どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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終章

強者

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「────そこまでだ」

 ただ呟くように放たれたその言葉は、不思議と戦場と化した平原で戦いを繰り広げていた者たち、全ての耳に届いた。

 そしてその声を受け、それまではどれほど仲間が倒れようとも衰えぬ殺意を向けてきた黒騎士たちが、まるで波が引くように、一斉に武器を構えたまま下がっていく。

 彼女たちをこれほど完璧に統率できる者など、一人しか存在しない。


 クロード・アイーシャ────

 
 初代国王ファナカを彷彿とさせる美貌とカリスマを併せ持ちながら、美に依存した世界を否定する異端の貴族。

 アイーシャの周囲に集まり、素早く陣形を立て直す黒騎士たちを、はぐれ者たちマーヴェリックスの三人は追撃することなく見送った。
 
 戦いは有利に運ぶことが出来たが、少年が敵の手にある間は自分たちに主導権など無いことを、よく理解していたからだ。

 黒騎士たちが引くのに合わせて、リディアたち三人も後ろに下がり、戦闘開始前に立っていた場所に集結する。

「……ずいぶんと手ひどくやられたものだ。私の騎士たちは、決して弱くなど無いはずなのだがな……
 流石は音に聞こえたA級冒険者のはぐれ者たちマーヴェリックス
 噂に違わぬ……いや、噂以上の強者つわものだったようだ」

