蝶と共に

珈琲きの子

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第二部 第二章

紋章の力

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「もし僕がティーロと同じ『ニホン』から来たって言ったら信じてくれる?」

余りに使わない言葉の所為で理解するのにワンテンポ遅れた。でもそれは間違いなく日本語の発音だった。
俺が余りにも驚いてしまった所為でユーエンは笑って誤魔化そうとするけど、日本って言葉を知ってること自体が普通じゃない。

「ユーエン……本当に、」
「嘘。嘘だよ。ただそうだったら良いなって」
「違う。俺はこっちに来てから日本から来たなんて一言も言った覚えはないんだよ」
「……天使は同じ場所からくるんじゃないかな。本に書いてあったんだ」
「本に書いてあってもユーエンが言ったのはこちらの言葉じゃない。どうして……落ち人だってちゃんと伝えたら――」
「伝えたよ! でもこの外見の所為で信じてくれなかった。ウルリヒだって……。僕はティーロと違うんだ」

確かにユーエンは西洋顔でこっちの人のように見える。それだけで信じてもらえないものだなんて。

「俺が証明するよ。ユーエンは同じ世界から来たんだって、俺が」
「ティーロ……」
「でも先にユーエンを保護しないと。その上で竜に交渉する。ユーエンの番の首輪を外すことと二人を自由にすること」

純血を守りたいという考えはわかるけど、混血を蔑ろにしていいという理由にはならない。

「本当に……? 僕とウルリヒのこと」
「竜たちが純血を求めてるなら、話しにのってくるはず。こんな簡単な条件ないと思う。できる限りのことはするから。アルもわかってくれるよ」

俺はこっちに来てアルに会って、こんなに幸せになれたんだ。ユーエンも絶対に幸せになれる。きっとそのためにこの世界に落ちてきたんだから。
それじゃないとおかしい。世界を跨いで来たっていうのに、不幸になるためだとしたら余りにも理不尽だ。

「もうどうにもならないのかと思ってた……このままずっと……」

ぐずっと鼻を鳴らすユーエンの横顔にはまだ幼さが残ってる。それなのにこんな目にあわされて……。顔の痣が痛々しくて、俺は顔を逸らした。拳に力を入れて、溢れそうな憤りを堪える。

「早く行こう、ここから出ないことには始まらない」

アルも心配してる。こんなことになってきっと一番傷ついてるのはアルだ。早く無事だと安心させてあげたい。それに俺も会いたくて仕方がなかった。
意識のないうちに何があったのかうっすらと記憶に残ってる。相手がウルリヒさんだったとしても、アル以外の人に触られたと思うと自分の体がまた汚れてしまったように思えて胸が詰まる。今すぐにでもアルに大丈夫だよって抱きしめて欲しかった。

木の幹に触れれば、アルが必至な顔をしてこっちに向かっているよとクスクス笑いながら楽しそうに話してくれる。彼らには人の感覚としての善悪はないから仕方のないことなんだけど、こんな時なのにとちょっと呆れてしまう。でも彼らが心の支えだったりもして。

「ティーロ、こっち。少し遠回りになるけど、そっちからは森は出られないんだ。ある程度進むと霧が出てきて、真っ直ぐ行っても迷ってしまうから」
「……すごい所にあるんだ」

普通に生活していたらあまり感じないけれど、こうして外に出ると異世界であることを実感させられる。
ユーエンに従ってやっと二人が通れるぐらいの小径を進んだ。

「ユーエンはいつここに?」
「一年ぐらい前に……。ティーロに話したことはほとんど嘘なんだ、ごめん……」
「いいよ。わかってるから。でもずっとここにいたわけじゃないんだよね?」
「うん。山脈の近くの村にいたっていうのは本当で、十歳ぐらいから六年はそこに住んでたよ」
「六年も?」
「そう、凄くいい人ばかりで。いつか戻りたい。ちゃんとお礼もできてないから」
「きっと叶うはずだよ。ウルリヒさん? もユーエンの育ったところを見たいんじゃないかな」
「そう、かな?」

それなら嬉しい、とユーエンの顔に柔らかい笑みが浮かぶ。

「十歳の時にこっちに来たって、大変だったんじゃない?」
「うん、最初は。気付いたら森にいて、村の人が助けてくれたんだけど、何もわからなかったしびっくりすることばかりで。それに一番最悪だったのがご飯が全然おいしくなかったこと!」
「そんなに?」
「そんなに! うねうねした幼虫を食べさせられそうになった時は気絶しちゃって……」
「……幼虫……俺、アルのところに来れて良かったかも。じゃあ、もしかして料理得意なのって」
「そう、耐え切れなくなって自分で作るって言って作り始めたのがきっかけで」

ユーエンは気が抜けたみたいで、村にいた時の思い出を話してくれる。逃亡中と忘れるぐらい中高生のような会話を楽しんだ。
そんな穏やかな時間がずっと続くわけもなく、遠くでがさりと音がして、二人してビクッと肩を揺らした。慌てて身を寄せ、後ろを振り返る。

「今……誰か……」
「うん」

周囲からも、どうしたの、どうしたんだ、と口々に聞こえ、一気に森が騒がしくなった。

「気付かれたのかも」
「ティーロ、今までありがとう。僕はここに残るから、ここからは一人で」
「だめだよ。何の解決にもならない」

息を潜めつつユーエンを諭すように言うけど、首を振るばかり。腕を引っ張っても、そっと解かれてしまった。

辛い。
どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
ユーエンを幸せにしてあげたいって言うのは俺のエゴ?
胸が痛くて、目に涙が滲む。

「ユーエンお願いだから――」

行こう、と言った俺の訴えはかき消された。
周りの木々が一斉に枝を揺らし、まるで大雨のような音を鳴り響かせた。しかも、枝や草の葉がそこかしこから伸びて来て、俺たちが通ってきた小径を覆い隠してしまう。
その光景が信じられなくて、しばらくぽかんと二人で木々たちの動きを眺めていた。

「まさか……俺たちを守ってくれてる?」
「……こんなこと……」
「行こう、ユーエン」
「う、うん」

ほとんどふらつくことなく歩けるようになっていた俺はユーエンの手を取った。それからすぐ傍にあった枝を撫でて、ありがとうと感謝の思いを伝えた。


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