魔王やめて人間始めました

とやっき

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少年期・学園編

2-14 魔王様、本音を知る

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(少し胃痛な話が含まれます。お気をつけください)


「ニャー。ニャニャ!(魔王様! おはようございます!)」

「ああ、おはようカレン。今は誰もおらぬからな、変身を解いても良いぞ」

「はい! ああ、魔王様と二人きりで過ごす朝の時間が至福ですわぁ」

 子猫のカレンから、変身を解いて色気の溢れる魔族の女性カレノアになった。

 今にも元魔王のエルリックに飛びかかりたい気持ちを抑え込みながら、彼女は丁寧な仕草で紅茶を入れた。

「お召し上がりくださいませ、魔王様。今日はシンプルにロイヤルミルクティーに致しましたわ」

「悪いなカレノア。それで、他の四天王とはまだ連絡が取れぬか?」

「ええ、申し訳ございません。まだ連絡が取れませんの。もうしばらくかかりそうですわね」

 この二人きりの時間を邪魔するかもしれない他の四天王と、魔王様を会わせたくないと思っているカレノア。

 連絡を取ろうとするどころか、彼女は出来うる限りの隠蔽工作をしていた。

 他の四天王に魔王様の居場所がバレないようにするため、彼女は日々エルリックの知らないところで奔走しているのだ。
 もちろん、子猫状態で。

 しかし最近になってカレノアを怪しんでいる四天王が一人いた。
 「孤独」の二つ名を持つエルビナだ。

 彼女の孤独は伊達ではない。
 誰にも心を開くことなく、他人から遠ざかっているばかりだったエルビナ。

 しかし魔王様に出会ったことで、彼女は変わっていった。

 彼女は人生で初めて笑顔になったり、引きこもりもある程度治ったり、コミュ症もそこそこ改善して魔王様と四天王くらいとは喋られるようになったりした。

 魔王様は、彼女から欠かすことができない存在になっていたのだ。

 そんなエルビナは、現在孤独故に魔王様を心から求めている。

 いくらカレノアが全力を尽くして隠し通そうとしたとしても、孤独に染まった彼女にはバレてしまうだろう。

 魔王様依存症。
 彼女に診断をつけるなら、他の四天王の三人は真っ先にその言葉を口にするであろう。

 まあ実際のところ、カレノアもティファーナもシルキーナも、魔王様依存症になってしまっているのだが。

「絶対に見つからないようにしないといけませんわ。今の魔王様は、私だけを見てくださるのですわ。この時間を終わらせないためにも・・・」

 小さく呟いたカレノア。

 どんなに耳が良い人でも聞き取れないくらいの蚊の声のようであったが、チートな五感を持っているエルリックは聞き取ってしまっていた。

「なるほどな、カレノア。お前の気持ち、気づいてやれてなかったんだな」

 こちらも小さな声で呟いたエルリック。

 エルリックの呟きは、カレノアの耳には届いていなかった。

「カレノア。子猫の状態であれば、確か従魔契約はできるな? お前が良ければだが、その、なんだ、契約するか?」

 その瞬間、パァっと子供のように無邪気な笑顔を見せたカレノア。

 普段はセクシーで大人の色香がムンムンな印象が強いため、こういったギャップにはドキッとしてしまうエルリックであった。

「お願い致します! 魔王様の中に入れるなんて最高ですわ! いつもリラシャを見て羨ましい気持ちになっていたところですの!」

「そうか。だがその場合・・・」

「あ、子猫状態にしかなれませんわね。リラシャみたいに擬態ができるわけではありませんし・・・」

 二人だけの部屋に気まずい沈黙が流れた。

 従魔契約をしてしまうと、契約した状態に縛られてしまう。
 この場合、契約を解かない限りは魔族の状態に戻れないのだ。

 リラシャは擬態スライムという特殊なモンスターなので何にでも変わることができるが、本来であればスライム状態にしかなれなくなるのが一般的だ。

わたくし、実は夢があるんですの。可能性が低く、叶いそうにない夢ではありますが、まだ諦めたくないのですわ」

「そうか。ならば仕方ないな。我はお前の夢を応援しよう」

「え、魔王様!?」

 カレノアの頬に一瞬だけキスをしたエルリック。

 これが今の彼にできる、カレノアへの精一杯の誠意であった。

「まま、魔王様が私のほっぺにぃぃぃ! ぷしゅうぅ~」

 顔が真っ赤に染まり、頭から煙が出てしまったみたいな反応をしたカレノア。

 しばらく経って、彼女はようやく現実に帰ってきた。

「可能性があるのなら諦めませんわよ。いつか、いつか魔王様とのお子を宿してみせますわ」

 小さな声で呟くカレノアだったが、案の定聞いてしまっていたエルリックは、苦笑いしてしまうのであった。





「エルリック様、お手紙が届いております。こちら学園からのお手紙でございます」

 カレノアとのちょっと恥ずかしい一件があった日のお昼過ぎ、いつものようにゾロゾロと姉たちやミルシャが部屋に集まる中、控えメイド長がやって来て俺に一通の手紙を届けてくれた。

「ありがとう、シャルコット。学園からの手紙って内容が想像できないな」

 気になったエルリックはその場で開封して手紙を読み始めた。

「エルリック様、お手紙の内容はどのような感じでしょうか?」

「プリュム。まさかの一文だけだった。『君と話がしたいので、明日の午後三時、学長室までご足労願いたい。レイブン・アングリュース』だって。話ってなんだろうな」

 この手紙を一週間くらい開封せずに置いといた方が面白かったな、などと意地悪なことを考えてしまっていたエルリック。

 同時に話がしたいという曖昧な内容と学長からの呼び出しということに、ほんの少し不安を覚えていた。

「行くことは強制のような書き方ですね。エルリック様が来られるということを、当たり前に考えていそうで怒りが湧いてきます」

 プリュムがぷりぷりと可愛らしく怒っている。
 頬を膨らましているのが何とも子供っぽい。おっと、彼女は俺のために真剣に怒ってくれているんだから、茶化しちゃだめだな。

「でもとりあえず行ってみることにするよ。せっかく合格できたのに、授業が始まる前に退学だなんてことになったら嫌だからね」

「エル君! あたしにいい考えがあるよ! 一人で来いって書いてないから皆んなで行っちゃえばいいんだよ!」

 なんじゃそりゃ。
 まるで法文をどう解釈するかみたいな言い草だなー。

 だが、書かれていない以上はやってはいけないと言えないからな。アリかもな。

「それならメリーナが筆頭になりますよ! お姉ちゃんがエル君を守ってあげるです!」

 メリーナ姉様、めっちゃ心強いな。

「ボクも兄さまをえんごする! しゃげきするよ!」

 いやいや、掩護射撃してどうする。魔法は撃たずに掩護だけにしてくれ。
 ちなみに、ミルシャの魔法修行は順調だ。このペースならあと1ヶ月くらいでどこに出しても恥ずかしくない立派な魔法使いになりそうだ。

 前世が魔王のエルリック。彼の言う立派な魔法使いの基準は魔族であるから、人族の目線で見たら大変なことになるのだが。
 知らず知らず、とんでもない魔法使いになりつつあるミルシャであった。


 姉二人と妹一人の同行が決まった中、エルリックの部屋のクローゼットがバタンと勢いよく開けられた。

「エルリック君。話は聞きましたよ。同じ同級生でいとこ(で妹)の私も一緒に乗り込みましょう!」

 それはいとこで妹で一応婚約者という、エルリックと複雑な関係を持つララであった。

「おい待てララ。お前合格発表の日、マクシュガル領に帰ったはずだよな! なんで俺のクローゼットから登場してるんだ!?」

 そう、彼女は二日前、マクシュガル領にケリャと一緒に帰ったはずだった。

「保存食は持っていますから余裕です。私も一緒に学長室に行きますね」

「サラッと誤魔化すな。ちょっとこっちこい」

「いやん、怖いですエルリック君。行きますよ」

 エルリックとララは皆に聞こえないように小声で話を始めた。

「ララ、二日間ずっとクローゼットの中に隠れていたのか?」

「最初はお兄ちゃんをちょっと驚かそうかなと思ったんだけどね、なんか出るタイミング失っちゃったんだ。あ、今朝のどういうこと!? あんな美人でエロいお姉さんのほっぺにキスしちゃって!」

「いや、あれはその・・・って、まさか全部見てたのか!?」

「うん。なんかお兄ちゃんを見ていると心が安らぐというか、会えなかった分、お兄ちゃん成分が不足してるんだよね。私は寝ないで四六時中見てたよ! 寝顔がもう可愛かったな!」

 俺は寒気を感じてしまった。

 今まで妹をあまり気にしていなかったが、思い返せばうちの妹は常軌を逸していたかもしれない。

 妹と再会したあのときに彼女が言ったことを思い出してみると、日本で俺がいなくなってからも、毎日俺の帰りを待って俺の分の食事を作っていたり、俺の部屋を掃除してくれたりしていたみたいだ。

 はたから聞く限りでは兄想いの優しくて良い妹に聞こえるが、よく考えてみたら怖すぎる。
 毎日毎日、帰ってくるかも分からない兄を待ち続け、盲目と言えるくらいひたすらに、俺のことを思って行動していたのだ。

 やばいな。ララはメリーナに負けず劣らずのヤンデレ妹だったのかもしれない。

 本当に兄に対して抱いていた感情なのだろうか。
 もはやブラコン超えちゃってないか?

