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第二部 第一章
葛藤と愛情
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ドレイクに抱えられたユーエンを見送って、俺はそそくさと調合室へ戻った。早速ユーエンのための薬を作るためだ。
異世界から来た人間は『天使』とは言われているけれど、実際のところ目に見えて何か起こったという話は聞いていない。反対に伴侶であるアルの力の恩恵を受けているのは俺の方。それもアルと同等とはいかなくて、ちょっと植物の成長を早くしたり、彼らの囁きを盗み聞きするぐらいしかできない。
そんな俺が役に立てるチャンスをアルはくれたんだ。だからその期待に応えたい。
症状にあったものを探そうと本をぱらぱらと捲るものの、言葉は分かっても文章を読むのはまだ慣れていないから、なかなか頭に入ってこない。文字を指でなぞりながら薬草棚から乾燥した葉を取り出して粉にしていく。
唸りながら調合の分量を解読していると、コトリと手元近くにティーカップが置かれた。見上げると、アルが目を細めた。
「ティ、何かいいものは見つかった?」
「アル」
「根を詰め過ぎないように。急に治ったりするケガじゃないし、じっくりと付き合えばいいと思うよ」
二人でいるときはアルの口調が子供に対してのようなものになる。普段の凛々しいものとは違うから、このアルを見ている自分だけが特別のように感じる。眼差しもひたすらに優しくて、甘やかされているというかなんと言うか少し擽ったい。
「ありがとう。でも少し前の世界にヒントになるものがあって、ちょっとやってみようかなって」
アルはぱちぱちと瞬きすると興味深そうに俺の隣に座った。
「他の世界の治療方法か……面白そうだ」
「本当?」
「説明してくれる?」
「うん」
俺は、湿布って言うのがあって、とアルに説明を始めた。
炎症が起きてる可能性があるから、それを抑える薬を湿布みたいに貼っておけばいいんじゃないかっていう、素人の考えだったけれど。
「貼り薬みたいなものかな。それはいいかもしれない。こちらにも似たようなものがあって、薬を粘土のように練ってから布に塗って貼り付けるんだ」
「じゃあ、ここにあるもので作れるってこと?」
「ふふ。一度作ってみようか」
質問に何でも答えてくれるアルは先生みたいでとても格好いい。アルの家は代々調合士として国に仕えたと聞いているから、小さいころから薬に馴染んでいたことが窺える。そんな人に直接こうやって教えてもらえるなんて役得過ぎて申し訳ない。弟子に入りたがっている人もいそうなのに。
何とか布に塗る所まで練習して、明日からの治療の準備を終えると、アルが手を止めて俺に椅子に座るように促した。
「ティーロ、話すべきか迷ったんだけど、言っておくことにする」
何のことかと首を傾げると、アルは俺の横に腰掛けた。その横顔はいつになく厳しくて、俺は身構えた。
「ユーエンの傷は人為的なものだと考えられる」
「人為的?」
「多分、誰かに切られたんだ」
「え……」
「足首の筋を切るのは奴隷にするようなことだ。逃げられないように。でもユーエンは奴隷ではないから、理由ははっきりとはしないけれど」
奴隷。
この世界には奴隷が存在するんだろうか。
「……ティーロの世界にはなかった?」
「ううん。昔はあったけど、今は……」
「そうか。この国は禁止しているけれど、この世界にはまだ奴隷が存在する。ティーロも奴隷として売られたんだと初めは思っていたんだ。あの首輪……あれが奴隷の印。着けた者の行動を制約できるから」
こちらを向いたアルは苦しそうで今にも泣きだしそうだった。「ごめんね」と俺を抱き寄せたアルが肩口でくっと息を詰めるのを感じる。
「アル?」
「ティーロにあの首輪を着けたこと、本当に後悔しかない。ティを守るためと言いながら自由を奪っていたことに違いないから」
違う。言葉が通じなくても、アルが俺を必死に守ろうとしてくれたこと。愛情をずっと向け続けてくれたことを俺はずっと感じていた。あの首輪だって、今思えばアルからの愛。でもアルはずっと葛藤していたんだ。
「自殺しようとしてるのをアルが止めてくれたってちゃんと分かってる。それに気づいた時からあの首輪を怖いと思ったことはなかったよ」
「ティーロ……」
「制限されてたことなんてなかった。部屋にこもりがちな俺を外に連れ出してくれたのはアルじゃないか」
「…………」
体を離し、俺の顔を窺っていたアルがわなわなと震える。
「もう完敗」
そんな呟きが聞こえた次の瞬間体が浮き上がる。慌ててしがみ付けば、アルの腕がしっかりと俺を支えた。
異世界から来た人間は『天使』とは言われているけれど、実際のところ目に見えて何か起こったという話は聞いていない。反対に伴侶であるアルの力の恩恵を受けているのは俺の方。それもアルと同等とはいかなくて、ちょっと植物の成長を早くしたり、彼らの囁きを盗み聞きするぐらいしかできない。
そんな俺が役に立てるチャンスをアルはくれたんだ。だからその期待に応えたい。
症状にあったものを探そうと本をぱらぱらと捲るものの、言葉は分かっても文章を読むのはまだ慣れていないから、なかなか頭に入ってこない。文字を指でなぞりながら薬草棚から乾燥した葉を取り出して粉にしていく。
唸りながら調合の分量を解読していると、コトリと手元近くにティーカップが置かれた。見上げると、アルが目を細めた。
「ティ、何かいいものは見つかった?」
「アル」
「根を詰め過ぎないように。急に治ったりするケガじゃないし、じっくりと付き合えばいいと思うよ」
二人でいるときはアルの口調が子供に対してのようなものになる。普段の凛々しいものとは違うから、このアルを見ている自分だけが特別のように感じる。眼差しもひたすらに優しくて、甘やかされているというかなんと言うか少し擽ったい。
「ありがとう。でも少し前の世界にヒントになるものがあって、ちょっとやってみようかなって」
アルはぱちぱちと瞬きすると興味深そうに俺の隣に座った。
「他の世界の治療方法か……面白そうだ」
「本当?」
「説明してくれる?」
「うん」
俺は、湿布って言うのがあって、とアルに説明を始めた。
炎症が起きてる可能性があるから、それを抑える薬を湿布みたいに貼っておけばいいんじゃないかっていう、素人の考えだったけれど。
「貼り薬みたいなものかな。それはいいかもしれない。こちらにも似たようなものがあって、薬を粘土のように練ってから布に塗って貼り付けるんだ」
「じゃあ、ここにあるもので作れるってこと?」
「ふふ。一度作ってみようか」
質問に何でも答えてくれるアルは先生みたいでとても格好いい。アルの家は代々調合士として国に仕えたと聞いているから、小さいころから薬に馴染んでいたことが窺える。そんな人に直接こうやって教えてもらえるなんて役得過ぎて申し訳ない。弟子に入りたがっている人もいそうなのに。
何とか布に塗る所まで練習して、明日からの治療の準備を終えると、アルが手を止めて俺に椅子に座るように促した。
「ティーロ、話すべきか迷ったんだけど、言っておくことにする」
何のことかと首を傾げると、アルは俺の横に腰掛けた。その横顔はいつになく厳しくて、俺は身構えた。
「ユーエンの傷は人為的なものだと考えられる」
「人為的?」
「多分、誰かに切られたんだ」
「え……」
「足首の筋を切るのは奴隷にするようなことだ。逃げられないように。でもユーエンは奴隷ではないから、理由ははっきりとはしないけれど」
奴隷。
この世界には奴隷が存在するんだろうか。
「……ティーロの世界にはなかった?」
「ううん。昔はあったけど、今は……」
「そうか。この国は禁止しているけれど、この世界にはまだ奴隷が存在する。ティーロも奴隷として売られたんだと初めは思っていたんだ。あの首輪……あれが奴隷の印。着けた者の行動を制約できるから」
こちらを向いたアルは苦しそうで今にも泣きだしそうだった。「ごめんね」と俺を抱き寄せたアルが肩口でくっと息を詰めるのを感じる。
「アル?」
「ティーロにあの首輪を着けたこと、本当に後悔しかない。ティを守るためと言いながら自由を奪っていたことに違いないから」
違う。言葉が通じなくても、アルが俺を必死に守ろうとしてくれたこと。愛情をずっと向け続けてくれたことを俺はずっと感じていた。あの首輪だって、今思えばアルからの愛。でもアルはずっと葛藤していたんだ。
「自殺しようとしてるのをアルが止めてくれたってちゃんと分かってる。それに気づいた時からあの首輪を怖いと思ったことはなかったよ」
「ティーロ……」
「制限されてたことなんてなかった。部屋にこもりがちな俺を外に連れ出してくれたのはアルじゃないか」
「…………」
体を離し、俺の顔を窺っていたアルがわなわなと震える。
「もう完敗」
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