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本編
浮気をされたので、応援してみました。
しおりを挟むお嬢様方から画材などを押し付けられたあと、僕はクライフ邸から放り出された。
今すぐ帰って話し合ってきなさい、と。
「心配かけちゃったな……」
話すつもりはなかったのに。僕のバカ。
それに話し合ったって、結果は決まっているし、勇者様が話したいタイミングでよかったんだけどな……
僕から聞くと気まずくなるのは目に見えてる。
でも確かにしっかりと勇者様の意志を確認するのは良いことかもしれない。
にしても、どうやって切り出そう……僕とセックスしないのは……? って直接的過ぎるよ。
ご飯の時に話すようなものでもないから、お茶のときにしようかな……
今日は勇者様はお休みで、留守番をしてくれている。急に交代をお願いされたらしくて、お腐会を断ろうかと思ったけど、楽しんできたらいいという勇者様の優しいお言葉に甘えての参加だった。
帰れば勇者様はいてくれると思うから、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「ご飯前になっちゃうけど、少しくらいならお菓子食べてもいいよね」
きっとそわそわしてしまうし、食後なんて待ってられない。
折角貴族街にいるからと、僕は御者の人に「おいしいお菓子屋さんないですか」と話しかけた。
「最近できたばかりの店がありますから、そこにいたしましょう」
御者の人はピシッとした仕着せに身を包んだ老紳士。彼を見ているとほっとするのは、なじみ深い執事の雰囲気があるからだ。情緒が安定しないから彼の微笑みに癒される。
お嬢様に話してしまったという動揺をなんとか沈めていると、馬車が留まった。
セバスチャン(仮)さんが扉を開くと、そこにはレンガ造りのメルヘンチックな店構えをしたお菓子やさんがあった。
ウィンドウボックスには暖色の花が植えられていて、淡い水色の鎧戸が映えている。同じ色の入り口扉にはロートアイアンの装飾がつけられた小窓があって、創作心をビシビシと刺激してくる佇まいだった。
「か、かわいいっっ」
「お気に召していただいたようでうれしゅうございます。外装だけでなく内装も、もちろん商品も凝ったものが多いのですよ。私のことは気にせずゆっくりと選ばれてください」
「ありがとうございます! でも、なるべく早く決めて戻ってきますね!」
「はい、お待ちしておりますよ」
にこにこと子どもを見守るような眼差しで見送られ、僕は店内に入った。
正面にはどんとショーウインドウが置かれ、そこには色とりどりのケーキが並べられていた。しかもケーキの上には色に合わせた動物型の焼き菓子が乗っている。見るだけで笑みがこぼれてしまうほどの可愛らしいケーキに、来店しているお嬢様方もほわほわと夢見心地のような表情をしている。
みんな、きっとこんなかわいいの食べられない、と思っているに違いない。結局食べちゃうけど。
これから勇者様と気の沈むような話をしなきゃいけないから、これぐらいの精神的バフがあるととってもありがたかった。
セバスチャンはどの世界線でも優秀なんだなぁ、としみじみと感じてしまう。
そんなセバスチャン(仮)さんを長く待たせてはいけないと、勇者様にはフルーツ多めのものを、自分にはキャラメル色でおそらくキャラメル味かなというケーキを、それからセバスチャン(仮)さんには送迎のお礼に焼き菓子がいくつか入った小袋を購入した。
「あら」
店を出て、大通りにずらりと並ぶ馬車の中からクライフ家のものを探していると、そんな声が聞こえた。
「先ほど勇者様にもお会いしたけど、貴方は一人なのね」
「え……」
振り返ると、扇子で口許を隠したご令嬢がにんまりとした笑みを僕に向けてから、そのまま立ち去っていった。
僕のこと知ってた?
顔を覚えてたんだ。全く知らない人だったけど……いや、僕が全然覚えられないだけなんだけどね。
それよりも、勇者様もこの付近に来てたんだ。
買い物かな。
「ミノル様、こちらですよ」
優しくて穏やかなセバスチャン(仮)が心配して声を掛けてくれる。僕は「はーい!」と慌てて馬車まで駆けていった。
平民街までは馬車で十五分ほど。
いつもの商店街に着くと、僕はセバスチャン(仮)さんにお菓子を押し付けて馬車を降りた。
それからルンルン気分で玄関扉を開ける。三和土には勇者様のブーツがあるけど、勇者様の気配を感じない。
まだ帰ってきてないのかな?
