4 / 5
第4話:「父の遺産」とほのぼの内政
しおりを挟む「……アルト・フォン・クライナー男爵。いえ、アルト様、と呼ばせていただきますわ」
執務室の机の上には、借金のカタになるはずだった『シルヴァーリフの苗』と『白き土の地図』が鎮座している。
ミミル・グランデは、氷の仮面を完全に溶かし、一流の商人の顔で俺に契約書を差し出していた。
「借金は『凍結』。返済は、これらの事業が軌道に乗ってからで結構。その代わり、これらの独占販売権は、わたくしの商会が頂きます。よろしいですわね?」
「……ああ、それで構わない」
俺がサインすると、ミミルは満足げに微笑んだ。
「契約成立ですわ。さて、アルト様」
彼女は立ち上がり、テキパキと指示を出し始めた。
「ロイドとやら。護衛の者たちを館の中へ。この執務室は、わたくしが事業の拠点として接収します。この『隠し金庫』ごと、厳重に警備させますので」
「は、はあ」
「それから、傭兵の半分は北の丘陵へ。あの『白き土』の鉱床を、部外者が立ち入れないよう封鎖しなさい」
「ミミル様!」
護衛の傭兵たちが、慌てて館の中へなだれ込んでくる。
彼らの態度は、さっきまでの「借金取りの威圧」から、「投資資産の保全(警備)」へと完全に切り替わっていた。
広場に残された領民たちは、館に吸い込まれていく傭兵たちを見て、再び不安そうな顔をしている。
「アルト様……あの、商会様は……」
ジャガイモ爺さんが、おそるおそる尋ねてきた。
俺は、彼らの前に立ち、宣言した。
「皆、安心してくれ。グランデ商会は、差し押さえを撤回した。それどころか、俺たちの領地の『スポンサー』になってくれるそうだ」
「す、スポンサー?」
「ああ。父が遺してくれた『お宝(薬草と粘土)』を、ミミル様が買い上げてくれることになった。俺たちは、借金取りに怯える必要はなくなったんだ」
「「「おおおおお!!」」」
領民たちから、この日一番の歓声が上がった。
絶望の底から救い出された安堵が、広場全体に満ちていく。
ピロン。
脳内で、心地よい音が響いた。
『領民の不安が解消されました』
『領主への信頼度が最大になりました』
『現在の幸福度:1550 / 1000』
(※ 第3話クライマックスの1250ポイントから、さらに+300ポイント)
「よし」
俺は小さくガッツポーズを取った。
Rガチャが1回引ける。
だが、ミミルがすぐそばにいる。実行は後だ。
「アルト様」
館から出てきたミミルが、俺を手招きした。
「ほのぼのしている場合ではございませんわ。早速、事業計画を立てます。まずは『シルヴァーリフ』の栽培。あれはデリケートな植物です。最適な土壌と管理が必要に……」
「待った」
俺は、ミミルの言葉を遮った。
「その前に、やることがある」
「……まだ何か『お宝』が?」
ミミルの目が、ギラリと光る。
「いや、違う。家の修繕だ」
「は?」
ミミルは、心底理解できないという顔をした。
「家の修繕? 優先順位が違いますわ。まずは利益を生む薬草と粘土を」
「順番が違うのは、あんたのほうだ」
俺は、修繕作業が止まったままの、ボロボロの家々を指さした。
「領民たちの『住』が安定しなければ、良い仕事はできない。それに……」
俺は、ミミルにだけ聞こえる声で言った。
「彼らの『幸福度』が上がらなければ、次の『父の遺産』も、見つからないかもしれない」
「……!」
ミミルは息をのんだ。
彼女には、俺のガチャの理屈はわからない。
だが、俺が『領民の信頼』をトリガーにして、あの『隠し金庫(とんでもない遺産)』を発見した、という結果だけは知っている。
彼女からすれば、俺のその行動原理(領民の幸福度を上げる)は、オカルトか、あるいは何か、とんでもない幸運を引き寄せるための「儀式(ルーティン)」のように見えているはずだ。
「……アルト様。あなたのその『理論』は、商人(わたくし)の理解を超えていますわ」
