どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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終章

戦いの終わり

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(強いな……)

 はぐれ者たちマーヴェリックスと一瞬の攻防を繰り広げたレアンは、その強さを素直に賞賛した。

 実際、レアンがこれまでに戦ってきた誰よりも、彼女たちは強かった。

 アレックスはもう少し経験を積めば、いずれ自分を超えるだろう。

 ルナはこんな開けた場所では無く、遮蔽物の多い場所で持久戦に持ち込まれたら厄介この上ないし、マリアベルに関しては『魔王鋼アダマンタイト軽装鎧ビキニアーマー』がなければ、最初の一手で完封されていた。
 
 姿を見せていないミゼルにしても、これだけの大規模な結界を苦も無く張るような魔術師だ。
 魔力を無効化する鎧を装備していなければ、遠距離からの一撃で沈められてしまうに違いない。

 そして、リディア────

 はぐれ者たちマーヴェリックスのリーダーである彼女は、レアンにとっても未知数な相手だった。

 魔術の効かない今のレアンには、魔術と剣術を併用した攻撃は意味を成さない。

 物理的な攻撃しか通らない以上、単純な近接戦闘能力でアレックスに劣るリディアは、脅威とはなり得ないはず。

 しかし……

(……なにか、あるな)

 レアンの本能は、リディアこそが最も警戒するべき相手であると訴えていた。
 
 彼女の強い意志が込められた赤い瞳で見つめられると、それだけで肌がひりつき、体中の体毛が逆立つのだ。

「…………すまないが、ここから先、手加減はできない」

 リディアがレアンの目を見据えたまま、そう言った。

 その言葉に、レアンの口角が上がる。

 レアンはまだ、自分より強い者に出会ったことが無い。
 うぬぼれで無く、自分が戦士の頂点にいることを事実として認識していた。

 そんな自分に対してリディアは「手加減できない」と謝ってきたのだ。

 それまで、どうやって『はぐれ者たちマーヴェリックスを殺さずに戦いを終わらせるか』と考えていたレアンは、その考えがいかにおごったものだったのかを思い知らされ、自らをあざわらった。

「……もとより、手加減など無用っ!」

 気持ちを切り替え、レアンが吠える。

 ここから先は『少年を託すに値するかどうか』の見極めなどではない。

 女と女、戦士と戦士……互いの全てを懸けた本気の戦いだ。

 腰を落とし、どの方向にも瞬時に動く事が出来る態勢を取ったレアンに対し、リディアはその場で剣を上段に構えた。

 二人の距離は約20歩ほどもある。

 レアンであれば一瞬で詰められる距離だが、リディアはそうではない。

 魔術がレアンに通用しないことも分かっているはず。

 だがどういうわけか、リディアは一歩も動く事無く、その場で剣を振り下ろした。

 瞬間────

 首筋に寒気を感じ、レアンは直感的に体を傾けた。

 先ほどまで自分の首が存在していた空間を、鋭い何かが通り過ぎる。

 わずかな痛みを首筋に感じ、レアンは指を当てた。
 
 ……指先には、血が付いていた。

 魔術では無い。

 魔術による攻撃であれば、『魔王鋼アダマンタイト』の性能によって、レアンの肌に触れること無く、その直前で霧散してしまうはずだ。

 つまり、この傷は物理的な斬撃によるものに他ならない。

(いったい、なにが……っ!?)

 攻撃の正体に思考を巡る暇を与えず、次の寒気がレアンを襲った。

 狙いは心臓。

 それも、背後から・・・・の攻撃だ。

「くっ……!」

 直感に従い、レアンは地面を転がるようにして回避した。

 だが、立ち上がる前に次の斬撃が襲いかかる。

 また首筋だ。

 体勢が崩れている今、躱すことは出来ない。

 とっさに腕を差し込むと、鋭く重い衝撃が前腕に走った。

 そして、自分の腕によって食い止められたもの・・を目にしたことで、レアンはようやく攻撃の正体を理解した。

 空間にほんの僅かな亀裂が生じ、その中から飛び出した刃が、レアンの腕に深く食い込んでいたのだ。

「これは……転移魔術かっ!」

 レアンが腕を払うよりも早く、引き抜かれた刃は亀裂の中に吸い込まれ、亀裂もまた消えていく。

 腕の痛みに眉を顰めながら、レアンはリディアの言った『手加減できない』という言葉の意味を理解した。

 それは、中途半端な攻撃ではレアンを止めることは出来ないから、『殺すつもり』で攻撃するという意味だったのだ。

 確かに、もし狙われたのが命に関わらない箇所であったのなら、レアンは多少の傷など無視して一瞬でリディアのもとに到達し、打ち倒していただろう。

 だが、致命的な箇所に対する攻撃は、流石のレアンでも無視することは出来ない。

 回避、防御といった受け身の行動を取らざるを得ず、攻勢に出る機会を奪われる。

 そしてそれを可能にしているのが、おそらく世界でもリディアにしか使えないと思われる『剣と魔術の同時使用』という異能だった。

 リディアが使ったのは、空間と空間を繋げる転移魔術の一種だろう。
 
 しかも、人が通れるような大きな穴ではなく、僅かな裂け目を作る程度の、本来の用途を考えれば全く意味を成さない魔術だ。

 だが、使い手がリディアであると言うだけで、その『意味の無い魔術』には大きな意味が生まれる。

 リディアの本質は剣士だ。

 たゆまぬ努力により、世界でも一流と言っていいレベルの剣の使い手になっていた。

 その剣が、急所に当たれば確実に命を奪う斬撃が、転移魔術によって距離どころか方向さえ無視して襲いかかってくるのである。

 二度目の、背後から心臓を狙ってきた突きがその証拠だ。

「なんという……」

 リディアの編み出した『次元斬ディメンジョン・スラッシュ』もしくは『転移刃トランジション・エッジ』とでも言うべき恐るべき『魔剣』に、レアンは言葉を失った。

 なぜなら、もしリディアがその気になれば、レアンが守る暇もなくアイーシャの命を奪うことも可能だからだ。

「……安心しろ。私たち・・・は人質を取るような真似はしないし、戦う力のない者を狙ったりもしない」

 レアンの視線から察したのか、リディアが剣を振りかぶったまま告げる。

「────だが、貴女あなたは別だ、レアン。貴女は強すぎる。ほんの一瞬隙を見せるだけで、盤面を全てひっくり返すことが出来てしまうような貴女には、ここで死んで貰う他ない。
 私たちの為にも────彼のためにも」

 そこまで言い切って口をつぐみ、リディアは剣の柄を握る手に力を込めた。

 これまで感じたことが無いような、冷たい殺意の風がレアンに吹き付ける。

 そしてその殺意が、次にどこが狙われるのかを教えてくれた。

 目、喉、頸椎、心臓、肺、脇の下、肝臓、腎臓、股間……

 無数の急所に寒気が走る。

 例えその半分を防げたところで、どれか一撃でもまともに食らえば終わりなのだ。

(…………まさか、ここまでとはな)

 自らの死を目の前にしたレアンには、不思議と恐怖も後悔も無かった。

 むしろ穏やかな気持ちで、それを受け入れていた。

 一度の油断で少年を奪われたはぐれ者たちマーヴェリックスだが、二度としくじりはしないだろう。

 あの優しくて可愛らしい少年は、このどこまでも強くて真っ直ぐな女たちに守られ、残りの人生を不自由なく生きていけるはず。

 それを、身をもって感じ取ることが出来たからだ。

(……ああ、だが、ひとつだけ心残りがあるとするなら……)










 ────一度でいい、愛されてみたかった。









 
 戦士として必要とされるのでは無く、その力を讃えられるのでは無く、人間として、一人の女として、ただ愛されてみたかった。



(結局私は、お前たちが羨ましかっただけなのかもな……)

 少年を託すに足るか、それを確かめるための戦いのつもりだった。

 だが、命の瀬戸際に立って初めて、レアンは自分の心の奥底に隠されていた気持ちに気がついた。

 出会ってしまったその瞬間から、レアンもまた、少年に惹かれていたのだ。

 自分を見ても恐れること無く、真っ直ぐに見つめてくれる少年を、他の誰にも渡したくなかったのだ。

(……もし、違う出会い方をしていたなら、私も、その中にいられたのだろうか)

 リディアを、アレックスを、ルナを、マリアベルを、まだ見ぬミゼルを、そして少年の姿を心の中に思い描き、その中にそっと自分を付け加えてから、レアンは、目を閉じた。

 リディアから吹き付ける殺意がさらに鋭さを増し、そして────
 
























「○%$&□×△ッ!!!」

























 少年の必死な声が、その場に響き渡った。
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