 俺もシスコンと言われたら反論できないから何とも言い難いのだが。

「なあ元妹よ。日本でお兄ちゃんのこと、好きだったか?」

「え? 勿論日本でも愛してたよ。今でも愛してるけど、どうして?」

「家族的な愛か?」

「倒錯的な愛だよ」

 あ、うん。
 こりゃ聞かない方が良かったかも。

「そうだよね、いつか話しておかなきゃって思ってたんだ。私さ、転生したって言ったよね? あのね、耐えられなかったんだ」

 そこからララが話してくれた内容は、胃が痛くなりそうな重たい話だった。蛇足だが、耐性で痛くはならないのだ。

 どうやら彼女は、俺が失踪してから自分の抱いていた感情に気がついたらしい。
 近くにいて当たり前の兄。いて当然と思っていた兄と会えなくなったことで、兄を男性として好きだったことに気づいたということだ。

 それから彼女の好きは深い愛情に変わっていった。恋人同士だと、会えない時間が愛を深めるという話もたまに聞くが、その兄妹バージョンだったのかもしれない。

 彼女の兄への感情が高まる中で、会えないことへの不安やストレスもどんどん増えていった。
 同時に彼女の精神もぼろぼろと崩壊していき、常識力や正しい判断能力が抜け落ちてしまったようだ。

 結果、心が弱りきった彼女は耐えきれずに自殺してしまったらしい。

 ララが転生と言ったとき「一度死んだ」ということが頭によぎってはいたが、まさか俺が原因だったとは思っていなかった。
 いや、ある程度予想はできていたのだが、俺はどこかで考えることを拒否していたのだろう。

「重い妹だよね、本当にごめんなさい。新しく生まれ変わったから精神こころもリセットされたかなって思ってたんだけど、クローゼットに二日も隠れてるなんて、常識力なんて皆無だよね。私って本当に気持ち悪い。幻滅したよね?」

 俺は彼女にかける言葉が見つからなかった。

 それよりも、一人の女の子の人生を狂わせてしまった自分に、腹が立っていた。

 そうだ、今からでも遅くない。
 彼女は転生して、目の前にいるんだ。

 もう一度同じ過ちを犯すなんて馬鹿なことはできない。

 それに、俺だって一歩間違っていたらララのようになっていただろう。
 転生する前は妹のことなんて気にしていなかったが、会えなくなってからあれやこれやと心配するようになったのは同じなんだ。

「ララ、少しずつ治していけばいいんだよ。俺もできる限り協力するからさ。心の傷、一緒に癒していこうな」

「そんな甘いこと言わないで! 私をもっと叱ってよ! 私、お兄ちゃんの優しさに付け込んじゃうんだよ! 今も反省している気持ちがあるのに、どうやってお兄ちゃんに好きになってもらおうかとか考えてる自分がいて嫌になるよ! お兄ちゃん、優し過ぎるよ。全部受け入れようとしなくていいんだよ・・・」

 優しいっていけないことなのか?

 優しさって残酷なんだな。俺にはよく分からん。

「ごめんねお兄ちゃん。やっぱり一度帰るよ。これ以上お兄ちゃんと一緒にいたら、私ダメ人間になっちゃう。ううん、もうなってるよね」

「バカ」

「え!? お兄ちゃん!?」

「女なら猫被って男を騙してもいいだろ。女の悪役ならやるな、ああやるさ。本性を見せない女なんて世の中にごまんといるぞ。お前は正直過ぎるんだよ。もっと悪賢く生きてもいいんだぞ。俺を好きなら好きでいいじゃんか。そのくらい受け止められない男だと思うか? 仮にも夢が魔王だったからな。自慢じゃないけど、そのくらいの器はあるとは思う。自信はないがな!」

「それってどんなに変な私でも、病的なまでに愛していても、私をもらってくれるってこと?」

 最強の上目遣いにうるうるの涙目スタイルで質問してきたララ。

「いや、結婚とかまだ早いから、友達からでお願いします」

「色々台無しだよ!!」

 やっと重たい空気が軽くなり、二人が笑い合っている中、周囲の女の子たちは頭の上にクエスチョンマークが乗っていた。


「あの、エルリック様。途中から会話が丸聞こえだったのですが・・・」

「え゛!?」
「うそっ!」


 これから元兄妹による誤魔化しタイムが繰り広げられたのだが、即興でみんなが納得できるような話を作ろうと二人は協力し、兄妹ごっこをしていたら感情移入しちゃったという苦しい言い訳で、その場をギリギリ回避したのであった。



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