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本編
結婚式の後は……
しおりを挟む「ミノル、いよいよ明日だな」
「はい」
僕はそわそわとしながらも勇者様の胸板に顔を埋めた。
背中にはがっしりとした腕が回っていて、この腕に……と思うと落ち着かなくなる。決戦の夜が明日に控えているとなると尚更だ。
僕の思いに気づいているのか、いないのか。勇者様はいたって平常運転で笑みを浮かべ、僕の額にキスを落とした。
「今夜は明日に備えてしっかり寝るように」
「勇者様もですからね」
「わかっている。おやすみ」
「おやすみなさい」
体温が名残惜しくて、離れたくないと思ってしまうけど、寝室は別だから一緒にはまだ寝られない。
体を離して、向かいの部屋に向かっていく勇者様を見送って、ゆっくりと扉を閉めた。
ベッドに入って天井を眺める。
しっかり寝るようにと言われても、明日の結婚式のことを考えると眠気は全くやってきそうにない。
おしりにわずかに残る違和感に気付かないふりをして、溜め息を吐いた。
婚約パーティから今日まで毎夜僕がやってきたのは、馴らすこと。
なにを馴らすのかって、もちろん『窄まり』と比喩されるあそこだ。
解すときに使われる指は三本って大体のお話で書かれるけど、基本攻めのものは大きい。見たことはないけど、体格からして勇者様のものももれなく大きいと思う。それで入らなくて苦労するってやつ……
だからといって四本となると話が変わる。
これまでこの手で数々の受けを啼かせてきたのに、いざ自分がヤられる側になると腰が引けるなんて意気地ないとは思う。でも怖いものは怖いし、恥ずかしいものは恥ずかしい。そんなに気持ちいいものなのかなと興味を持ったことはあるけど、これまで行動には移したことはなかった。一線を超えてはいけない気がしたからだ。
でもアレの腕を磨くと決めたし、勇者様との大切な日を無駄にはしたくないという思いから、この数日間僕は頑張った。
全然気持ちよくなかったし、よくわからなかったけど、三本まで馴らした自分を褒めたいと思う。
ただ相変わらず勇者様は僕の頬や額にキスはするけど唇にはしてこないし、抱きしめるだけでまさぐられる気配なんて一切ない。
そういった雰囲気にすら一度もなったことはなかった。恋人や婚約者ではなくて家族として見られているのかもしれないと本気で考えてしまうほどに。
それぐらい『愛人』の話は僕の心に残ってしまっていた。
僕のことどっちの意味で好きなんですか?
この一週間で何度口をついて出そうになったか。
でももし勇者様に聞いて驚かれたら。性的には愛せないって言われたら。
どんな言葉が返ってくるのかが怖くて、聞けないなんて初めてで、これが恋に悩む受けの気持ちなのかと妙に納得してしまった。
ここまで意識されていないとなると『愛人』が現実味を帯びてきたのも事実。若干の不安を抱きながらも、僕は眠りに落ち、とうとう結婚式当日を迎えてしまった。
陛下と勇者様の思慮からか、結婚式は神殿で粛々と行われる。ただ僕は勇者様に手を引かれて神殿の礼拝堂のようなところを入口から祭壇まで歩くだけという楽な立場だ。
あちらの結婚式とよく似ていて、ほとんどのものが白を基調としたもので飾られ、僕と勇者様の服もピュアホワイトバージョンだった。もちろん陛下監修のため、ダイヤのような宝石が至るところに使われている。
「ミノル、行こうか」
「はい」
勇者様に腕を差し出されて、僕はまたもやがちがちになりながらもそこに手を添える。そして目の前で大きく開かれた両開きの扉をくぐった。
一歩踏み出すと、広大かつ荘厳な空間が広がっていた。大聖堂は奥に長く、祭壇の奥に立つ女神像への道を示すように中央の通路が天窓から降り注いだ陽の光によって照らされている。通路の脇には白い花が敷き詰められ、まるで天国に続く道のようだった。その美しさに感嘆が漏れる。
緩やかな音楽が流れる中、光の中に足を踏み入れると、左右の席にいる参列者たちの顔は見えなくなる。まるで自分と勇者様の二人きりで女神様の下に向かっているような、そんな感覚を味わっていた。
きゅっと勇者様の腕に添えていた手に力を入れると、勇者様がこちらを振り向いて、穏やかに微笑んだ。その光の中で煌めく美貌に目頭が熱くなる。
想い想われて結婚できるなんて思わなかったから、余計に感慨深くて。
勇者様に収納袋を奪われて連れていかれたこととか、初めて振舞ったご飯をおいしいって言ってくれたことか、初めて手紙をもらったときとか。たくさん思い出が浮かんできて、勇者様と出逢うためにこちらの世界に来たんだとしたら。それだったら嬉しいって、そう思えた。
祭壇の前に立ち止まって、女神像を見上げると、ほろりと涙がこぼれた。
高揚感でずっと頭がぼうっとしていて、神官様が言っていることもほとんど聞こえてなかった。勇者様は僕の状態に気づいているのか、僕の腰に添えた手でゆっくりと落ち着かせるように擦ってくれた。
誓いを。
そう神官様に告げられ、勇者様が僕の肩にそっと触れて、向かい合わせになる。
まっすぐに見つめ合って、勇者様の顔が近づいてくる。灰色の美しい瞳が僕の視界を埋め尽くしていって……
えっと、なにするんだっけ。
働かない頭でそう考えたとき、ふっと唇に柔らかいものが触れた。
え……これ……
ほんの一瞬だったけど、それは確かに勇者様の唇で……
感触を確かめるように指先でなぞると、勇者様がどこか困ったように微笑んだ。
「ミノル、愛している」
頬を伝った涙を拭われたあと、勇者様の大きな手が頬を撫でる。
その温かさにじんと心が震える。
「ぼ、僕もです。愛しています……んっ」
言い終わる前に、僕の唇は勇者様のものでもう一度塞がれていた。
そのあと勇者様が離れたのは、神官様がせき込んで、進行を促したからだった。それぐらい長い間触れ合っていた。
時間感覚なんてさっぱりなくなっていたから、本当にいたたまれなかった。
でも参列者を振り返ると、そこには歓声を上げるたくさんの人がいて。僕と勇者様のために集まって祝ってくれているのだと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。もちろん勇者様の人望あってのものなんだけど、それでも嬉しかった。
来た道をゆっくりと戻るときには参列者の顔がしっかりと見える。アンジェリカ様からも「幸せなところを見せつけたらいいのよ」というお言葉を貰っていたから、すまし顔じゃなくて存分に笑顔を振りまいた。
式が終わってからなにより驚いたのは、いつも僕に手紙を届けてくれていた使いの人が司祭という神官の中でも結構なお立場だったことだ。神殿からの帰り際、勇者様を見送りに来た彼が僕を見て少し目を細めた。僕にしたら初めて見た彼の笑顔だった。
「勇者様の選んだ方が貴方でよかった。お幸せに」
多分僕が異世界から来たというのも知らされていると思う。それでも彼は彼で、なんだか安心した。
「はい、ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げてから、勇者様と帰路に就いた。
家に帰ると、神殿での出来事が夢だったんじゃないかと思うぐらい日常が広がっていた。でもここが一番落ち着く場所だった。
「勇者様、何か飲まれますか?」
「いや、ミノルももう休んだ方がいい、連日のことで疲れただろう。風呂で温まってきたらどうだ」
「そうですね……じゃあお言葉に甘えて、お湯いただきますね」
お風呂という言葉を聞いてドキリとする。
準備してこいという振りかもしれない。
僕はそわそわとしながらも、湯に浸かって体を温めてから、あそこを十分に解した。馴らしておいたおかげで、入浴時間はそれほど長くなっていないはず。
勇者様が、お風呂から上がってタオルドライしている僕を「こっちに」と呼びつける。何をするかと思えば、タオルを奪われ膝に座るように言われたのだ。
固まっていると、「ほら」と手を引かれて、勇者様の太腿を跨ぐように腰を下ろした。ぐっと僕の腰を引き寄せてから、髪を拭いてくれたのだ。
こんなのは初めてで嬉しい。でも目の前には風呂上がりでほのかに上気した勇者様の顔があって、目のやり場に困って顔を伏せた。
「強くないか?」
「全然大丈夫です! 気持ちいいです!」
「そうか、良かった」
勇者様の声が優しい。外にいる時とは違って穏やかで、僕の前では素に戻れているのならいいなと思う。
タオルが外されると、顔を覗き込まれ、頬に手のひらが添えられた。キスされるのかと思ってドキリとする。ただキスはキスでも以前と変わらず額へのものだった。
「ミノルはこの家の管理者ではなく、俺の伴侶なんだ。気持ちが落ち着いてからで構わないから、俺のことを名前で呼んでほしい」
「名前……そうですよね、勇者は職業ですもんね。あ、あ……アレクシス様……頑張って慣れるようにしますね」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
少し湿った髪を勇者様が指で梳く。ふわりと温かさが伝わってきたかと思うと、髪がさらりと頬に落ちた。
「魔法……?」
「ああ、これからミノルの髪は俺に乾かさせてほしい。今まで何もできなかった分、すこしでも世話をさせて欲しいんだ」
「そういうことなら……僕にもやり方を教えてもらえますか? 僕も勇者様の髪を乾かしたいです」
「そうか、魔法の使い方も知らなくて当然だな。明日から試してみようか。これからたっぷり時間はある」
「はい! お願いします!」
勇者様は続けて僕の髪を梳きながら乾かしてくれる。なんとも心地よくて、これまで色々なことがあって少し神経質になっていた心が凪いでいく。疲れが重なっていたせいか、瞼も重くなってきて、寝ちゃいけないと思うのに、うつらうつらと舟をこいでしまっていた。
「ミノル、もたれていい」
そういって抱き寄せられて、勇者様の胸に体を預けると、体温が伝わってきて一気に眠気が襲ってきた。首元に顔を埋めると、勇者様の大きな手が頭を撫でてくれる。久しぶりに味わう人肌の温かさに抗うなんてできなかった。
「ゆっくり休むといい」
そんな優しい言葉をかけられて、僕はすぅっと眠りに落ちていった。
ただ、意識が途切れる寸前、勇者様が「きいて良かった」と呟くのを聞いた。
そのときにはもう思考能力が落ちていて、その意味をはっきりととらえることはできなかった。
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