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第二章
五人目の仲間
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流通の要所であるセバルからは、ティナーク王国領土内の主要な都市に向かって整備された街道がいくつも伸びている。
当然、その街道は天使教の総本山であるファムール聖王国との間にも結ばれているため、馬車などを利用すれば六日、徒歩ならば十日もあれば二つの間を往復することができた。
しかし……
「帰ったぞ」
家の扉を開け、リディアが自らの帰宅を告げたのは、マリアベルを迎えにセバルを離れてから四日後のことだった。
「お帰りなさい、リディア」
「……おかえり」
「おう、おかえり」
リビングに集まっていた仲間たちが振り向き、出迎えの言葉を口にする。
普通なら、馬車を利用しても片道三日はかかる距離をどうやって四日で往復したのかと驚くのだろうが、彼女たちにその様子はない。
なぜなら彼女たちはA級冒険者パーティー────人間の枠を遥かに超えた、超人の集まりなのだ。
リディアがその常人離れした脚力で一日とかからずファムールまでたどり着き、帰りはマリアベルとともに三日かけて馬車で戻ってくることくらい、行く前から分かっていたことだった。
むしろ、『マリアベルを説得して連れてくる』という役割さえなければ、リディアよりも身体能力の高いアレックスや、転移魔術を使えるミゼルの方が速く往復できるくらいだ。
移動速度だけでいうなら、リディアははぐれ者達の中では遅い方に分類されるのである。
腰に帯いていた剣を下ろし、リディアが視線を一点に集中させた。
その先にあるのは当然、彼女の愛するただひとりの男。
未だ名も知らぬ、可愛らしい少年の姿だ。
少年の方でもリディアの姿を見つけると、その天使のような顔に溢れんばかりの笑みを浮かべ、ソファーから飛び降りてリディアのもとに駆け寄ってきた。
「○×$&、□#%▽」
「ああ、ただいま」
床に膝をつき、駆け寄ってきた少年を抱きとめる。
少年の体は温かくて、柔らかくて、いい匂いがした。
ほんの四日離れていただけだというのに、どうしようもないくらい愛おしさがこみ上げてきて、リディアは少年の体に回した腕に力を込めた。
すると、少年もまたリディアの背に回した小さな手に力を込め、キュッと抱きついてきてくれた。
「あぁ……」
幸せのあまり思わず漏れたリディアの吐息が耳にかかったのか、少年がくすぐったそうに身をよじる。
かわいい。
かわいすぎる。
もうセックスするしかない。
と、リディアが女の本能に支配されかかったところで、
「……リディア、ベルは?」
いつの間にか近づいてきたルナが、そう問いかけてきた。
「ん? ああ、マリアか? 彼女なら、ここまで来たはいいものの、やはりまだ覚悟が決まらないようでな。今は家の外で心の準備とやらをしているよ」
「……ベルは臆病だから、待つだけ無駄。……バカ虎、連れてきて」
「おう」
ルナに言われ、アレックスが肩を回しながら立ち上がった。
その姿に不穏なものを感じたのか、ミゼルが心配そうに声をかける。
「ちょっとアレックス、あんまり乱暴にしないのよ?」
「分かってるって。爪たてなきゃいいんだろ?」
拳を作り、指をポキポキと鳴らしながらアレックスが言う。
爪はたてないのだろうが、殴るつもりはあるようだ。
「……バカ虎に頼んだわたしがバカだった。……連れてくる」
そして結局、ルナが迎えにいくことになるのだった。
◇
「〈保護《プロテクション》〉」
マリアベルの掌が金色に輝き、その光がソファーに横たわったアレックスの腹部へと吸い込まれていく。
「……これで、大丈夫です。病や毒、異質な魔力が新たに芽生えた命を害することはないでしょう」
「なんだか、腹がポカポカするな」
「〈保護《プロテクション》〉が効いている証拠ですよ。大体ひと月くらいは効果が続きますので、その頃にまたかけ直しましょう」
「おう。ありがとうな、マリア。これで安心して暴れられる」
「いえ、暴れないでください」
小さくため息をつきつつも、マリアベルの顔には仄かな笑みが浮かんでいた。
ルナに手を引かれて家に入ってきた時には緊張で固まっていた表情も、気心を許すことのできる仲間に囲まれていれば自然と緩んでくる。
だがそれは、あくまでも表面的な部分だけだ。
心に重く圧しかかる不安が払拭されたわけではない。
マリアベルの魔力反射による周囲認識能力は、ひとりの人間を────彼女の十八年の人生で関わることなどほとんどなかった『男』の存在を、常に意識してしまっているのだ。
「…………っ」
少年は、マリアベルのすぐ近くにいた。
そしてアレックスに〈保護〉を施すマリアベルの姿を、じっと観察していた。
少年の視線を感じるたび、マリアベルの背中や脇、手のひらにじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
リディアは少年が自分のように醜い外見を持つ者を厭わないと言っていたが、それを心から信じられるほど優しい人生を、マリアベルは送ってきていない。
「私は旅の汗を流してこようと思うが…………マリアはどうする?」
マリアベルが大量に発汗していることを察したのか、リディアがそう声をかけてきてくれた。
「わ、私は、その…………後で、ひとりで入らせていただきます」
本当はすぐにでも浴室に駆け込んで汗を流し、新しい服に着替えたいのだが、マリアベルはリディアの提案を断った。
少年の視線から逃れたかったし、汗臭いなどと思われたくはない。
だが、リディアとともに入るわけにはいかないのだ。
ともに旅をし、多くの時間を過ごしてきた仲間ではあるが、風呂だけは一緒に入ったことがなかった。
そうしなければならない理由が、マリアベルにはあるのだ。
「……分かった。では、私は彼と一緒にひとっ風呂浴びてくるとしよう」
「あ、私も行くわ」
「……わたしも」
「もちろん、おれもいくぜ」
「そうか、じゃあ、先に行っててくれ」
わいわいと少年を囲んで風呂場に向かう仲間を見送りつつ、リディアがマリアベルに向き直る。
「マリア、私ならお前の恐怖や不安を理解できる……とは言わない。私もお前も、今まで苦しみながら生きてきたが、それはそれぞれに違う苦しみだと思うからな」
「……リディアさん」
「だが、これだけは言わせてもらおう。彼は────お前のことを見て、嫌悪の表情など浮かべていなかった。それどころか、アレックスに〈保護〉をかける姿を見て、憧れの眼差しを向けていたくらいだ」
「そ……そんな、まさか……」
信じがたいことだった。
仲間たちは別にしても、今までどれだけ回復術を使い人を救おうと、便利な道具としてしか見られたことはなかったのだ。
「彼は、そういう男なんだ。優しくて、純粋で、そしてとても温かい。まるで、汚れを知らない天使のようにな」
「天使……」
「マリア、彼を信じろ。彼はお前を受け入れてくれる。お前のことも、私たちと同じように愛してくれる」
迷いも恐れも、消えてはいない。
だが、天使という言葉が、逃げ出さないだけの小さな勇気をマリアベルに与えてくれた。
「私たちと入れ替わりで風呂に入ったら、部屋で待っていてくれ。私が彼を連れて行く」
リディアの言葉に、マリアベルは静かに頷きを返した。
当然、その街道は天使教の総本山であるファムール聖王国との間にも結ばれているため、馬車などを利用すれば六日、徒歩ならば十日もあれば二つの間を往復することができた。
しかし……
「帰ったぞ」
家の扉を開け、リディアが自らの帰宅を告げたのは、マリアベルを迎えにセバルを離れてから四日後のことだった。
「お帰りなさい、リディア」
「……おかえり」
「おう、おかえり」
リビングに集まっていた仲間たちが振り向き、出迎えの言葉を口にする。
普通なら、馬車を利用しても片道三日はかかる距離をどうやって四日で往復したのかと驚くのだろうが、彼女たちにその様子はない。
なぜなら彼女たちはA級冒険者パーティー────人間の枠を遥かに超えた、超人の集まりなのだ。
リディアがその常人離れした脚力で一日とかからずファムールまでたどり着き、帰りはマリアベルとともに三日かけて馬車で戻ってくることくらい、行く前から分かっていたことだった。
むしろ、『マリアベルを説得して連れてくる』という役割さえなければ、リディアよりも身体能力の高いアレックスや、転移魔術を使えるミゼルの方が速く往復できるくらいだ。
移動速度だけでいうなら、リディアははぐれ者達の中では遅い方に分類されるのである。
腰に帯いていた剣を下ろし、リディアが視線を一点に集中させた。
その先にあるのは当然、彼女の愛するただひとりの男。
未だ名も知らぬ、可愛らしい少年の姿だ。
少年の方でもリディアの姿を見つけると、その天使のような顔に溢れんばかりの笑みを浮かべ、ソファーから飛び降りてリディアのもとに駆け寄ってきた。
「○×$&、□#%▽」
「ああ、ただいま」
床に膝をつき、駆け寄ってきた少年を抱きとめる。
少年の体は温かくて、柔らかくて、いい匂いがした。
ほんの四日離れていただけだというのに、どうしようもないくらい愛おしさがこみ上げてきて、リディアは少年の体に回した腕に力を込めた。
すると、少年もまたリディアの背に回した小さな手に力を込め、キュッと抱きついてきてくれた。
「あぁ……」
幸せのあまり思わず漏れたリディアの吐息が耳にかかったのか、少年がくすぐったそうに身をよじる。
かわいい。
かわいすぎる。
もうセックスするしかない。
と、リディアが女の本能に支配されかかったところで、
