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第四章
庇護する者
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「さて……引き受けたはいいけれど、どうしたもんかねぇ……」
前金として受け取った金貨200枚入りの袋を手の上で弄びながら、シャーラは思案に暮れていた。
少し離れた場所には、一軒の家が見えている。
一体どれほどの金がかかっているのか分からないほど、大きくて豪奢な造りの家だ。
「…………」
シャーラは目を細め、無言でその家を見つめた。
一見、防犯に力を入れているようには見えないのだが、近寄りがたい何かを感じる。
その『何か』が何なのかを感じ取るため、シャーラはあえて、一歩前に出た。
そのとたん────
ゾクリ
と、背筋に冷たいものが走り、シャーラは思わず退いた。
行けば死ぬ。
長年、裏の仕事で貴族や豪商の屋敷に忍び込んで来たシャーラの勘が、そう告げているのだ。
「……ちっ、まったく、ダメな女だねぇ。なんだいそのザマは」
震える両手を誤魔化すように腕組みをしつつ、シャーラは自らを嘲るような呟きを漏らした。
やはり、はぐれ者たちは噂通りの化け物のようだ。
もちろん、シャーラが言っているのは彼女たちの外見のことではない。
その能力だけを見たとしても、はぐれ者たちという冒険者パーティーは、紛れもなく化け物の集まりなのだ。
無限の魔力を持つという魔術師のミゼル。
追跡と隠密術の達人であり、狙った的は決して外さないという射手のルナ。
素手で魔獣を引き裂くという獣人のアレックス。
死んでいなければどんな傷でも癒すという回復術師のマリアベル。
そして、それらの超人たちをまとめあげ、自身も剣と体術と魔術を高いレベルで使いこなすというリーダーのリディア。
そんな相手の住む家から、一体どうやって少年を救い出せばいいのか…………
まず、正攻法で正面から挑むのは論外だ。
もし戦いになれば、シャーラは一秒と待たずにこの世を去ることになるだろう。
かといって、こっそり忍び込むこともまた、容易ではない。
優れた冒険者は戦闘能力だけでなく、普段の危機管理にも気を配っているものだからだ。
はぐれ者たちは戦闘能力に特化したパーティーだと聞くが、人員構成のバランスの良さといい、難易度の高い討伐依頼をこなしながらも、これまで一人も欠員を出さなかったことといい、安全面にも十分に気を配っているのは疑いようもない。
「……とにもかくにも、様子見かねぇ」
この場で考えを巡らせたところで、突然いいアイデアが降ってくるとも思えなかった。
シャーラは一度ため息をつくと、金貨の袋を鞄にしまい、その場を後にした。
◇
それから、数十分後。
シャーラの姿は、薄暗い路地裏にあった。
そこは、華やかな商業都市であるセバルの、もうひとつの側面。
職を失った浮浪者や、親に捨てられた子供たち、そして光の当たる世界では生きられない犯罪に手を染めた、裏社会の住人たちが住む場所。
────セバル貧民街である。
いくつもの狭い道を通り抜け、シャーラは目的の場所にたどり着いた。
貧民街の外れに建てられた、簡素だがしっかりとした作りの平屋だ。
コン、ココン、ココン、コン
と、独特なリズムでシャーラがその扉を叩くと、内側から鍵の外れる音が聞こえ、扉が開かれた。
「あ、おかえりっす、姉御」
シャーラを出迎えたのは、背の低いひとりの少女。
『蛇龍』に所属する唯一のチームメンバーである、ドワーフ族のマァルだ。
この世で最も美しい種族とされるドワーフ族らしく、マァルは手足が短くて、全体的にポッチャリとしていて、スタイルはそれなりにいい。
しかし、前髪の下に隠れている大きくてぱっちりとした目や、横方向への広がりが足りない鼻、割れていない顎といった顔の醜さが、全てを台無しにしてしまっていた。
社会的な地位の高いドワーフ族であるにも関わらず、マァルがこんなところにいるのはその為だ。
醜い容姿のせいで、親に捨てられたのである。
そしてまだ小さい頃に貧民街に流れ着き、衰弱して死にかけていたのを、シャーラが拾いあげたのだ。
最初はシャーラの異様な外見に怯えていたマァルだったが、ともに過ごすうちにシャーラのことを『姉御』と呼んで慕うようになり、成長したあとはシャーラがいくら止めても頑なに『蛇龍』への加入を志願し、結局はシャーラが折れて今に至っている。
「ああ、今帰ったよ、マァル。子供たちはどうだい?」
マァルの赤茶けた髪の毛をクシャクシャと撫でまわしながら、シャーラが尋ねた。
「みんな、元気にしてるっすよ。朝から元気すぎたせいで、今は昼寝してるっすけど」
