自由の鎖~すべては愛する人のために~

珈琲きの子

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二、懺悔 前

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 それは自業自得だったのだ。

 養成所の中で、どこの馬の骨とも知れない俺への風当たりは厳しかった。満足な装備も与えられず、実地訓練へと連れていかれ、他の入所生以上の結果を求められる。田舎から出てきたというだけで、冷遇を受け、何度苦汁を飲まされたか知れない。
 自暴自棄になり、酒を飲んではシーナに苛立ちをぶつけた。真っ直ぐな眼差しから逃げたくて、華奢な体を乱暴に組み敷いた。しかし、シーナは俺が正気に戻ったことに気が付けば、俺を抱きしめ、「大丈夫」と俺の髪を撫でた。
 シーナの優しさに泣くしかなかった。泣くところなど本当は見せたくはなかった。しかし、俺にはそこしかなかった。すべてを吐き出せる場所がシーナの胸しかなかった。
 俺はシーナに甘え、徐々に甘えることに慣れて行った。酒が入れば、正常な判断を欠き、何も言わない彼に辛く当たる。それを繰り返すようになった。
 そんなことを続けていれば、心は離れていく。それは当然に予想できることだった。

 しばらくして、俺を推薦した上位騎士が王都へ戻って来たのと同時に、俺に対する冷遇は終わりを見せた。上位騎士の推薦と知るや否や、周りの奴等は手のひらを返したのだ。もちろん教官は知っていたが、他の者には知らされていなかった。わざと伏せられていたのだ。
 その後は、笑いだしたくなるほどあっさりと四回ある昇級試験を通過し、騎士の称号を授かった。騎士の証である金の鞘に宝石をちりばめた儀式用の短剣を携えて帰れば、シーナは涙を流した。俺の夢が叶ったことを共に喜び、まるで初めての時のように体を重ねた。
 家に帰れば、愛する人が変わらず迎えてくれる。俺は以前のような関係に戻れたと思っていた。
 村で一番美しく朗らかなシーナの目を引きたくて剣を振るった。格好いいと言われたくて、鍛錬に励んだ。剣を振るうことしか能のない俺が唯一できること。騎士になってシーナに少しでもいい暮らしをさせてやりたかった。それがやっと実現したと思っていたのだ。
 しかし、そう甘くはなかった。
 シーナに目を逸らされることが増え、疲れているからと、誘いを断れられることが何度も続いた。俺はもう一度関係を築き直すためならと、彼をそれまで以上に愛し、気遣った。

 だが、ついにその日は訪れてしまった。
 シーナが風邪をこじらせたのを放っておけるわけもなく、出番日変更の許可をもらい家に帰った時だった。
 廊下を進めば、何かが軋む音と共に苦しげな声が聞こえた。しかし、近づけばその声の正体はおのずと明らかになった。俺の部屋でシーナと男が行為に耽っていたのだ。
 男が体を揺するたびにシーナの口からは甘い喘ぎ声が漏れる。
 頭の中が混乱すると同時に、とてつもない速さで事を理解しようとした。
 ただ、考える必要もなかった。シーナが俺を避けていたことにすぐに合点がいったのだ。
 俺の泊まりの日に男を呼び、俺の部屋で情事に励む。それが、どれだけ俺に対して不満を持っているのかを物語っていた。

「そういうことか」

 これは自業自得。
 シーナに甘えてきた罰なのだ。俺は必死に自分に言い聞かせた。
 みっともなく縋りついて、もう一度やり直してくれと言えば、シーナはそうしてくれたかもしれない。しかし、これ以上求めてはいけない。重荷になりたくはない。
 愛し合っているというのなら、シーナを解放してやらなければ。
 シーナを失いたくなかった。彼のために騎士になったと言っても過言ではないのに、騎士と言う称号のために愛する人を犠牲にすることになるなんて。


 それからは魂が抜けたようだった。自分が出ていけと言っておきながら、シーナが戻ってきてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていたが、シーナは戻ってこなかった。きっと男の元へと行ったのだろう。男の顔を確認する勇気もなかったため、不倫相手も把握できず、彼らが暮らすおおよその場所すらも分からなかった。
 俺はより一層、剣に打ち込んだ。打ち合いの相手の剣を叩き割るほどに、力の加減が分からなくなっていた。

「未練たらたらじゃないか。浮気は許すからもう一度やり直そうぐらい、言ってやればよかったのに」

 俺を推薦した上位騎士であるロラン隊長は、葉巻をふかしながら、俺を哀れんだ目で見た。

「あいつが幸せなら俺はそれでいいんです」
「そうか。俺が口出しすることでもないしな。――そんなお前に朗報だ。魔石鉱山地帯に侵攻することが決まった。お前もメンバーに入れといた。指揮は第三王子」
「第三王子……」

 庶子で王族の中ではかなり浮いている存在。父王の政治の歪みを説き、国民が公平であることを望む改革者。民には好かれているが、王宮内では四面楚歌。この侵攻も第三王子の手柄が目的ではなく、本格的に潰しに来たということだろう。

「戦況が悪くなる前に撤退。王子は逃げ帰ったと反逆者扱いで死刑台行き、っていうシナリオだ」
「それは隊長の命令ですか?」
「いや。お前、相当溜まってるだろ? 色々と発散するには悪くない場所だと思ってな。それに俺は嫌いじゃないんだ、第三王子あいつのことは。だから俺は好きなようにする。お前も思う存分暴れてやればいい」

 出陣は夜蔭に紛れて行われた。二十名ほどの騎馬隊で三手に別れて現地入りする。侵攻部隊としてはお粗末だが、自信はあった。自信というよりも、失うものがないと言った方が正しいだろうか。
 前だけを向き、敵も魔物も叩き斬った。血しぶきを浴び、血に染まりながら、それでも前に進んだ。
 戦場では敵を殺めるという行動が正義となるが、国境の砦を制圧し、朝の爽やかな風が頬を撫でれば、それは重荷となって肩に圧し掛かってきた。

「魔物も人も一緒だ。ただ、人の言葉を話せるというだけで、人の命の方が重いもののように感じる」

 ロラン隊長は葉巻をふかしながら、朝日に目を細めた。

「当分気持ちが悪いだろう。帰ったら、教会にでも懺悔しに行くか? お前は真面目だからな。――だが、それがいい」


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