「……リディア、ベルは?」
いつの間にか近づいてきたルナが、そう問いかけてきた。
「ん? ああ、マリアか? 彼女なら、ここまで来たはいいものの、やはりまだ覚悟が決まらないようでな。今は家の外で心の準備とやらをしているよ」
「……ベルは臆病だから、待つだけ無駄。……バカ虎、連れてきて」
「おう」
ルナに言われ、アレックスが肩を回しながら立ち上がった。
その姿に不穏なものを感じたのか、ミゼルが心配そうに声をかける。
「ちょっとアレックス、あんまり乱暴にしないのよ?」
「分かってるって。爪たてなきゃいいんだろ?」
拳を作り、指をポキポキと鳴らしながらアレックスが言う。
爪はたてないのだろうが、殴るつもりはあるようだ。
「……バカ虎に頼んだわたしがバカだった。……連れてくる」
そして結局、ルナが迎えにいくことになるのだった。
◇
「〈保護《プロテクション》〉」
マリアベルの掌が金色に輝き、その光がソファーに横たわったアレックスの腹部へと吸い込まれていく。
「……これで、大丈夫です。病や毒、異質な魔力が新たに芽生えた命を害することはないでしょう」
「なんだか、腹がポカポカするな」
「〈保護《プロテクション》〉が効いている証拠ですよ。大体ひと月くらいは効果が続きますので、その頃にまたかけ直しましょう」
「おう。ありがとうな、マリア。これで安心して暴れられる」
「いえ、暴れないでください」
小さくため息をつきつつも、マリアベルの顔には仄かな笑みが浮かんでいた。
ルナに手を引かれて家に入ってきた時には緊張で固まっていた表情も、気心を許すことのできる仲間に囲まれていれば自然と緩んでくる。
だがそれは、あくまでも表面的な部分だけだ。
心に重く圧しかかる不安が払拭されたわけではない。
マリアベルの魔力反射による周囲認識能力は、ひとりの人間を────彼女の十八年の人生で関わることなどほとんどなかった『男』の存在を、常に意識してしまっているのだ。
「…………っ」
少年は、マリアベルのすぐ近くにいた。
そしてアレックスに〈保護〉を施すマリアベルの姿を、じっと観察していた。
少年の視線を感じるたび、マリアベルの背中や脇、手のひらにじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
リディアは少年が自分のように醜い外見を持つ者を厭わないと言っていたが、それを心から信じられるほど優しい人生を、マリアベルは送ってきていない。
「私は旅の汗を流してこようと思うが…………マリアはどうする?」
マリアベルが大量に発汗していることを察したのか、リディアがそう声をかけてきてくれた。
「わ、私は、その…………後で、ひとりで入らせていただきます」
本当はすぐにでも浴室に駆け込んで汗を流し、新しい服に着替えたいのだが、マリアベルはリディアの提案を断った。
少年の視線から逃れたかったし、汗臭いなどと思われたくはない。
だが、リディアとともに入るわけにはいかないのだ。
ともに旅をし、多くの時間を過ごしてきた仲間ではあるが、風呂だけは一緒に入ったことがなかった。
そうしなければならない理由が、マリアベルにはあるのだ。
「……分かった。では、私は彼と一緒にひとっ風呂浴びてくるとしよう」
「あ、私も行くわ」
「……わたしも」
「もちろん、おれもいくぜ」
「そうか、じゃあ、先に行っててくれ」
わいわいと少年を囲んで風呂場に向かう仲間を見送りつつ、リディアがマリアベルに向き直る。
「マリア、私ならお前の恐怖や不安を理解できる……とは言わない。私もお前も、今まで苦しみながら生きてきたが、それはそれぞれに違う苦しみだと思うからな」
「……リディアさん」
「だが、これだけは言わせてもらおう。彼は────お前のことを見て、嫌悪の表情など浮かべていなかった。それどころか、アレックスに〈保護〉をかける姿を見て、憧れの眼差しを向けていたくらいだ」
「そ……そんな、まさか……」
信じがたいことだった。
仲間たちは別にしても、今までどれだけ回復術を使い人を救おうと、便利な道具としてしか見られたことはなかったのだ。
「彼は、そういう男なんだ。優しくて、純粋で、そしてとても温かい。まるで、汚れを知らない天使のようにな」
「天使……」
「マリア、彼を信じろ。彼はお前を受け入れてくれる。お前のことも、私たちと同じように愛してくれる」
迷いも恐れも、消えてはいない。
だが、天使という言葉が、逃げ出さないだけの小さな勇気をマリアベルに与えてくれた。
「私たちと入れ替わりで風呂に入ったら、部屋で待っていてくれ。私が彼を連れて行く」
リディアの言葉に、マリアベルは静かに頷きを返した。
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