29 / 39
第二部 第二章
紋章の力
しおりを挟む「もし僕がティーロと同じ『ニホン』から来たって言ったら信じてくれる?」
余りに使わない言葉の所為で理解するのにワンテンポ遅れた。でもそれは間違いなく日本語の発音だった。
俺が余りにも驚いてしまった所為でユーエンは笑って誤魔化そうとするけど、日本って言葉を知ってること自体が普通じゃない。
「ユーエン……本当に、」
「嘘。嘘だよ。ただそうだったら良いなって」
「違う。俺はこっちに来てから日本から来たなんて一言も言った覚えはないんだよ」
「……天使は同じ場所からくるんじゃないかな。本に書いてあったんだ」
「本に書いてあってもユーエンが言ったのはこちらの言葉じゃない。どうして……落ち人だってちゃんと伝えたら――」
「伝えたよ! でもこの外見の所為で信じてくれなかった。ウルリヒだって……。僕はティーロと違うんだ」
確かにユーエンは西洋顔でこっちの人のように見える。それだけで信じてもらえないものだなんて。
「俺が証明するよ。ユーエンは同じ世界から来たんだって、俺が」
「ティーロ……」
「でも先にユーエンを保護しないと。その上で竜に交渉する。ユーエンの番の首輪を外すことと二人を自由にすること」
純血を守りたいという考えはわかるけど、混血を蔑ろにしていいという理由にはならない。
「本当に……? 僕とウルリヒのこと」
「竜たちが純血を求めてるなら、話しにのってくるはず。こんな簡単な条件ないと思う。できる限りのことはするから。アルもわかってくれるよ」
俺はこっちに来てアルに会って、こんなに幸せになれたんだ。ユーエンも絶対に幸せになれる。きっとそのためにこの世界に落ちてきたんだから。
それじゃないとおかしい。世界を跨いで来たっていうのに、不幸になるためだとしたら余りにも理不尽だ。
「もうどうにもならないのかと思ってた……このままずっと……」
ぐずっと鼻を鳴らすユーエンの横顔にはまだ幼さが残ってる。それなのにこんな目にあわされて……。顔の痣が痛々しくて、俺は顔を逸らした。拳に力を入れて、溢れそうな憤りを堪える。
「早く行こう、ここから出ないことには始まらない」
アルも心配してる。こんなことになってきっと一番傷ついてるのはアルだ。早く無事だと安心させてあげたい。それに俺も会いたくて仕方がなかった。
意識のないうちに何があったのかうっすらと記憶に残ってる。相手がウルリヒさんだったとしても、アル以外の人に触られたと思うと自分の体がまた汚れてしまったように思えて胸が詰まる。今すぐにでもアルに大丈夫だよって抱きしめて欲しかった。
木の幹に触れれば、アルが必至な顔をしてこっちに向かっているよとクスクス笑いながら楽しそうに話してくれる。彼らには人の感覚としての善悪はないから仕方のないことなんだけど、こんな時なのにとちょっと呆れてしまう。でも彼らが心の支えだったりもして。
「ティーロ、こっち。少し遠回りになるけど、そっちからは森は出られないんだ。ある程度進むと霧が出てきて、真っ直ぐ行っても迷ってしまうから」
「……すごい所にあるんだ」
普通に生活していたらあまり感じないけれど、こうして外に出ると異世界であることを実感させられる。
ユーエンに従ってやっと二人が通れるぐらいの小径を進んだ。
「ユーエンはいつここに?」
「一年ぐらい前に……。ティーロに話したことはほとんど嘘なんだ、ごめん……」
「いいよ。わかってるから。でもずっとここにいたわけじゃないんだよね?」
「うん。山脈の近くの村にいたっていうのは本当で、十歳ぐらいから六年はそこに住んでたよ」
「六年も?」
「そう、凄くいい人ばかりで。いつか戻りたい。ちゃんとお礼もできてないから」
「きっと叶うはずだよ。ウルリヒさん? もユーエンの育ったところを見たいんじゃないかな」
「そう、かな?」
それなら嬉しい、とユーエンの顔に柔らかい笑みが浮かぶ。
「十歳の時にこっちに来たって、大変だったんじゃない?」
「うん、最初は。気付いたら森にいて、村の人が助けてくれたんだけど、何もわからなかったしびっくりすることばかりで。それに一番最悪だったのがご飯が全然おいしくなかったこと!」
「そんなに?」
「そんなに! うねうねした幼虫を食べさせられそうになった時は気絶しちゃって……」
「……幼虫……俺、アルのところに来れて良かったかも。じゃあ、もしかして料理得意なのって」
「そう、耐え切れなくなって自分で作るって言って作り始めたのがきっかけで」
ユーエンは気が抜けたみたいで、村にいた時の思い出を話してくれる。逃亡中と忘れるぐらい中高生のような会話を楽しんだ。
そんな穏やかな時間がずっと続くわけもなく、遠くでがさりと音がして、二人してビクッと肩を揺らした。慌てて身を寄せ、後ろを振り返る。
「今……誰か……」
「うん」
周囲からも、どうしたの、どうしたんだ、と口々に聞こえ、一気に森が騒がしくなった。
「気付かれたのかも」
「ティーロ、今までありがとう。僕はここに残るから、ここからは一人で」
「だめだよ。何の解決にもならない」
息を潜めつつユーエンを諭すように言うけど、首を振るばかり。腕を引っ張っても、そっと解かれてしまった。
辛い。
どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
ユーエンを幸せにしてあげたいって言うのは俺のエゴ?
胸が痛くて、目に涙が滲む。
「ユーエンお願いだから――」
行こう、と言った俺の訴えはかき消された。
周りの木々が一斉に枝を揺らし、まるで大雨のような音を鳴り響かせた。しかも、枝や草の葉がそこかしこから伸びて来て、俺たちが通ってきた小径を覆い隠してしまう。
その光景が信じられなくて、しばらくぽかんと二人で木々たちの動きを眺めていた。
「まさか……俺たちを守ってくれてる?」
「……こんなこと……」
「行こう、ユーエン」
「う、うん」
ほとんどふらつくことなく歩けるようになっていた俺はユーエンの手を取った。それからすぐ傍にあった枝を撫でて、ありがとうと感謝の思いを伝えた。
14
あなたにおすすめの小説
【完結】雪解けて春を待つ隠れ家(雨を待つ隠れ家より番外編)
エウラ
BL
雨を待つ隠れ家の番外編が収拾つかなくなりそうなので、分けました。
不定期更新です。
大まかなあらすじを初めに入れますが、前作を読んでない方にはわかりにくいかもです。
異世界召喚で不遇の時を過ごしたリッカを救い出し、番として溺愛するアッシュ。
2人の日常や過去の話などを書いていけたらと思います。
前作みたいな重い話はあまりないと思います。
読んでもらえたら嬉しいです。
ひとまず番外編を完結にします。
読んで下さってありがとうございます。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる