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第23話 国王の恩賞と、新たな荒地の開拓者
シャンデリアの眩い光が降り注ぐ王宮の大広間。
そこに足を踏み入れたアレクとクロエの姿は、着飾った貴族たちの中で異彩を放っていた。
祖父の商会で急遽用意された簡素な正装を身に纏ってはいるものの、二人の雰囲気は、着飾った人形のような貴族たちとは根本的に違った。日焼けした肌、そして何より、手袋で隠すことを拒んだ彼らの「素手」が、彼らが泥と鉄の現場で生きてきた何よりの証拠だった。
「あれが、リムバーグ子爵家のご子息か……?」
「なんという無骨な手だ。まるで平民の農奴ではないか」
扇の陰から向けられる好奇と侮蔑の入り混じった囁き声。
しかし、上座から静かに歩みを進めてきたティンバー国王が右手を挙げた瞬間、広間の喧騒は水を打ったように静まり返った。
国王は、広間の中央で片膝をつき、深く頭を下げるアレクとクロエの目の前で立ち止まった。
「面を上げよ、アレク・リムバーグ。そして、クロエ・ファレス」
重厚な声に促され、アレクが顔を上げる。
国王はゆっくりと手を伸ばし、アレクの右手を両手で包み込むようにして握りしめた。
「……陛下っ」
アレクは思わず息を呑んだ。
国王の柔らかく、いくつもの指輪が輝く手。それに対し、アレクの右手は、硬盤層を打ち砕くために鍬を握りしめ、熱い鉄を打ち、泥まみれの雑草を引き抜き続けたことで、分厚いマメと無数の切り傷、火傷の痕でゴツゴツに硬く変ちこんでいた。とても、15歳の貴族の令息のものとは思えない、無惨で、誇り高い手だった。
国王は、その痛々しい手のひらの感触を確かめるように、静かに目を閉じた。
「貴族の手とは、民を守るために剣を握るか、国を治めるためにペンを握るためのものだ。……だが、そなたのこの手は、泥にまみれ、我が国の死にかけた大地そのものと戦い抜いた手だ」
国王が目を開き、力強くアレクを見据える。
「この傷とマメこそが、我が国の未来を切り拓いた最高の勲章である。アレクよ。旧弊な常識に囚われ、自国の土の悲鳴から目を背けていた余や、ここにいるすべての貴族たちを、その見事な実りで殴り飛ばしてくれたこと……心より、礼を言う」
国王が、一介の子爵家の少年に向かって頭を下げた。
大広間に、悲鳴のような驚きのどよめきが走った。あのギース伯爵すら、青ざめた顔で震えている。
「陛下、もったいないお言葉です! 僕はただ、領民たちにお腹いっぱい美味しいものを食べさせたかっただけで……」
「その純粋な情熱が、国を救うのだ。アレク・リムバーグ。余は本日をもって、そなたを国王直轄の『農業特別顧問』に任命する。そして、リムバーグ子爵家には、その新たな農法――深耕と堆肥の技術を国中に広めるための、莫大な開発援助金を下賜しよう」
広間が、割れんばかりの拍手に包まれた。
アレクの背後で、伯父のハラルドと祖父のナイルが、満足げに深く頷いているのが見えた。
「そして、クロエ・ファレス嬢」
国王の視線が、隣に跪くクロエへと移る。
「はい、陛下」
「そなたの作り上げた『気化熱保冷箱』とやらは、魔法に頼らずとも民の暮らしを豊かにする、真の技術の結晶だ。余は、この技術を王家公認の特許として保護することを、ここに宣言する」
国王はそう言うと、広間の片隅に立っていた、ローゼンバーグ公爵家の関係者たちを鋭い眼光で睨みつけた。
「この技術を、力や権力で不当に奪おうとする者がいれば、それは王家への反逆とみなす。……よいな」
氷の公爵家による不当な圧力が、国王の鶴の一声によって完全に粉砕された瞬間だった。クロエは安堵と喜びに顔を輝かせ、「ありがとうございます、陛下!」と深々と頭を下げた。
泥と鉄にまみれた15歳の少年と14歳の少女は、こうしてティンバー王国の歴史に、決して消えることのない輝かしい名を刻んだのだった。
*
それから数週間後。
季節が本格的な夏を迎え、青々とした空が広がるリムバーグ領。
アレクとクロエは、揚水水車が力強く回るオーデ川の高台に立ち、眼下に広がる実験農場を見下ろしていた。
間引きを終え、圧倒的な栄養を吸収した変異種のカブたちは、すでに第二、第三の収穫期を迎えようとしており、黒い畝は生命力に満ちた鮮やかな緑色で覆い尽くされている。
「見事な景色ね、アレク。私たちの泥遊びの成果が、こんなに立派になるなんて」
クロエが、夏の風に黄金色の髪を揺らしながら微笑んだ。
「ああ。ドーハたちも、もう僕がいなくても完璧に堆肥を作り、犂を引けるようになった。この領地の未来は、もう飢えることはない」
しかし、アレクの瞳の奥には、すでに次なる戦場を見据える鋭い光が宿っていた。
彼は懐から、国王から賜った『農業特別顧問』の任命状と、ティンバー王国全土の地図を取り出した。
「でも、これはまだ始まりに過ぎない。この国には、まだ間違った農法で土を殺し、飢えに苦しんでいる領地が無数にあるんだ」
地図の上には、王家から直々に「農法指導」の要請があった、いくつかの貧しい領地に赤い印がつけられていた。
「他の領地の頑固な領主や農民たちに、このやり方を納得させるのは、ドーハたちの時よりもっと骨が折れるわよ?」
クロエが悪戯っぽく笑いながら、アレクの横顔を覗き込む。
「わかってる。だからこそ、物理と論理で引っくり返すしかない。……クロエ、また泥と油にまみれる生活になるけど、ついてきてくれるか?」
アレクが右手を差し出すと、クロエは「当たり前じゃない!」と満面の笑みで、そのゴツゴツとした傷だらけの手を、自らの小さな手でしっかりと握り返した。
「私が打った深耕犂を、この国のすべての土に叩き込んでやるんだから!」
新たな荒地を求め、農業革命の若き先駆者たちは、再び力強い一歩を踏み出した。
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