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1章 異世界の魔王 一つ目の危機
29話 降り注ぐぜ 流星群
しおりを挟む空から無数の隕石が降り注ぐ。
スターダストメテオと呼ばれるその魔法は、遥か昔に創世の龍が使ったとされる伝説上のもの。
いくら魔術に精通している者であろうと、その存在さえ疑う魔法である。
もし、この魔法がスターダストメテオだと気が付いてしまう者がいたのであれば、自身の目や精神を疑ってしまうであろう。
もちろん、逃げ出した盗賊二名に対して使った魔法などと言われたときには、高名な魔術師でさえ冗談だろ、と理解を拒絶するはずだ。
そんな誰もが信じられない魔法を使ったやつは、魔力切れでスヤスヤと眠っている。
気持ち良さそうな顔して寝やがって、なんてことしたんだこいつ。
「やはり、スキル『マジックノーリミット』は凄まじいです。リーサさんは魔法を覚える分だけ、強くなるでしょうね」
いやいやいやいや、何ソレ聞いてない。
言葉だけ聞いたら、そのスキルやばくないか?
「セラファル。俺はそんなスキル聞いてないんだが?」
俺に隠れてリーサに入れ知恵したんだろうか。
教えるのはいいが、こんな危険な魔法は使わないように釘を刺しておいて欲しかった。
「ご安心ください。フレンドリーファイアーなるものへの対処は万全です。しかし、こんな魔法をリーサさんに伝えた記憶がないのですが、元から知っていたのでしょうか」
セラファルの予想は当たっていた。
リーサが昔読んだお伽噺の中に、龍が天変地異を起こして大陸を創造するといった話があった。
そこで絵に描かれていたのが、この魔法だった。
しかしそれは、人間たちが古くから伝えてきた伝承を絵本にしたものであって、魔法教育書の形を成したものではない。
リーサは昔読んだ本を憧れと共に覚えていて、なおかつ足りない知識を自らが持つ知識とすり合わせ、オリジナリティを持たせた魔法を完成させたのだ。
ちなみに、リーサはこの魔法に一点集中と追尾機能を追加している。
もし魔法の学会があって、そこでこの魔法の正式名称を問われたら、こう答えるべきだろう。
名前は「リーサ版・スターダストメテオ~地獄の一点集中&追尾機能を添えて~」です、と。
天変地異をもたらすまでの威力はないものの、国を一つ滅亡させるのには十分過ぎる力を持った魔法が生み出されてしまった。
しかし、そんな驚異的な魔法をポンポン撃ててしまうわけではない。
魔法は、その威力や範囲に応じて自身の魔力を使用する。
自身の魔力を上回る魔法を使用した場合、極度の魔力切れを起こしてしまい、戦闘不能の状態となってしまう。
それが今回のリーサの状態であり、一定時間で魔力が補給できなければ、最悪の場合肉体のみならず精神体まで消滅してしまうことになる。
もちろんそれは、完全な死を意味している。
魔力が無尽蔵のカイが、魔力を分け与えてなければ大事に至っていたであろう。
正確には、カイの魔力をこっそりと借りたセラファルが、リーサに分け与えたのだが。
「マスターの脅威にはなりませんが、少々どんな魔法でも使えるのは厄介ですね。リーサさんが起きたら注意しておきます」
「まあ、セラファルが対処してくれるなら安心できるが、メルフィナとの特訓に差し支えないか?」
「使用魔法を制限します。マスターのスキルを使えば可能です」
俺のスキル、ありすぎて把握してないんだよな。
200個くらいあるんだよな。そんな数、把握できるわけがない。マジで勘弁してほしい。
そういえばスキルを作成するスキルがあるらしく、セラファルが「マスターに有益なスキルを作りたいのですが、許可していただけませんでしょうか」と言ってきて、二つ返事で了承してしまった気がする。
もはや自分がいくつスキルを持っているか分からない。
俺のスキルはいったいどうなっているんだろうか。『神眼』で確認したいが、あれは自分には使えないらしく、自分のステータスを確認する方法がない。
あ、一回だけ「ステータスオープン」と自信満々に言って何も出てこなかったときは、恥ずかし過ぎて死にたくなった。
「まあ、スキル関連はセラファルに任せる。仲間に危険が出ないなら、それで大丈夫だ」
とは言ったものの、盗賊二名がチリさえも残らずに吹き飛んだのは気の毒に思う。
俺もオーバーキルは控えよう、と改めて思った。
うん、思っただけだ。
◇
盗賊との一件が終わり、ようやく別の領に入ったようだ。
のどかな風景に目を細めながら、くっついてくるメルフィナを無言で引き剥がす。
最初こそ大人しかったのだが、メルフィナは日に日に露骨さを増していっている。
「カイ様。今日もイケズですねー。そろそろ私のこと押し倒しちゃいませんか? いつでもオッケーですよ?」
「あのなー。お前は俺に助けられた恩があるとか考えてるんだろうが、無理に尽くそうとしなくていいんだぞ? 恩を売りたくてやったことじゃない。お前を治したのは、ただの気紛れだと思ってくれていいから」
メルフィナは少し頬を膨らませ、肩の高さで小さく両方の拳をキュッと握って詰め寄ってきた。
「私はカイ様が純粋に好きなんです。好きな人に尽くしたいんです。ダメなんでしょうか?」
今度はその瞳を潤ませ、上目遣いでじっと目を見つめてきた。
美少女の泣きそうな顔は、反則技だと思う。
「ダメだ」
俺はメルフィナを見ないように、目をつぶってきっぱりと告げた。
次に目を開けたとき、メルフィナは世界が終わったような顔をしていた。
「いや、好きって言ってもらえるのはありがたいし、こんな美少女に言われればなおさら嬉しいよ。だがメルフィナは俺に助けてもらったことで、好きという感情を無意識に作り出してるんじゃないのか? 憧憬とか感謝の念とか、色んな気持ちが混ざってたら、それが恋愛感情と混同して、間違えてしまう話はよく聞くぞ」
メルフィナはため息を吐いて、やれやれと言っていそうな顔に変わった。
そして俺の目をしっかり見据え、真面目な顔つきに変わると、その可愛らしい口を開いた。
「カイ様、分かりました。私はカイ様のこと、好きじゃありません。これで大丈夫ですか?」
あれ? 分かってくれたのか。
俺の説得は無駄にはならなかったようだ。
「私はカイ様を愛してます。女心は、言葉では簡単に語れませんよ」
頬をほんのり染め、ちょっとイジワルな目をしたメルフィナに、少しドキッとしてしまった。
なんとも言えない空気になってしまい、お互い気恥ずかしい感じになってしまう。
そしてメルフィナの、長く整ったまつ毛をたたえた瞼は閉ざされ、その愛らしい瞳は覆い隠された。
ゆっくりと近づいてくる、ほのかな膨らみがある可愛らしい唇。
俺も目を閉じて彼女の唇に吸い込まれ・・・。
「って、流されるか! あー、危なかった」
紙一重、ギリギリ触れなかった。
「ちっ。いい雰囲気だったからいけると思ったのに。カイ様はガードが固すぎですよ」
俺は女の計算高さに軽い戦慄を覚えながら、メルフィナに対しての警戒レベルを上げようと心に誓った。
ちょっとだけ、流されてもよかったかもと思ったのは内緒だ。
軽い咳払いで照れ隠しをした俺は、羨ましそうな目で見ていたセラファルとウルリルに気付くことなく、そのまま馬車に揺られていた。
そんなこんなで、異世界で初の人間の町にたどり着いたのだった。
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