 すでに半数以上の黒騎士が戦闘不能に追い込まれているにも関わらず、アイーシャに焦る様子は無かった。

 むしろ愉快そうな声で、はぐれ者たちマーヴェリックスの強さを褒め称える。

「なら、さっさと彼を返したらどうだ。これ以上戦いを続けても、結果は見えていると思うが?」

 余裕を崩さぬアイーシャに、無駄とは分かっていながらもリディアが声をかけた。

 だが、返ってきたのは冷笑と、嘲るような視線。
 
 そして……

「来い」

 ごく短い、しかしこれまでに無く力強い一言が、ぶ厚く官能的な唇から放たれた。

 その瞬間────


 ぞわり


 寒気を感じるような鋭い殺気が、リディアたち三人に襲いかかった。

 それはリディアが思わず剣の柄を強く握りしめ、アレックスの体毛が総毛立ち、マリアベルが一歩後退るほどの圧力を伴っていた。

 三人の視線が、その気配の主に集まる。

 ひときわ大きなテントの入り口に掛かった幕を捲り上げ、姿を現したのは、アレックスにも迫るほどの巨体を有する一人の女。

 黒いマントで体を隠してはいるものの、露出した頭部に生えた獣の耳が、彼女が獣人である事を示していた。

「……っ、まさかレアンか……!?」

 灰色の瞳に灰色の髪、そして自分たちを圧倒するような気配を放つ獣人の女など、思い当たる者は一人しかいない。

 そして、その人物は、敵対するならば考え得る限り最悪と言ってもいいような相手であった。


 ────『銀狼』のレアン。

 
 アレックスと同じ先祖返りの獣人にして、世界で唯一、単独ソロでのA級冒険者達成という偉業を成し遂げた女。

 飛龍の群れを全滅させた、戦闘の後で地形が変わった、拳の一撃で山を砕いたなど、到底信じられぬような噂をいくつも持つ、『世界最強』の戦士。
 
 だがリディアは、レアンの姿をひと目見た瞬間、彼女に関する噂が全て真実であったことを理解した。

 なぜなら、リディアの中で常に『最強』と位置づけていたアレックスすら超えるような強者の気配を、レアンから感じ取ったからだ。

「────ガァァアアアアアアッ!!」

「なっ、アレックス、待……っ!」

 不意に隣に立っていたアレックスが吠え、リディアが止める間もなくレアンに向けて突っ込んでいった。

 その速度は、先ほどまで黒騎士たちを蹂躙していた時の比ではない。

 一切の手加減を止めた、完全に本気を出したアレックスの突進だった。

 並の人間であれば触れただけで挽肉になり、ドラゴン巨獣ベヒモスですら、その一撃を食らえば胴体に風穴が開くだろう。

 だが、

「……ふんっ!」

「グゥッ……!」

 レアンはその攻撃を難なく受け流したばかりか、反動を利用した一撃で、アレックスを元いた位置にまで弾き飛ばして見せた。

「アレックス! 大丈夫か、いきなり何を……っ」

 いきなり突進し、そして反撃を受けて戻ってきたアレックスにリディアが詰め寄る。

 アレックスの胎内には、少年との間に出来た命が育まれているのだ。
 それはリディアも同様であり、だからこそ軽率な行動を取るなと注意するつもりだった。

 だがアレックスの表情を見て、リディアは言葉を呑み込んだ。

 かつて無いほどに、アレックスの金色の瞳が怒りに燃えていたからだ。


「…………あの女から、あいつの匂いがしたっ!!」


 ────その言葉を聞いた瞬間、リディアの赤い瞳にも燃えさかる炎のような怒りが宿った。

 アレックスの言う『匂い』に込められた意味を、正確に理解したからだ。

 つまり、あのレアンという女は少年を────

「あぁああああああっ!!」

 同じくアレックスの言葉を聞いていたマリアベルが、普段の彼女からは想像も出来ぬ大声を上げながら、レアンに短杖ワンドを向け、全力の〈反回復術アンチ・ヒーリング〉を放った。

 それと同時に、どこからともなく現れたルナが無数の飛針ひしん(指ほどの長さの細い針)をレアンの急所目掛けて投擲する。

 だが、飛針はマントの一振りで容易く打ち払われ、反回復術アンチ・ヒーリングは────なぜか、効果を発揮しなかった。

「……だめだった」

「どうして、反回復術アンチ・ヒーリングが……っ」

 ルナの飛針が打ち落とされたのは、まだ分かる。
 先祖返りの獣人の視力や反射神経、そして野生の勘を思えば、いくら細くて見えづらい針だとは言え、対処するのは難しい事では無いだろう。

 だが、反回復術アンチ・ヒーリングは別だ。

 魔術的な結界で防ぎでもしない限り、生物が反回復術アンチ・ヒーリングに対抗できるはずが無い。

 動揺するマリアベルの疑問に応えたのは、レアンでは無く、その主であるアイーシャであった。

反回復術アンチ・ヒーリングか……先ほどの戦闘でも見せて貰ったが、天使教の秘術というのは、実に恐ろしいものだな。
 もっとも、それが通用する相手には、であるが。
 ────レアン、マントを取って見せてやれ」

「……はっ」

 アイーシャの命に従い、レアンがこれまで体を覆い隠し続けていたマントを脱ぎ捨てる。

「「…………っ!」」

 その下から現れたモノを見て、ルナとマリアベルが同時に息を飲んだ。

 鍛え上げられたレアンの肉体はもちろん驚嘆に値するものだったが、原因はそれでは無い。
 
 レアンの身につけている装備が問題だったのだ。

 それは、漆黒の軽装鎧ビキニ・アーマーであった。

 その軽装鎧ビキニ・アーマーに使われている、光を一切反射しない、闇を凝縮したかのような金属の正体を、二人は知っていた。

魔王鋼アダマンタイト……」

「なに……っ!? そうか、あれが……」

 マリアベルの愕然とした呟きに、リディアもその正体を知った。


 ────魔王鋼アダマンタイト


 かつて全てを滅ぼすべく生まれ落ちた、世界の反逆者、魔王『アダム』。

 その力は世界のことわりを全て否定し、神の力すら無効化したと言われている。
 
 故に神は、この世界の理から外れた異世界より勇者ファナカを召喚し、魔王を討ち滅ぼさせたのだ。

 だが、死してなお、世界に同化することを拒否した魔王の遺骸は、消滅することも土に還ることも無く残り続けた。

 魔王鋼アダマンタイトとはその名が示す通り、魔王アダムの遺骸に特殊な加工施すことによって作り出された金属なのだ。

 そして魔王鋼アダマンタイトには、魔王の有する特殊な力が、そのまま引き継がれていた。

 世界の理を否定し、神の力すら受け付けぬ力────魔力を無効化する力が。

 実際に見るのはこれが初めてであるが、マリアベルの反回復術アンチ・ヒーリングを無効化した以上、間違いなく本物なのであろう。

「ふふふ……さあ、どうするはぐれ者たちマーヴェリックス狂戦士アレックスの攻撃も、光輪マリアベル反回復術アンチ・ヒーリングも、無風ルナの奇襲も、そしてもちろんミゼルの魔術すら通用しないレアンを相手に、どう立ち向かうつもりだ?
 

 諦めて私に従うか?


 それとも無駄な抵抗をして、その死に様を愛する少年の記憶に残すか?


 もしくは────




















 君がなんとかしてみせるか? 魔剣リディア────」





















 嘲りを隠そうともしないアイーシャの言葉に、リディアは答えを返さなかった。


 ただ無言で瞼を閉じ、大きく息を吸い、静かに吐き出した。


 そして再び、その瞼が開かれたとき。


 リディアの燃えるような赤い瞳には、諦めの色など一切含まれていなかった。



 
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