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第1章
第28話:謁見の間
しおりを挟むルクスブルク公爵家の紋章が刻まれた馬車は王都の民衆の敬意のこもった視線を受けながら、石畳の大通りを滑るように進んでいった。軍港での騒ぎはすでに馬車の護衛騎士によって処理されている。俺はアウグスト・フォン・ルクスブルク公爵と、重厚な馬車の中で二人きり、向かい合っていた。
外の喧騒とは裏腹に、車内は完璧な静寂に包まれていた。公爵は目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのように一言も発しない。だが、俺はその全身から放たれる圧倒的な威圧感と、俺の全てを査定するような鋭い気配を感じていた。彼は言葉ではなく、沈黙によって俺を試しているのだ。
俺もまた、動じない。窓の外に流れるアルトマールとは比較にならない壮麗な王都の街並みを冷静に観察していた。経済の中心地、政治の中心地。全ての富と権力がここに集約されている。俺の本当の戦場はここだ。
やがて、馬車が減速し、王城の高い城門をくぐった。
「ミナト・アークライト殿」
公爵が初めて、重い口を開いた。
「君はアルトマールで我が娘セラフィーナに『騎士』の誓いを立てたと聞いた。……それは、真(まこと)か?」
「はっ。我が身も知識も、セラフィーナ様に捧げることを誓いました」
「ふ……」
公爵は鼻で笑った。「その口で、先ほどは我が海軍の面子を叩き潰し、王都に喧嘩を売ったわけか。随分と忠誠心の厚い騎士がいたものだ」
「俺は俺の価値を最も効果的な形でお見せしたまでです。国王陛下の召喚に十日もかけてのろのろとやって来るような男の技術を、誰が評価するというのですか。二日で来た。これこそが俺の答えです」
俺の不遜(ふそん)な答えに、公爵はゆっくりと目を開けた。その瞳はセラフィーナとよく似た、全てを見透かすような冷たい色をしていた。
「……面白い。セラフィーナがお前という『怪物』に賭けた理由が、少し分かった気がする」
彼はそれ以上何も言わなかった。
馬車が止まり、俺たちは王城の内部へと足を踏み入れた。
磨き上げられた大理石の床。天井には王国の神話をモチーフにした巨大なフレスコ画。壁という壁には歴代の王の肖像画と、高価なタペストリーが掛けられている。アルトマールの代官府など、ここの馬小屋にも劣るだろう。
だが、俺を圧倒したのはその富や権力ではない。
謁見の間へと続く長い廊下。そこに並ぶ王国の貴族たちの視線だった。
彼らはルクスブルク公爵に付き従う、見慣れない若造(俺)を好奇と、侮蔑と、そして嫉妬が入り混じった粘つくような視線で品定めしていた。俺が、あのアークライト家の生き残りであること。そして、辺境で何かを成し遂げ、公爵の目に留まったらしいこと。その全ての情報が彼らの間で無言のうちに交わされている。
やがて、巨大な黄金の扉が開かれた。
「謁見の間」
そこは体育館ほどもある広大な空間だった。一番奥、数段高くなった壇上に巨大な玉座が鎮座している。
室内にはすでに王国の中枢を担うであろう、数十名の貴族たちが整列していた。
その最前列、公爵の隣に並ぶことを許された一人の男。
彼こそがキルヒハイム卿の主(あるじ)、オルデンブルク侯爵。その人に違いなかった。彼は狐(きつね)のように細い目で俺の姿を捉えると、口元に意地の悪い笑みを浮かべた。
「国王陛下、御成り!」
荘厳な声と共に、玉座の脇の扉から一人の初老の男性が現れた。
アラストリア王国国王、レオポルド三世。彼は豪華な装束を纏(まと)ってはいるが、その顔には王としての威厳よりも、人の良い疲労の色が濃く浮かんでいた。彼がこの二大派閥の板挟みにあっている、心労の絶えない王なのだと一目で分かった。
「面(おもて)を上げよ」
国王の許しを得て、俺はアウグスト公爵と共に玉座の前へと進み出た。
「アークライト家の三男、ミナト・アークライトにございます。陛下の御召により、ただ今、参上いたしました」
俺は完璧な貴族の礼を取り、平伏した。
「うむ。……早い到着であったな」
国王は純粋に感心したように呟いた。「辺境からわずか二日で。その功績、確かに聞き及んでおる。海賊を退治し、民の暮らしを守ったこと、誠に見事である」
「もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」
「だが」
国王が言葉を続けようとした、その時。
オルデンブルク侯爵が一歩前に進み出た。
「陛下!お待ちください!その男の功績、称えるにはまだ早計かと存じます!」
謁見の間が一瞬にして緊張に包まれる。
「オルデンブルク侯。何が言いたい」
アウグスト公爵が静かに牽制する。
「事実を申し上げます!」
オルデンブルク侯爵は側に控えていたキルヒハイムに目配せした。キルヒハイムが待ってましたとばかりに進み出て、俺を指差した。
「この男、ミナト・アークライトは国王陛下の召喚状を盾に、今朝方、王都軍港にて停船命令を無視!王国海軍の艦船の間を縫うように暴走し、あまつさえ王族専用の桟橋に不法に接岸いたしました!これは国王陛下と王国軍の威信を公然と踏みにじる、反逆行為に他なりません!」
キルヒハイムの甲高い弾劾(だんがい)がホールに響き渡る。
貴族たちがざわめき始めた。「なんと無礼な」「アークライト家はやはり反逆者の血か」