ミミルは、こめかみを押さえながら言った。
「ですが……その『儀式』の結果が、あのシルヴァーリフだというのなら、わたくしは口を挟むまい。好きになさい。ただし」
彼女は、傭兵の一人を指差した。
「わたくしの護衛も、労働力として使います。遊ばせておく余裕はありませんので」
「ああ、助かる」
こうして、俺たちの「ほのぼの内政」は、グランデ商会という強力な(そして口うるさい)スポンサーの監視のもと、再開された。
ミミルは、最初は「非効率的だ」と文句を言いながら見ていたが、領民たちが生き生きと家を直し、そのたびに俺に笑顔で報告に来る(そして幸福度が微増する)様子を見て、何かを計算するように顎に手を当てていた。
「アルト様、こっちの屋根、釘が足りません!」
「おう、今持って……」
俺は立ち止まった。
第2話で当てた『N:修理用の釘セット(大)』は、すでに使い果たしていた。
「……まずいな」
「どうしました?」
「いや……釘が切れた」
「だから言わないことではありませんわ。資材の計算もせずに」
ミミルがため息をつく。
「ロイド。すぐにグランデ商会の馬車を王都に戻し、釘を積めるだけ……」
「その必要はない」
俺はミミルを制した。
「父も、家の修繕が必要になることを見越していたようだ」
「……なんですって?」
俺は、ミミルとロイドを連れ、館の裏手にある、崩れかけた古い「倉庫」へと向かった。
ここは、水路作業の時にロイドが「ガラクタしかない」と言っていた場所だ。
「アルト様、ここには本当に何も……」
「いや、あったはずだ」
俺は、倉庫の奥、埃まみれの棚の裏側を指差した。
「父の古い日記に、この棚の裏に『備品』を隠していると書いてあった」
「日記!?」
ミミルが食いつく。
俺は(心の声で)Nガチャを2回(幸福度1550 - 200 = 1350)実行し、アイテムを「設定」した。
『N:修理用の釘セット(特大)×1箱』
『N:木製の丈夫なフェンス × 10枚』
俺とロイド、そしてミミルが連れてきた傭兵が棚を動かす。
そこには、言った通り、埃をかぶった木箱が二つ、ひっそりと置かれていた。
「「おお……!」」
ロイドと領民たちが声を上げる。
一つは、釘がぎっしり詰まった箱。
もう一つは、頑丈そうな木製のフェンス(柵)の束だった。
「これで、家の修繕も、動物除けの柵も作れる!」
領民たちが歓喜する。
「……アルト様。その『日記』とやらは、どこに?」
ミミルが、値踏みするような目で俺を見る。
「燃やした。父の恥部も書かれていたからな」
「……そうですか」
ミミルは、それ以上追及しなかった。
彼女は、俺が「隠し資産を小出しにしている」と確信したようだった。
釘とフェンスの「発見」で、家の修繕は一気に進んだ。
領民たちの幸福度も、再び1500近くまで回復した。
「さて、ミミル」
家の修繕が一段落した夜、俺は執務室でミミルと二人、向き合っていた。
「いよいよ、あんたの出番だ。『シルヴァーリフ』と『白き土』、どうする?」
ミミルの目が、商人の輝きを取り戻した。
「ええ。まず薬草ですが……これは栽培のプロが必要です。あのジャガイモ爺さんだけでは荷が重い。わたくしの商会から、専門の庭師を呼び寄せます。それまでは、厳重に管理するのみ。先ほど『発見』されたフェンスで、館の裏庭を完璧に囲い込みます」
「それがいいだろうな」
「問題は、土ですわ」
ミミルは、Rガチャで当てた『良質な粘土層の地図』を広げた。
「この『白き土』。これをただの粘土として王都に運んでも、運搬費で赤字です。これを『白磁器』という完成品にしてこそ、莫大な利益が生まれる」
「だが、窯も職人もいない。さっき、俺も言ったはずだ」
「ええ。ですから、アルト様」
ミミルは、机に乗り出すようにして、俺の目を覗き込んできた。