「そうかい」
マァルの言葉に、シャーラは口元に笑みを浮かべた。
ここは、シャーラが運営する児童養護施設なのだ。
親に捨てられたり、両親が死んでしまったりした貧民の子供たちを拾ってきては、シャーラが面倒を見ているのである。
もっとも、実際に子供たちの世話をするのは、シャーラ自身が面接をしたうえで雇った貧民の女や『蛇龍《サーペント》』唯一のチームメンバーであるマァルであり、シャーラが子供の前に姿を現すことはほとんどない。
マァルが懐いてくれたのは例外中の例外で、それ以外の子供が自分の姿を見ればどんな反応を示すかなど、分かりきったことだからだ。
シャーラは一度視線を扉の奥に送ると、顎をしゃくってマァルに「ついてきな」と指示を出し、歩きだした。
「……暫く留守にするから、子供たちは任せたよ」
そして歩きながら、シャーラはマァルに対して端的に要件を伝える。
「仕事っすか?」
「ああ、そうだよ。今回は荒事じゃないから、あんたの出番はないけどね」
いつも以上に短いシャーラの言葉に何かを感じ取り、マァルが苦いものを噛んだような顔をした。
「……ヤバイ仕事っすか?」
シャーラの服を掴んで歩みを止め、マァルは硬い表情で尋ねた。
『蛇龍』は、冒険者としての表の仕事以外に、正規のギルドを通さない裏の仕事も引き受けている。
その主な内容は、奪われたり、盗まれたり、不当に搾取されたものを盗み返すことだ。
必然的に相手は金持ちや権力者が多くなるため、危険度もそれなりに高い。
そしてその危険度が高ければ高いほど、シャーラが自分を遠ざけようとすることを、マァルは知っていた。
「……まあ、それなりにねぇ」
マァルの真剣な視線に嘘を返すことができず、シャーラは諦めたような表情でそう答えた。
「じゃあ、やっぱり自分もついていくっす」
「ダメだ」
即座に拒否され、泣きそうな顔になるマァルの頭に、シャーラはまた手を乗せた。
そして、できるだけ穏やかな声で語りかける。
「そもそも最初のところは、あんたが居たって、役に立ちゃあしないんだよ。あんたの出番は、アタシが無事に帰ってきてからさ」
「無事にって……姉御、いったい、どんな仕事引き受けたんすか?」
いつになく悲観的なことをいうシャーラに、不安を募らせたマァルが問いかけた。
それに対し、
「そうさねぇ…………魔王の城から、囚われの王子様を救い出す仕事だよ」
シャーラはあえておどけたように、ウインクをしながらそう返すのだった。
前金として受け取った金貨200枚入りの袋を手の上で弄びながら、シャーラは思案に暮れていた。
少し離れた場所には、一軒の家が見えている。
一体どれほどの金がかかっているのか分からないほど、大きくて豪奢な造りの家だ。
「…………」
シャーラは目を細め、無言でその家を見つめた。
一見、防犯に力を入れているようには見えないのだが、近寄りがたい何かを感じる。
その『何か』が何なのかを感じ取るため、シャーラはあえて、一歩前に出た。
そのとたん────
ゾクリ
と、背筋に冷たいものが走り、シャーラは思わず退いた。
行けば死ぬ。
長年、裏の仕事で貴族や豪商の屋敷に忍び込んで来たシャーラの勘が、そう告げているのだ。
「……ちっ、まったく、ダメな女だねぇ。なんだいそのザマは」
震える両手を誤魔化すように腕組みをしつつ、シャーラは自らを嘲るような呟きを漏らした。
やはり、はぐれ者たちは噂通りの化け物のようだ。
もちろん、シャーラが言っているのは彼女たちの外見のことではない。
その能力だけを見たとしても、はぐれ者たちという冒険者パーティーは、紛れもなく化け物の集まりなのだ。
無限の魔力を持つという魔術師のミゼル。
追跡と隠密術の達人であり、狙った的は決して外さないという射手のルナ。
素手で魔獣を引き裂くという獣人のアレックス。
死んでいなければどんな傷でも癒すという回復術師のマリアベル。
そして、それらの超人たちをまとめあげ、自身も剣と体術と魔術を高いレベルで使いこなすというリーダーのリディア。
そんな相手の住む家から、一体どうやって少年を救い出せばいいのか…………
まず、正攻法で正面から挑むのは論外だ。
もし戦いになれば、シャーラは一秒と待たずにこの世を去ることになるだろう。
かといって、こっそり忍び込むこともまた、容易ではない。
優れた冒険者は戦闘能力だけでなく、普段の危機管理にも気を配っているものだからだ。
はぐれ者たちは戦闘能力に特化したパーティーだと聞くが、人員構成のバランスの良さといい、難易度の高い討伐依頼をこなしながらも、これまで一人も欠員を出さなかったことといい、安全面にも十分に気を配っているのは疑いようもない。
「……とにもかくにも、様子見かねぇ」