話し合いを少しでも後回しにできることに安堵しながら、キッチンに向かい、保冷庫にケーキを入れる。それから画材を置きに二階へと向かった。
「あれ……」
階段を上りきって自室に体を向けたところで、勇者様の部屋の扉が少しだけ開いていることに気づいた。
耳を澄ますとボソボソと声が聞こえる。
やっぱり戻ってたんだ。先にお湯沸かしておけばよかった。
でも勇者様がいるということは、これから話し合いの時間が始まってしまうということだ。
引き延ばせなかった!と嘆きながら、僕は勇者様の部屋の扉のノブに手を伸ばした。
ただいま戻りました。
驚かせないようにそっと声をかけるつもりで、僕は部屋を覗き込んだ。
でも、行動には移せなかった。
「ぁ……」
ベッドには勇者様と神子様がいて、お二方とも裸で……
そこにあったのは僕が幾度となく妄想していた光景だった。
手に持っていた荷物がドサリと音を立てて床に落ちた。
◇ ◇ ◇
頭が真っ白になった。
骨髄反射で動いたのか、僕はいつの間にか自室で屈みこんでいて……
どうやってここまで来たのかもわからないくらい、何も考えられなかった。
ちゃんと割り切っていたはずなのに、手は震えていて、さっきまでの動揺しながらも楽しく感じていた気持ちは消え去っていた。
アンジェリカ様、話し合い必要なかったみたいですよ。
お嬢様方が折角背中を押してくれたのにな……
考えれば考えるほど涙が滲んでくる。
でもそのとき廊下の床板がギシリとなって、僕はハッと顔を上げた。
勇者様がこっちに来る?
気にせず、続けてくれたらいいのに。申し訳ないなんて思わなくていいのに。
ここで泣き顔なんて見られたら、勇者様に呆れられてしまうかもしれない。
なにか誤魔化せるもの。
僕は必死になって部屋を見渡して探した。
すると、本棚の隙間に差し込んでいた紙袋が目に飛び込んでくる。
そこにあるものを仕舞っているのを思い出した。
考える暇もなく紙袋にごそごそと手を突っ込んで、それを取りだした。
黄色の下地にピンクの文字で『勇神しか勝たん』と書いてあるぎらぎらとした応援うちわ。
そうそう。まだ恋心も淡かった頃、お二人を応援するために作ったもので、この色の染料を用意するのに随分と奮発したんだよね。
うんうん。
とそんなふうに過去の記憶に逃げながら、僕はうちわを握り、勇者様を迎えるように部屋を飛び出した。
当然鉢合わせするわけで、珍しく焦った様子の勇者様と目が合った。
でもすぐさま僕の持つ眩しいほどのうちわにぎょっとした表情を浮かべる。
「み、ミノル、それは……?」
「あっ、へへっ、これ、応援うちわって言うんです。作ってみたもののなかなか出番がないので、今こそ使うべきかと思って!」
目立つから、本当はパレードのときに持ちたかったんですけどね!と僕はにこにこ笑いながら説明した。
ちゃんと笑えてるかな? 笑えてたらいいな。
勇者様はうちわの配色に目をしぱしぱさせながら、「応援……?」と呟いた。
「はい、応援です! ふふ、大丈夫ですよ、浮気のことなら心配しないでください。こっちの人はそれが普通だって聞いたので。それに神子様となら、僕いつでも応援しますから!」
だから応援うちわを持ってきたんです!とうちわをふりふりする。
そう、この世界では当たり前なんだから、寛容に。
嫉妬なんかして、勇者様に冷められでもしたら僕やっていけないもん。
「……う、浮気が普通というのは貴族の話じゃないか……?」
勇者様は唖然とした様子で僕に問いかけてきた。
貴族の話?
どういうこと?
喉がぎゅうっと締まってくる。
じゃあ神子様としてたのは何……?