「……あなたの『日記』には、他に何か書いてありませんでしたの? 例えば、そう……『窯の作り方』とか、『焼き物の作り方』とか」
「……」
この女、俺のガチャ(幸運)を完全に当てにし始めている。
だが、好都合だ。
俺は、幸福度が1350ポイント残っているのを確認した。
「……心当たりがある」
俺は立ち上がり、執務室の本棚に向かった。
ミミルがゴクリと息をのむ。
俺は、あの『隠し金庫』があった本棚ではなく、部屋の隅にある、もう一つの小さな書見台に向かった。
「父は、事業に失敗する前……先々代の功績を調べていた時期があった」
俺は、書見台の上に無造作に置かれていた『クライナー家年代記』という分厚い本を手に取った。
もちろん、これはただのダミーだ。
俺は、この本を開きながら(心の声で)Rガチャを実行した。
幸福度 1350 - 1000 = 残り 350。
『R(レア):登り窯の設計図(簡易版)』
『R(レア):陶工の技術書(基礎)』
「……あったぞ、ミミル」
俺は、年代記の分厚いページ(の間に挟まっていたかのように演出した)羊皮紙の束を抜き出した。
ミミルが、獲物に飛びつくようにして、その羊皮紙をひったくる。
「こ、これは……『登り窯』!?」
「それに、こっちは……『陶工技術』の基礎!?」
彼女は、設計図と技術書を交互に見比べ、わなわなと震え始めた。
「……アルト様。あなたという人は……」
「先々代が、ここで白磁器を作っていたのは、本当だったんだな」
俺は、しらじらしく言った。
ロイドが、涙ぐみながら「おお……クライナー家の栄光が……」と呟いている。
ミミルは、設計図を抱きしめたまま、俺に鋭い視線を向けた。
「……わかりましたわ。この『遺産』、わたくしが『事業』にしてみせます」
彼女は、即座に傭兵の隊長を呼んだ。
「計画変更! 家の修繕は一時中断! 全員、この設計図通りに『窯』を作るわよ!」
「ジャガイモ」「家の修繕」に続き、俺たちの「ほのぼの内政」は、第三のプロジェクト「窯(かま)作り」へと移行した。
それは、この領地が「ただの辺境」から「金のなる木」へと変貌する、大きな一歩だった。
1
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
没落貴族は最果ての港で夢を見る〜政敵の公爵令嬢と手を組み、忘れられた航路を拓いて帝国の海を制覇する〜
namisan
ファンタジー
日本の海運会社に勤めていた男は、事故死し、異世界の没落貴族の三男ミナト・アークライトとして転生した。
かつては王国の海運業を牛耳ったアークライト家も、今や政争に敗れた見る影もない存在。ミナト自身も、厄介払い同然に、寂れた港町「アルトマール」へ名ばかりの代官として追いやられていた。
無気力な日々を過ごしていたある日、前世の海運知識と経験が完全に覚醒する。ミナトは気づいた。魔物が蔓延り、誰もが見捨てたこの港こそ、アークライト家再興の礎となる「宝の山」であると。
前世の知識と、この世界で得た風を読む魔法「風詠み」を武器に、家の再興を決意したミナト。しかし、その矢先、彼の前に最大の障害が現れる。
アークライト家を没落させた政敵、ルクスブルク公爵家の令嬢セラフィーナ。彼女は王命を受け、価値の失われた港を閉鎖するため、監察官としてアルトマールに乗り込んできたのだ。
「このような非効率な施設は、速やかに閉鎖すべきですわ」
家の再興を賭けて港を再生させたい没落貴族と、王国の未来のために港を閉鎖したいエリート令嬢。
立場も思想も水と油の二人が、互いの野望のために手を組むとき、帝国の経済、そして世界の物流は、歴史的な転換点を迎えることになる。
これは、一人の男が知識と魔法で巨大な船団を組織し、帝国の海を制覇するまでの物語。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる