どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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第二章

その頃の仲間たち

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 リディアがマリアベルを迎えにファムールへと旅立った翌日。
 家に残ったミゼル、ルナ、アレックスの三人と少年は、朝食を食べる為リビングに集まっていた。

 今日の食事当番はルナ。

 テーブルの上には彼女が作ったいくつもの料理が並んでいるのだが…………

「おいルナ。なんだこれ」

 自分の目の前に置かれた料理を見て、アレックスが声を上げた。
 その声には、多分に不機嫌な成分が含まれている。

「……それは朝食という。……朝に食べるご飯だ、バカ虎」

 アレックスの睨みつけるような視線を意に介さず、ルナは野菜スティックをポリポリと齧りながらしれっと答えた。
 
 その態度にイラッときたアレックスがテーブルを叩こうと拳を上げるが、同じテーブルで少年がご飯を食べていることを思い出し、息を吐きながらゆっくりと手を下ろしていく。

「……そういうことを言ってるんじゃねぇ。なんで草しかないのかって聞いてんだ」

 アレックスの不機嫌の原因は、朝食のメニューにあった。
 虎人フゥ族であるアレックスは基本的に肉しか食べず、野菜類などはほんの少し摂取すれば事足りる。

 それははぐれ者達マーヴェリックスの仲間なら皆知っていることだし、特に一番長い時間をともに過ごしてきたルナならばなおさらだ。

 だというのに、食卓に並んでいるのは野菜ばかりで、肉の切れ端すら用意されていない。

「……よく見ろバカ虎、葉物野菜だけじゃなくてちゃんと豆とかもある。……栄養バランスはバッチリ」
 
 しかし、ルナは悪びれた様子もなくそう返してきた。

「おれは肉を食ってりゃバランスが取れるんだよ」
「……肉しか食わないから、バカは体だけ無駄に大きくなってしまった」
「お前が小さいんだよ! 草しか食わねぇから! っていうかいま、『虎』を省略したよな!? ただバカって言ったよな!?」

 声を荒げるアレックスと、静かにからかい続けるルナ。

 いつもどおりと言えば、いつもどおりの光景だ。
 だが、これ以上ヒートアップすると少年の食事の邪魔になると思い、ミゼルが仲裁に入る。

「やめなさいよ二人共……アレックス、あなたもうすぐお母さんになるんだし、生まれてくる子供のお手本になれるように、野菜もその練習だと思って食べてみたら?」
「いいんだよ、おれの子供は肉を食って強く育てば。強くなって、おれと一緒におと…………こいつを守ることができれば、それでいいんだ」
「……いま、お父さんって言おうとした」
「うるせぇ、チビエルフ!」
「もう、やめなさいってば……ルナだって、アレックスの赤ちゃんのことを考えて、ちゃんと野菜も食べたほうがいいと思ったからこのメニューにしたんでしょ? それを伝えてあげないとダメじゃない」

 ミゼルの言葉に、アレックスが目を丸くしてルナを見る。

「……そうなのか?」
「…………芽キャベとか、春菜がいいって聞いたことがある」

 視線を逸らしながら、ルナが答えた。

 テーブルの上を見てみれば、確かにルナが言った一口サイズの芽キャベや、青々とした春菜が多く見受けられる。
 
「……………………」
「……………………」

 気まずさからルナは無言になり、アレックスの苛立ちもまた急速に萎んでいった。
 
「…………次は、肉も用意しとけよな」

 そう言いながら、アレックスは目の前に置かれた野菜に手を伸ばした。
 
 嫌がらせではなく、いたずらでもなく、不器用な優しさによって用意されたその朝食を、アレックスは「苦い」だとか「マズイ」などと文句を言いながらもあっという間に平らげていく。

 それを横目でチラチラと見ていたルナが、

「……次は、もっと苦い野菜を用意しとく」
 
 照れ隠しにそう呟けば。

「なら、お前が妊娠した時には、おれが山ほど肉を焼いてやるよ」

 アレックスがそう切り返す。

「ほんと、二人とも素直じゃないんだから……」

 そんな二人の掛け合いを見ながら、ミゼルは穏やかな笑みを浮かべた。

 こんな幸せが、いつまでも続けばいいと思う。
 心から思う。

 だが、ミゼルとて忘れたわけではなかった。

 リディアがマリアベルを連れ帰り、はぐれ者達マーヴェリックスのメンバーが全員揃えば、改めて少年をどうするか話し合うことになるということを。

 森や湖の近くに引っ越すだとか、子供をたくさん作りたいだとか、そういった話はミゼルたちが一方的に抱いている『夢』であり、そこに少年の意思は含まれていないのだ。

 本音を言えば、このまま少年を家の中に閉じ込めてでも、ずっと一緒に暮らしていきたい。
 そう考えているのは、ミゼルだけではないだろう。

 だがそれでは、少年のことを『奴隷』として扱っているのと何ら変わりない。

 そんなことは、できなかった。
 少年の存在は、ミゼルたちにとって『所有物』でも『性欲のはけ口』でもない。

『生きる希望』そのものなのだ。

 その希望を、光を、自分たちよりも下の奴隷という身分に貶めておけるはずがない。

「ふぅ」

 誰にも聞こえぬように、ミゼルは小さなため息をついた。
 
 話し合いをすれば、おそらくは引越しの準備を進めつつ、並行して少年に文字を教えるという結論に落ち着くだろう。

 そして、コミュニケーションが取れるくらいに少年が文字を理解したら、その時こそ少年の意思を確認することになる。

 ミゼルは、願わずにはいられなかった。

 少年が自分の意思を伝えられるようになったその時、どうか自分たちと一緒に生きる道を選んでくれますように、と。

 ちらりと視線を動かした。
 
 その視線の先にいる少年は、ただ幸せそうに、エルフ豆を発酵させた『ナットゥ』ご飯をむしゃむしゃと食べていた。
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