深く考えたらダメなのに。
「そう、なんですか? でも僕じゃ、勇者様のお相手にはならないですし」
「……それはどういうことだ?」
「結婚しても、その、してないって、そういうことですよね……?」
感情が出てしまいそうで勇者様の顔を見られなかった。これ以上いたら変なことまで口走ってしまう。
その場にいるのが限界で、僕は必死で笑顔を作った。
「僕、本当に気にしてませんから。じゃあ、お夕飯用意してきますね」
軽くお辞儀をして、そのまま自分の巣でもあるキッチンへ逃げ込んだ。
夕飯の用意と宣言した通り、保冷庫から野菜を取り出して、テーブルに並べる。
でもそこで手が止まってしまった。
何から用意したらいいんだっけ。混乱しすぎて、何から手を付けていいか考えられなかった。
はぁ、と重いため息が漏れる。しっかりしなきゃ。
驚きすぎて咄嗟に浮気って言っちゃったな。浮気じゃないのに。
僕のバカ。
でも取り乱さなかっただけよしとしないと。
やっぱり直接見ちゃうとだめだったみたい。
僕は今にも嗚咽が漏れそうな唇をきゅっと結んだ。
すると、背後で床が軋む音がした。
「ミノル……」
こちらを窺うような呼びかけ。
そっとしておいてほしいって思いと、追いかけてきてくれるんだっていう相反する気持ちが交錯する。
「す……すまなかった」
何に対しての謝罪なのかはわからない。
僕が振り返れずにいると、勇者様が僕の手を取った。驚いて視線を向けると、勇者様が跪いていて、まっすぐに僕を見上げていた。
「ゆ、うしゃ、さま……?」
その眼差しは真剣で、でも決して謝罪を押し付けるような強いものではなくて、まるで僕を気遣うかのように優しいものだった。
「違うんだ。俺が何をしても、全く顔色を変えないおまえが何を考えているのかわからずに血迷ったことをしてしまった。すまない。神子にはフリを手伝ってもらっただけだ、潔白なんだ……」
フリ? 潔白?
それって……
「行為に関しても華奢なおまえのことを壊してしまいそうで、手を出せずにいただけだ。相手にならないなんてこと絶対にない。――ただ、それほどに大切なんだ」
静かな、少し震える声だった。
勇者様の初めて見る臆病な一面。
僕を傷つけないように言葉を選んで。そこには彼の誠実さが滲み出ていた。
僕のことを壊してしまうかもしれない。そんなふうに悩んでいたなんて思いもしなかった。体格差と僕の童顔が相まって、余計にそう感じてしまったのかもしれない。
そういう雰囲気になるのを避けているように見えてたのはそのせいだったってこと?
お互いに最後の一歩を踏み込めずにこの半年ずるずると来ていたなんて。
必死の弁解に対して頷くと、勇者様が僕の手の甲にそっと口付けた。勇者様の唇も手も震えていて、自分が大切に思われていることが心に沁み入ってくる。
「だから、今からでも遅くはないか? ――初夜を、やり直させてほしいんだ」
初夜……
勇者様も存在を忘れてたわけじゃなかったんだ。ずっと僕と、って思っててくれたの?
そんなの嬉しくないはずがない。
「ぼ、僕でいいんですか?」
「ミノルしかいらない」
僕の問いに被せるように勇者様が返してくる。
ただ、初夜というのは行為のことであって……
真正面からこんなふうに求められるなんて思わなくて、急に顔に熱が上がってくる。
「よ、よろしくおねがい、します……」
頬が火照る中、僕は頷いた。
勇者様は安心したように目を細めてから勢い良く立ち上がり、僕を腕の中にすっぽりと抱き込む。僕も同じように勇者様の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。
それから勇者様はいつも寝室に向かうときのように僕を抱え上げて、階段をのぼっていく。
今日こそは勇者様の部屋に連れて行ってもらえるのかと思いきや、着いたのは僕の部屋。
ベッドの上に降ろされて、どういうことだろうと見上げると、額にキスが降ってくる。
「神子を入れた寝台にミノルを寝かせたくない」
なるほどと僕の方が納得してしまった。
神子様が寝転んだだけなら僕としては全く構わないんだけど、勇者様の真面目さが許さないんだろう。
それに今はそこまでしてくれる気遣いが嬉しかった。ふと気付いたときに傷付いてしまったかもしれないから。
ぎしりとベッドが二人分の体重に軋む。僕に覆いかぶさるように勇者様が乗り上げて、また額に口付けた。見下ろしてくる勇者様の灰色の瞳が熱を孕んでいるように見えて、ドキリと心臓が跳ねる。
するんだ。
本当にするんだ。
ばくばくと早鐘を打って、頬が上気してくる。頬を撫でる勇者様の指が少し冷たく感じた。
それから、いつもとは違って、勇者様の唇が僕の唇に触れた。
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