没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜

namisan

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第1章

第21話:首輪の対価

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王都の査察団は、嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった。
ルクスブルク派のグスタフは、俺の提示した「資産」価値に満足し、早急な特区設立を確約して王都へ戻った。彼は俺という金鉱を掘り当てた鉱山師の顔をしていた。
反ルクスブルク派のキルヒハイムは、最後まで俺の技術を「異端」と呼び、その危険性を訴えていたが、彼の言葉はもはやセラフィーナにもグスタフにも届いていなかった。彼は、この港の全てを苦々しく思いながら帰還の途についた。

彼らが去った夜、代官府の執務室には、俺とセラフィーナの二人だけが残された。
海賊から押収した上等な酒が、グラスの中で静かに揺れている。港の喧騒は遠く、室内は張り詰めた静寂に満ちていた。

「……さて、アークライト殿」
先に沈黙を破ったのはセラフィーナだった。彼女は、もはや監察官の仮面をつけていない。ルクスブルク公爵家の令嬢として、そして俺のパートナーとしての顔をしている。
「第一幕は、あなたの完璧な勝利で終わりましたわね。グスタフも、あなたの合理性に心酔していた。父も、あなたの『特区』案を喜んで受け入れるでしょう」

「あなたのおかげです。監察官殿という、強力な『盾』があったからこそ、俺は自由に動けた」
俺が皮肉ではなく事実として言うと、彼女は小さく首を振った。
「いいえ。私は、あなたという名の奔流をルクスブルク家という水路に引き込んだに過ぎない。ですが……」
彼女の紫水晶の瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いた。
「グスタフの報告で王都の誰もがあなたの価値に気づく。父はあなたを『資産』として囲い込むでしょうが、オルデンブルク侯爵のような政敵は、あなたを『脅威』として潰しにかかる。私の用意した『首輪』は、もはや盾として不十分になりました」

「では、どうするおつもりで?」
俺は、彼女の真意を探るように、グラスを傾けた。
「より強力な『首輪』が必要になりますわ」
彼女は、立ち上がると、俺の執務机に置かれたアルトマール港の未来図……俺が描いた新型船の設計図や港湾計画図に、指を滑らせた。

「あなたは、この港に留まる器ではない。いずれ、この国の海運全てを、いえ経済そのものを掌握しようとしている。その野心は、私には手に取るように分かります」
「……」
「その野心をルクスブルク家と、そして私と完全に共有していただきたいのです」
彼女は俺の方に向き直った。その顔には、貴族令嬢の笑みではなく全てを賭ける覚悟を決めた政治家の表情が浮かんでいた。

「ミナト・アークライト殿。あなたに私の『騎士(ナイト)』になっていただきます」

「騎士、ですか」
俺はその言葉の真意を測りかねた。
「ええ。あなたは、もはや辺境の代官ではない。私、セラフィーナ・フォン・ルクスブルク直属の騎士として、この特区の全権を担うのです。形式上、あなたは私に仕える臣下となる」

それは、俺をアークライト家という過去から切り離し、セラフィーナ個人の配下として、ルクスブルク家の庇護下に完全に取り込むという宣言だった。俺は、彼女の所有物となるのだ。
「随分と重い首輪ですね」
「重い代わり強固ですわ。私の直属の騎士に公然と手を出す貴族はいない。オルデンブルク侯爵であろうともね。あなたは、政治的な駆け引きの一切を私に任せ、あなたの才能を、この港の発展だけに集中させることができる。悪い取引ではないはずですわ」

俺はしばらくの間、彼女の目を見つめ返した。
彼女の提案は合理的だ。今の俺には、王都の政治闘争を渡り歩く力はない。彼女という最強の盾と交渉役を得る見返りが、彼女への『臣従』。
「……受け入れましょう」
俺は、立ち上がると、貴族の礼法に則り、彼女の前で片膝をついた。
「このミナト・アークライト。これより、セラフィーナ・フォン・ルクスブルク様に、我が知識と力を捧げることを誓います」

俺の予期せぬ行動に、セラフィーナの瞳がわずかに揺らいだ。彼女は、俺がもっと抵抗し、交渉してくると踏んでいたのだろう。
だが、俺はこの『臣従』が、単なる形式に過ぎないことを理解していた。
俺たちが結ぶのは、主従関係ではない。互いの野望を叶えるためのより強固な『契約』だ。

セラフィーナは、すぐに冷静さを取り戻し俺の前に立った。
「……その誓い、確かに受け取りました。我が騎士、ミナト。立ちなさい」
俺が立ち上がると、彼女との距離はこれまでになく近かった。
「これで、あなたは名実ともに、私の『駒』となりました。せいぜい、期待に応えて働いてもらいますわよ」

「御意に我が主」
俺たちは互いに不敵な笑みを交わした。
この瞬間、アルトマール港の運命はルクスブルク家の運命と、そして俺と彼女の運命と分かち難く結びついたのだ。

彼女が部屋を去った後、俺は一人残された執務室で、次の計画に取り掛かった。
王都からの正式な特区任命が下るまで、あと数週間。それまでに、俺は次の『利益』を生み出さねばならない。
「ダリオ殿、ボルガ氏を呼んでくれ」
俺は衛兵に指示を出す。
「オーベル港との独占交易契約を結びに行く。王都の虎たちが、俺たちの新しい『資産』を査定しに来る前に、その価値をさらに吊り上げておく必要があるのでね」

王都の政治がどう動こうと俺のやることは変わらない。
ただ、圧倒的な結果を生み出し、俺の価値を証明し続けるだけだ。
首輪は繋がれるためではなく、それを引きちぎる力を蓄えるためにあるのだから。
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