どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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第一章

諦観の射手

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 その後、三人は大人しく湯船に浸かったのかといえば、もちろんそうではなかった。
 風呂場にいる間中、女二人は何かにつけ少年の体に手を伸ばし、イチャイチャしながら入浴を楽しんでいた。

 体を洗うときは、少年を泡まみれになった二人が挟み込んで揉みくちゃにし。
 お湯の中ではミゼルが後ろから少年を抱きしめてアナルに指を入れ、リディアが潜望鏡フェラをした。

 肉欲にまみれた入浴だったと言っていい。
 
 もともとそのつもりだったリディアとミゼルは非常に満足気で肌もツヤッツヤになっていたが、少年は若干のぼせ気味だった。

 そして入浴後、リビングで少しの間涼んだ三人は、遅い朝食を取ることにした。




 ◇


 協議の結果、今回はリディアが食事を作ることになった。

 肉を焼くことくらいしかできない脳筋のアレックスや、草や豆しか食べない草食のルナと違い、リディアは料理も得意だった。

 ミゼルも料理は出来るのだが、マニュアルがなければ作れないし、そもそもリディアが作ったものの方が圧倒的に美味い。

 だからミゼルは、大人しくソファーで料理が完成するのを待っていた。
 もちろん、少年を後ろから抱き抱えながらである。

「……あなたは、本当にどこから来たのかしらね……?」

 クルンと丸まった少年の髪を指できながら、ミゼルは独りごちた。
 
 黒髪に黒目、そして平たい顔立ち。

 少年の外見は、この世界で最も古く、そして強い国である『ティナーク王国』の王族の特徴を有していた。
 それはつまり、千年以上も昔にこの世界を救ったとされる『勇者』の血族であるということだ。

 何十という世代を経たせいでその血は薄まっているが、ミゼルもその血族のひとりである。
 彼女に現れた特徴は髪の色だけだったが、王族の中には勇者であり初代国王でもある『至高王ファナカ』の特徴を全て持ち合わせた、世にも美しい子供が生まれることもあるという。

「王族……? いえ、そんなはずないわよね。それなら言葉が通じない訳ないし……」

 少年は博識なミゼルですら一度も聞いたことのない言葉を話す。
 もしかしてなにか呪いでも掛けられているのかと調べてみたが、そのような形跡もない。

「~~~~♪ ~~~~♪」

 ミゼルに抱えられた少年が、足をプラプラとさせながら鼻歌を歌う。
 かわいい。

 しかしその歌も、冒険者として世界を旅して来たミゼルの聞いたことがない旋律だ。

 この少年に関しては、分からないことばかりだった。

「そういえば……あなたの名前はなんていうのかしら」

 少年の名前すら知らないことを、ミゼルは今さらになって気づいた。
 抱えた少年を自分の方向に向き直らせると、ミゼルはゼスチャーを交えながら少年に質問をする。

「えーと、私はミゼルよ。ミゼル。ミ、ゼ、ル。あなたは?」
 
 自分を指差し、ミゼルが名前なのだと少年に伝えると、今度は少年を指さした。
 その動作に理解を示したらしい少年が、笑顔で口を開く。

 しかし────

「○#△%」

 その言葉は、やはり理解できなかった。

「…………え?」

 ○#△%、○#△%と、少年が自分を指さしながら何度も繰り返す。
 しかし何度聞いても、その言葉は意味不明な音としてしか耳に入ってこなかった。

「ど、どういうこと……?」

 少年は声を発している。
 一文字一文字区切って発音したりして、ミゼルが聞き取りやすいようにしてくれている。

 なのに、その一文字ですらミゼルには理解できないのだ。

「なんで……?」
「……その子の言葉に、魔力が含まれてないから」
「きゃっ!?」

 突然背後から掛けられた言葉に、ミゼルが驚きの声を上げた。

 ドキドキと激しく動悸する胸を押さえながら振り返ると……

「ルナ……」

 そこに立っていたのは、栄養失調の子供のような細い体と、銀色の髪と瞳、そして尖った耳を持つ無表情な少女。
 
 はぐれ者達マーヴェリックスの射手である、エルフ族のルナだった。

「もう、いつ来たの? 驚いたじゃない」
「……さっき。……それで、その子がリディアのメッセージにあった奴隷?」
「奴隷って……まあ、そうなんだけど……それよりさっき言ってたことって……」
「────それについては、私も一緒に聞かせてもらおうか。今日の食事には肉も魚も使ってないから、ルナも食べるだろ?」

 ミゼルの疑問は、料理を作り終えて戻ってきたリディアによって中断された。

「……食べる」

 そして少年と三人の女は、とりあえず食事をすることになった。




 ◇


 リディアが用意した食事は、豆を発酵させた『メソ』のスープと、炊いた『コミ』、そして野菜の塩漬けという、この世界の朝食として定番のメニューだった。

「もう、ルナったら。またコミにメソ汁をかけて食べてる」
「……これが一番美味しい食べ方。……譲らない」
「まあまあ、食べ方は人それぞれだ。アレックスなんか塩漬けも全部混ぜたうえに一口で食べるだろ?」