国王の顔も困惑と不快に歪んだ。
「……ミナト・アークライト。キルヒハイム監査官の申すこと、真か」
国王の問いに、俺はゆっくりと顔を上げた。
「恐れながら、陛下。事実ではありますが、真実ではございません」
「ほう?どういう意味だね」
オルデンブルク侯爵が面白そうに問い詰める。
「俺は国王陛下の召喚に一刻も早くお応えするため、我が技術の粋を集めた船にてアルトマールを出立いたしました。通常十日の航路を二日で踏破して」
俺はまず、その圧倒的な「功績」を貴族たちの前で明確にした。
「ですが、王都軍港に到着した際、港湾警備艇、および王国海軍の巡視船は我が船の速度に全く『対応』できませんでした。彼らの停船命令に応じようにも、彼らがこちらに追いつけなかったのです」
「なっ……!」
騎士団や海軍関係の貴族たちの顔が怒りと屈辱に赤く染まる。
「俺は王国の技術者として、彼らの練度の低さに深く失望いたしました。この程度の速度に対応できぬ海軍が、どうして王都を、そして陛下をお守りできるというのですか」
俺は弾劾される立場から、逆に王国軍の不備を『告発』する立場へと一瞬で切り替えた。
「無礼者!」
「貴様、何を!」
貴族たちが一斉に俺を非難する。
「静まれ!」
その声を制したのは意外にも、国王陛下ご自身だった。
「……面白い。面白いことを言う、アークライトの小僧」
陛下の瞳に初めて、王としての強い興味の光が宿った。
「キルヒハイム。お前はこの男の船を押収せよと言ったな。……ならば、聞くが。お前の船でこの男の船に追いつけるとでも?」
「そ、それは……」
キルヒハイムは言葉に詰まった。テンペストの異様な速度は彼自身が、アルトマールで嫌というほど見せつけられているのだから。
俺はこの瞬間を待っていた。
「陛下」
俺は再び平伏した。
「俺の技術は未だ発展途上にございます。ですが、この技術が完成すれば王国の船は全て、今の三倍の速度で海を駆け巡ることになるでしょう。物流は革命を迎え、王国海軍は無敵の艦隊となり得ます」
「だが」
オルデンブルク侯爵が割って入った。彼の顔はもはや笑っていない。
「その技術、あまりにも危険すぎる!海賊に勝てる船は使い方を間違えれば、海軍を脅かす最強の海賊船にもなる!そのような危険な技術、一貴族(ルクスブルク)や、ましてや素性(すじょう)の知れぬ辺境の代官などに任せてはおけません!王家の名において、その技術、その船、その男の身柄全てを王都の管理下に置くべきと進言いたします!」
ついに、本題が出た。俺という『資産』の、奪い合いだ。
謁見の間が緊張に静まり返る。
国王陛下がどう裁定を下すか。
その視線はルクスブルク公爵とオルデンブルク侯爵、そして俺の間を迷うように行き来していた。
アウグスト公爵が静かに進み出た。
「陛下。オルデンブルク侯の懸念、ごもっとも。ですが、その技術は机上の設計図ではございません。ミナト・アークライト殿、彼自身の頭脳とアルトマールの職人たちの腕、その全てが揃って初めて形となる、いわば『生きた技術』。彼を王都に縛り付ければその技術は鳥籠の中で死に絶えましょう」
公爵は国王に深く頭を下げた。
「我が娘、セラフィーナが提案した『アルトマール特区』案。どうか、御裁可(ごさいか)を。彼をアルトマールという『現場』で自由に研究させ、その利益をルクスブルク家が責任を持って王国に還元させる。それこそが最も合理的、かつ安全な『管理』の形と、わたくしは確信いたします」
二人の重鎮が真っ向から対立する。
国王は困り果てたように、玉座で深いため息をついた。
どちらを選んでも片方から、強烈な不満が出る。
国王はしばらく目を閉じ、やがて一つの決断を下した。
「……ミナト・アークライト」
「はっ」
「お前の技術、確かに興味深い。だが、それが本当に王国全てを潤すほどの価値があるのか。この場では判断できぬ」
国王はオルデンブルク侯爵を一瞥(いちべつ)し、次にアウグスト公爵を見た。
「両名の進言、どちらも一理ある。……よって、お前に試練を与える」
「試練、でございますか」
「うむ。お前の技術がどれほどのものか。王都の全ての貴族たちの前で証明して見せよ。……そうだ。ちょうど良い催しがある」
国王は何かを思い出したように、わずかに笑みを浮かべた。
「一月後。王都では建国祭を祝う伝統の『御前(ごぜん)レース』が開催される。王国中の腕自慢の船乗りと最速の船が、この王都に集結する」
国王は玉座から立ち上がると、俺を真っ直ぐに指差した。
「ミナト・アークライト。お前のその黒い船でそのレースに参加せよ。そして、勝て」
「……!」
「もしお前が王国海軍の最速艦をも打ち破り、そのレースで優勝したならば。お前の技術が本物であると認め、セラフィーナの進言する『特区』案を前向きに検討しよう」
「……では、もし、負けた場合は」
「その時は」
国王の目が冷たく細められた。
「オルデンブルク侯の言う通り、お前の身柄も技術も全て王家の管理下に置く。……良いな?」
それはあまりにも過酷な、そして逃げ場のない絶対的な王命だった。
俺の運命は全て、一月後のレースの結果に賭けられることになったのだ。
オルデンブルク侯爵の口元に勝利を確信したかのような、歪んだ笑みが浮かんでいた。
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