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第二部 第一章
人望の理由
しおりを挟む屋敷に着くとドレイクがユーエンを調合室に抱え入れた。診療用のベッドに座らせて足首に巻かれた間に合わせの布を取れば、ざっくりと斬られた後が赤く筋を残していた。既に傷は塞がり血は出ていないものの、患部は酷く腫れていて、中腹までとは言え丘を登ってきたとは思えない状態だった。
「ティーロ。鎮痛薬を」
「うん」
アルの指示に従ってポットを火にかけ、引き出しに入っていた粉薬ひと匙をコップに入れた。湯に溶けば飲み薬になる。
脂汗を浮かべるユーエンはアルが患部を触診すると歯を食いしばって痛みに耐えていた。
「この怪我はどこで?」
「……た、棚に掛けてあった剣が落ちてきて……」
「それは最近?」
「一月くらい前です……」
「そうか」
そう言うと、アルはドレイクと顔を見合わせて頷いた。二人の間で何が交わされたのかはわからなかったけれど、それは後に聞くことにして俺は湯が沸くのを待った。
悔しいけれど、銃刀法のある世界で生きていた俺には剣と言われても、その危険性をはっきりとは理解できていない。実際に剣を振るっているところを見たこともない。こんなに簡単に足が切れてしまうものなのかと、ひやりとしながらも俺はアルの診察を横で見ていた。
アルに促され、薬湯をユーエンに渡す。ユーエンは恐る恐る一口飲み、直後にむせた。俺も飲んだことがあるけど、実のところ『良薬口に苦し』なんかで済まされるような苦さじゃない。
「こ、こんなの飲めません!」
「これは特別苦いが、痛みにはよく効く。この足だと家にもたどり着けないんじゃないか」
涙目でコップを返そうとしたユーエンをアルが止めると、うっ、とコップを握りつつ凝視していた。すると何を思い立ったか、おもむろにコップを呷り一気に薬湯を飲み干した。ゴクリと飲み込むと、「うえぇ」と顔をクシャリと歪ませる。
いい飲みっぷりだな、とドレイクが声を殺して笑い、それにつられて俺とアルも声を上げて笑った。
「しばらくすれば痛みも腫れも治まるはずだ。話はそれからにして、今は少し休むといい。顔色が良くない」
「で、でも、もう日が暮れてしまうから……」
「遅くなるようなら泊って行けばいい」
アルが提案すると、ユーエンは目を瞠った後、苦しそうに目を伏せて首を振った。
「そうだな。親御さんも心配するか。仕方ない、すぐに診よう。帰りはドレイクに送らせる」
俺が調合士の仕事を手伝うようになると、アルの優しさをより感じることができるようになった。ここに訪れる人にはとにかく親身になって対応する。その姿を見ていると、アルと出会えてよかったと心底思ってしまう。
アルはそんな姿を俺に見せようなんて小賢しいことはちっとも考えてない。俺と出会った時から、いやそれ以前からこれがアルなんだと、俺がここに来たばかりの時に感じたアルの人望の理由をひしひしと感じていた。
「あの……お薬で治りますか? これだと働きにも出られなくて……」
「はっきりと言えば厳しい。筋と神経をやられているんだ。それから時間も経っているから、魔法による治療でなければ完全に治ることはないだろう」
「……そう、ですか……」
「投薬とリハビリをすれば悪化を阻止できるが……」
「投薬……お、お金はいくらぐらい……その、これだけしか持っていなくて」
ユーエンは腰ひもに括りつけていた麻袋をアルに恐る恐る手渡した。アルは紐をほどいて中身を確認すると、俺をちらりと見てからユーエンに微笑みかけた。
「確かに、このお金では治療は難しい」
やっぱりと肩を落としかけたユーエンに「でも」と続け、アルは横に立つ俺の腰をトンと叩いた。つい「え」と声を漏らしてしまう。
「この子は調合士の見習いなんだ。もし彼の練習台になってくれるというなら、これで手を打とう。どうだろう?」
「アル?!」
「本当ですか!? どうかお願いします!」
ユーエンは身を乗り出すように俺をキラキラとした目で見つめてくる。俺はそんな眼差しにたじろぐしかなくて、一歩下がってしまった。
「ティーロ。丸く収まると思ったんだけど?」
「……うん……そうだけど。俺が何とかできるような怪我じゃないよ」
「だからなんとかできるように頑張るんだよ。ティーロなら大丈夫」
向き直って俺を見上げ、アルは優しい笑みで励ましてくる。そんなことを言われれば断れるはずがない。
俺が頷くと、アルは「じゃあ決まりだね」とユーエンと俺の顔を交互に見遣った。
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