 食事の席は、いつもよりもなんだか賑やかだった。
 その理由は言うまでもない。

 会話をし、箸を動かしながらも三人の目はチラチラと少年に向けられている。

 よほどお腹が減っていたのだろうか、少年は夢中でコミを掻き込み、メソ汁を飲み、塩漬けをポリポリと食べていた。
 
 少年の食べている姿を眺めているだけで、彼女たちならコミをどんぶり三杯はいけるだろう。

「それで……ルナ、さっきの話の続きを聞かせてもらってもいいか?」
「……分かった」

 少年のおかげでいつも以上のハイペースで食べ終わったリディアが、少食な為に同じく食べ終わっているルナに問いかけた。
 ミゼルはまだもぐもぐと食べているが、耳は空いているので問題ない。

「……さっきの話の前に……わたしたちが、どうやって言葉を伝えているか知ってる?」
「どうやっても何も、口から声を出せば自然と伝わるだろ?」

 ミゼルもこくこくと頷いてそれに同意する。

「……じゃあ、魔物の言葉が私たちに理解できないのは、なんでだと思う?」
「それは……」
「もぐもぐ……単純に言語体系が違うから、じゃないの?」
「……違う。……正解は、魔力の質が違うから」
「魔力の、質……?」
「初めて聞く話だわ……」

 ルナの言葉に、学者肌のミゼルは興味を抑えられなくなったのだろう。
 箸を置いて、真剣に聴き始めた。

「……わたしたちは、声に魔力を込めて話してる。……それは意識してできることじゃない。……呼吸と同じで、体が勝手にやってる」
「魔術を使うときは、意識してやってるけど?」
「……魔術は、言葉の持つ意味に魔力を込めている。声にじゃない」
「そうだったんだ……」
「……ミゼルは頭がいいけど、まだお子ちゃまだから知らなくても仕方がない」
「むぅ……っ」

 十二、三歳の欠食児童にしか見えないルナだが、長命なエルフ族であるため、年齢はすでに百歳近い。
 二十三歳のミゼルがお子ちゃまだと言われても仕方のないことではあるが、言われたミゼルは不満げに頬を膨らませた。

「それくらいにしておけ。ルナ、続きを」
「……分かった。……声に込められた魔力を受け取ることで、わたしたちはその意味を理解できる。……でも、受け取ることが出来るのは同質の魔力だけ」
「……種族が違うと、魔力の質が変わってしまうということ?」
「……そう。……だから、人は魔物と会話ができない。……人間、エルフ、獣人なんかがもともと一つの種族だったと言われているのは、言葉が通じるから」
「そんな学説、初めて聞いたわ」
「……人間は、認めない」
「…………そうね」
「…………ああ、残念だがな」

 この世界の最大勢力である人間は、それ以外の種族を見下し、差別していた。
 特に、最も醜いとされるエルフ族などは、街の出入りを拒否されることすらあるくらいだ。

「だが、その説でいくと少年は人間ではないということになってしまうんじゃないか?」
「……そうじゃない。……さっきも言ったけど、その子の声には魔力がない。……もしかしたら、何らかの障害を持って生まれたから、捨てられたのかも」
「そんな…………」

 生まれてからずっと、少年は言葉の分からない世界で生きてきたのか。
 そしてそんな少年を、彼の家族は無慈悲にも捨てたというのか。

 三人の視線が少年に集まる。

 人から拒絶される痛みは、誰よりも知っていた。
 知っているからこそ、少年の痛みが自分たちに匹敵するものだと理解した。

 リディアたちは女だ。
 覚悟さえ決めれば、冒険者でもなんでもやって、ひとりでも生きていくことができる。

 だが男である少年はそうはいかない。
 筋力でも魔力でも女に劣る男は、本来守られるべき存在なのだ。
 
 労働者のほぼ全員が女という世の中だし、そもそも言葉が通じないのでは働こうにも働けないだろう。

 少年が見つめられていることに気づき、顔を上げた。
 リディアとミゼルはその視線を受け止めることができたが、ルナはさっと顔を逸らす。

「大丈夫だ、ルナ。彼はお前を拒絶したりしない」
「……わたしはエルフ。……この世の誰より醜い種族」
 
 小さく首を振り、ルナは立ち上がった。
 
 いくら少年がリディアやミゼルを受け入れられたのだしても、それは同族の人間だから。
 異種族の、しかもエルフである自分が受け入れられるわけがない。
  
 最初から、諦めていた。
 期待すらしなかった。

 それでもルナがここに現れたのは、仲間たちの幸せな姿を確認したかったからだ。
 
「……じゃあ、説明もしたし、もう帰るから」
「待って!」

 立ち去ろうとするルナの手を、ミゼルが強く掴んだ。


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