声に応えるように、職人たちが活気を取り戻し、一斉に動き出す。
その頃、代官府に仮の執務室を構えたセラフィーナは、従者が集めてきたアルトマール港の過去十年分の収支報告書に目を通し、深いため息をついていた。
積み上げられた赤字の額、年々減少していく船舶の数、そしてそれに伴う税収の激減。数字は、彼女の予測をさらに下回る悲惨なものだった。
「……やはり、閉鎖が妥当。これ以上の存続は、国庫の無駄遣いでしかありませんわ」
彼女はペンを取り、監察報告書の草案にそう書き記した。
「ミナト・アークライト……彼の足掻きが、どのような結末を迎えるのか。少しだけ、興味がなくもありませんが。しょせんは、現実を知らない子供の夢物語。すぐに厳しい現実に打ちのめされることでしょう」
彼女は窓の外、活気を取り戻し始めたバーリントン造船所の方角を一瞥したが、特に気にする様子もなく、再び手元の書類へと視線を落とした。
彼女はまだ知らない。その「子供の夢物語」が、自分自身の、そしてこの国の運命さえも、根底から覆すことになるということを。
港では、ゲオルグの号令の下、海燕号の解体と再生作業が、猛烈な勢いで始まっていた。残された時間は、あと三十六時間。時間との戦いの火蓋が、今、切って落とされた。
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