この場で考えを巡らせたところで、突然いいアイデアが降ってくるとも思えなかった。
シャーラは一度ため息をつくと、金貨の袋を鞄にしまい、その場を後にした。
◇
それから、数十分後。
シャーラの姿は、薄暗い路地裏にあった。
そこは、華やかな商業都市であるセバルの、もうひとつの側面。
職を失った浮浪者や、親に捨てられた子供たち、そして光の当たる世界では生きられない犯罪に手を染めた、裏社会の住人たちが住む場所。
────セバル貧民街である。
いくつもの狭い道を通り抜け、シャーラは目的の場所にたどり着いた。
貧民街の外れに建てられた、簡素だがしっかりとした作りの平屋だ。
コン、ココン、ココン、コン
と、独特なリズムでシャーラがその扉を叩くと、内側から鍵の外れる音が聞こえ、扉が開かれた。
「あ、おかえりっす、姉御」
シャーラを出迎えたのは、背の低いひとりの少女。
『蛇龍』に所属する唯一のチームメンバーである、ドワーフ族のマァルだ。
この世で最も美しい種族とされるドワーフ族らしく、マァルは手足が短くて、全体的にポッチャリとしていて、スタイルはそれなりにいい。
しかし、前髪の下に隠れている大きくてぱっちりとした目や、横方向への広がりが足りない鼻、割れていない顎といった顔の醜さが、全てを台無しにしてしまっていた。
社会的な地位の高いドワーフ族であるにも関わらず、マァルがこんなところにいるのはその為だ。
醜い容姿のせいで、親に捨てられたのである。
そしてまだ小さい頃に貧民街に流れ着き、衰弱して死にかけていたのを、シャーラが拾いあげたのだ。
最初はシャーラの異様な外見に怯えていたマァルだったが、ともに過ごすうちにシャーラのことを『姉御』と呼んで慕うようになり、成長したあとはシャーラがいくら止めても頑なに『蛇龍』への加入を志願し、結局はシャーラが折れて今に至っている。
「ああ、今帰ったよ、マァル。子供たちはどうだい?」
マァルの赤茶けた髪の毛をクシャクシャと撫でまわしながら、シャーラが尋ねた。
「みんな、元気にしてるっすよ。朝から元気すぎたせいで、今は昼寝してるっすけど」
「そうかい」
マァルの言葉に、シャーラは口元に笑みを浮かべた。
ここは、シャーラが運営する児童養護施設なのだ。
親に捨てられたり、両親が死んでしまったりした貧民の子供たちを拾ってきては、シャーラが面倒を見ているのである。
もっとも、実際に子供たちの世話をするのは、シャーラ自身が面接をしたうえで雇った貧民の女や『蛇龍《サーペント》』唯一のチームメンバーであるマァルであり、シャーラが子供の前に姿を現すことはほとんどない。
マァルが懐いてくれたのは例外中の例外で、それ以外の子供が自分の姿を見ればどんな反応を示すかなど、分かりきったことだからだ。
シャーラは一度視線を扉の奥に送ると、顎をしゃくってマァルに「ついてきな」と指示を出し、歩きだした。
「……暫く留守にするから、子供たちは任せたよ」
そして歩きながら、シャーラはマァルに対して端的に要件を伝える。
「仕事っすか?」
「ああ、そうだよ。今回は荒事じゃないから、あんたの出番はないけどね」
いつも以上に短いシャーラの言葉に何かを感じ取り、マァルが苦いものを噛んだような顔をした。
「……ヤバイ仕事っすか?」
シャーラの服を掴んで歩みを止め、マァルは硬い表情で尋ねた。
『蛇龍』は、冒険者としての表の仕事以外に、正規のギルドを通さない裏の仕事も引き受けている。
その主な内容は、奪われたり、盗まれたり、不当に搾取されたものを盗み返すことだ。
必然的に相手は金持ちや権力者が多くなるため、危険度もそれなりに高い。
そしてその危険度が高ければ高いほど、シャーラが自分を遠ざけようとすることを、マァルは知っていた。
「……まあ、それなりにねぇ」
マァルの真剣な視線に嘘を返すことができず、シャーラは諦めたような表情でそう答えた。
「じゃあ、やっぱり自分もついていくっす」
「ダメだ」
即座に拒否され、泣きそうな顔になるマァルの頭に、シャーラはまた手を乗せた。
そして、できるだけ穏やかな声で語りかける。
「そもそも最初のところは、あんたが居たって、役に立ちゃあしないんだよ。あんたの出番は、アタシが無事に帰ってきてからさ」
「無事にって……姉御、いったい、どんな仕事引き受けたんすか?」
いつになく悲観的なことをいうシャーラに、不安を募らせたマァルが問いかけた。
それに対し、
「そうさねぇ…………魔王の城から、囚われの王子様を救い出す仕事だよ」
シャーラはあえておどけたように、ウインクをしながらそう返すのだった。
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