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第一部 第三章
ティーロとして生きる
しおりを挟む「ティ、体は大丈夫?」
激しくされることには耐性がある上、アルがまるでワレモノみたいに俺の事を扱ってくれたこともあり、体にはほぼ負担はかかっていなかった。
アルの質問に頷いてから、あれ?、とアルの顔を見つめた。聞き間違いかと。初めて味わった快感に脳味噌が蕩けて役に立たなくなっていたから、そう聞こえたんじゃないかと。
「よかった。…はぁ、ティ、可愛すぎだ…」
いつも俺に何かを話しかけている時と同様に、独り言のように話し続けるアル。けれど、いつもと違うのはその意味を俺が理解しているという事。
「アル…? 言葉が…」
「ティ? 言葉がどうした? 言葉? …こと、――え?」
目を見開き、数分間かそれぐらいに感じる時間、お互いがお互いを見つめていた。
「ティ!!!」
先に動いたのはアルで、俺を力いっぱいその胸に抱きしめた。多少苦しかったけれど、それは嬉しい苦しみ。アルの体温を感じられて心が温かく浮き上がる。
俺を腕の中から解放し、見つめながら「ティ、俺の言うことが分かる?」という問うてくるアル。それに頷けば、またギュウギュウと抱き締められた。それを何度も繰り返して、ようやく心を落ち着けたのか、アルはふぅとため息を吐いて、体を離した。
「こんなことが…本当に…」
アルの下瞼には涙が溜まり、瞬きと共に綺麗な雫となって頬を伝った。こんなに喜んでくれるなんて。
「…ア、アル…、俺…」
ブワっと感情が溢れ出てくる。何も感じないように無意識にかけていた心の枷が外れ一気に決壊した。
「あぁ…ティ…ティ、今まで、辛かったね…。これからは俺が必ず守るから」
嬉しいような困ったような、そんな顔をしながらアルは俺の頬を撫で、頬を伝い落ちる涙を拭いた。
「ごめんなさい…アル…。…俺…本当は耳も聞こえて、声も出せたのに…ずっと…」
「ティ、そんなこと気にしなくていい。今、ティの声が聞けるだけで、ここにいてくれるだけで、それだけでいいんだ」
そういって、また両手を広げて、俺を胸に抱き寄せた。
温かい場所。本当にここにいていいんだろうか。俺はそっとその背中に腕を回した。
こんな場所を見つけてしまったら、もうどこにも行けない。離れたくない。もう諦めたくない。ただアルの傍にいたいんだ。
アルの胸に顔を埋めて、アルの背中に回す腕に力を込めた。
「ティ、俺の元に来てくれて、ありがとう」
「……っ…」
あぁ。
この感情をどうやって表現したらいいのだろう。
今まで黒白のように感じていた世界に鮮やかに色が灯った気がした。
俺の心は喜びに荒れ狂った。感情が抑えきれずに、嗚咽と涙に変わる。
アルはそんな俺に何も言わず、ただただ頭をゆっくりと撫でた。
「ティーロ。話せるようになったら、一番にティーロの本当の名前を聞くつもりだったんだ。教えてくれる?」
俺の名前…?
前の世界の名前に何の意味があるのだろう。アルが付けてくれた名前ほど大切なものはない。
「俺の名前はティーロだよ。アルがくれた名前以外の名前なんて俺には必要ないから」
アルは何とも言えない顔をして、それから俺を抱きしめて離さなかった。
「これ以上近づけないなんて悔しい」
そんなことを呟きながら、俺の肺がぺしゃんこになってしまうんじゃないかというほどに抱きしめられた。
そのまま抱き上げられて、お風呂で体の隅々まで洗われ、着替えまで手伝われて、羞恥心でいっぱいのまま再びベッドに連れて行かれた。
大丈夫だと感じていたけれど、俺の足腰が立たなくなっていたからだ。アルに何度も謝られてしまった。
「気持ちいいって感じたのが初めてだったから、きっと体が驚いたんだ。だからアルは謝らないで」
「ハァ…そんな可愛いことを言われたら、また襲いたくなるじゃないか…。ティの声が聞けるというだけで、理性を捨ててしまいそうなのに」
襲われてしまいたい。
そんな風に思えるのは、俺の心が正常に戻りつつあるからだろうか。望みや欲なんて全く感じなかったのに。
ただ、わき腹には黄色くなりつつある大きな打撲痕があり、セックスをしている間もずっとアルはそこに触れないように、優しく気遣っていてくれた。
アルを思えば、今は大人しく怪我を治すことに専念した方が良い。俺は勝手に拒絶されたと思っていたけれど、アルは俺の体を想ってくれたのだと今なら分かる。俺が向けられたことない思い遣り。それをアルから与えられることがどれほどに嬉しいか。
「ティーロ」
アルが小さな箱を手に持って、ベッドの端に腰掛けた。その箱のふたをそっと開けて、俺に差し出す。
「結婚して欲しい」
?
俺はアルの強い眼差しを受け止めたまま首を傾げた。また言葉が通じなくなってしまったかのように、言葉の意味を理解できなかった。
「ティーロ、俺と結婚して欲しい。…一生傍にいて欲しい」
「……けっ、こん…? 一生…?」
コクリとアルが頷く。
頭の中が真っ白になったように感じた。ただアルの瞳を見つめ返した。
じわりじわりとその言葉が心に染みこんでくる。意味を理解した途端、涙がぽと、と手の甲に落ちた。
それを皮切りに、涙が溢れてくる。
「アル…アル…俺…」
俺の言葉を待つように、うんうん、と何度もアルは頷く。
「俺…アルと結婚したい。一生傍にいたい…」
「ティーロ…」
アルも泣きそうに目を細めて俺を抱き寄せ、小さな箱の中に大切に置かれた指輪を俺の右手の薬指にゆっくりと嵌める。少し幅広の指輪には蝶の彫が入れられ、ところどころに赤い宝石が散りばめられている。
「同じ紋章を持つ者はこの指輪を交わすんだ。ティーロ、俺にも嵌めてほしい」
アルの穏やかな眼差しに促されるように箱の中にある指輪を慎重に手に取り、差し出されたアルの左手に手を添えて、恐る恐る差し込んだ。
「ティーロ、愛してる」
アルの瞳に俺が映る。俺は瞼を閉じた。唇にアルのものが触れたと同時にそっと押し倒される。
指が絡み合えば、カチと指輪が小さな音を立てた。
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