どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

布施鉱平

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終章

新たな家、新たな故郷

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 キャスク平原から転移したはぐれ者たちマーヴェリックスと少年は、エルフの里『アールヴァーナ』の入り口に降り立った。

 ここが生まれ故郷であるルナと、亡命の交渉時に訪れていたミゼル以外の面々にとっては、これが初めての来訪である。
 
 リディアは先頭に立って歩を進めながら、その表情を引き締めた。

 ルナを見ている限りではそうは思えないが、一般的にエルフは排他的で気難しい種族だというのが通説だからだ。

 リディア自身、種の存亡の危機にあるエルフの現状を踏まえた上で今回の亡命を計画したものの、どこまでエルフたちを信用していいのか、まだ確信は得られていない。

 なにせ、リディアの知るエルフと言えば、自由奔放このうえないルナと、少年を連れ去ったダークエルフだけなのだ。

 前者はまあ、仲間としては頼もしい存在なのだが、何をするか分からないという点では後者よりも遥かに曲者くせものなのである。
 
 好奇心によって里から飛び出したルナと、里に残って生活するエルフたちとでは比較にはならないのかも知れないが、それでも周囲を警戒しながら、リディアは里と外界を隔てる門を潜った。


 そこでリディアが目にしたのは────



















『歓☆迎』

『おいでませ、エルフの里へ!』

『男の子専用席あります』

『本日メンズデー! 男性に限り全品無料!』

『旅の疲れにエルフの湯。(サービスでお背中流します)』

















 ……といった謎の文面が書かれたいくつもの『のぼり』と、その下で満面の笑みを浮かべる無数のエルフたちの姿だった。

「…………」

 警戒心を抱いていたのが馬鹿らしくなったリディアは、後方の仲間にハンドサインで安全を知らせると、若干疲れた表情を浮かべながら里に足を踏み入れた。

 リディアが現れたことでざわめき始めたエルフたちの声は、少年がその姿を見せたことで歓声に変わる。

 大声で叫びながら跳びはねる者、のぼりを振ってアピールする者、静かにはらはらと涙を流す者と、その反応はバラエティに富んでいるが、誰しもが心から少年の訪れを喜んでいるようだった。

「……ようこそいらっしゃいました。リディア殿、天使様、そしてそのご家族の皆さん。わたくしはこの里の長を務めております、レダと申します」

 リディアたちが目の前で歓声を上げるエルフたちに圧倒されていると、その中を割るようにして一人のエルフが現れ、深々と頭を下げた。

 月桂樹の葉を模した魔銀ミスリルの冠を被るそのエルフ────レダは、ゆっくりと頭を上げると、一度少年にその銀色の瞳を向け、ほんのりと微笑んだあと後ろを振り返った。

「皆のもの、一度家に帰りなさい。じっとしていられない気持ちは分かりますが、戦いを終えたばかりの彼女たちを、そして天使様を、休ませてあげなければなりません」

 静かだがよく通る声でレダが言うと、エルフたちは名残惜しそうにしながらも、誰一人不満を漏らすこと無く引き上げていった。

 よほど民からの信頼を得ているのだろう。
 
 リディアが感心していると、レダはまた向き直り、リディアに視線を合わせた。

「お騒がせいたしました。難しい話は明日にして、まずは疲れを癒やされるとよいでしょう。
 ご家族で過ごせる広さの家を用意していますので、今からそちらにご案内いたします」

「……すまないな、何から何まで、世話になる」

 まさに至れり尽くせりな対応にリディアが頭を下げると、レダは「いえ……」と頭を振り、

「神に見放され、滅びゆく定めにあった我らの里に、天使様とその守護者である貴女方が移り住まれることになったのです。いくら感謝をしてもし足り無いのは、むしろこちらの方ですよ」

 と、穏やかな顔で答えた後、もう一度、少年に瞳を向けた。

 そして数秒間見つめ合った後、ほぅ、と小さなため息を漏らした。 

「…………ほんとうに、わたくしたちを、忌避しないのですね」

 呟くような声であったが、その言葉には、おそらくリディアが想像も付かないほど多くの感情が込められているのだろう。

 リディアが少年に受け入れられた時の衝撃は、彼女ただ一人だけのものであった。

 しかし、エルフを率いる長という立場にあるレダにとって、自身が忌避されないということは、1000年以上の長きにわたり迫害され続けてきた、エルフという種の全てが受け入れられたにも等しい衝撃であるからだ。

 長命種であるが故に、レダが背負ってきたものは、とてつもなく多く、そして重いだろう。

 少年を見つめ続けるレダと、そしてレダに見つめられて頬を染める少年を見ながら、リディアは、この出会いが誰にとってもさち多いものになることを、願わずにはいられなかった。

「……おさ、案内は?」

 だが、ルナは空気を読まなかった。

「……あ、ご、ごめんなさいね、ルナ。ちょっと、その、天使様に見とれてしまって……」

「……いい、気持ちはわかる」

 謝るレダと、腕を組んで上から目線で頷くルナ。

 驚くことに、どちらも同じエルフである。

「……うちの者が申し訳ない」
 
 リディアはルナの頭部に手刀を落とし、レダに謝罪した。

「いえいえ! 悪いのはこちらの方です。ぶしつけにじっと見つめてしまったりして……」

「彼は気にしていないさ」

「……ええ、そのようですね。本当に、不思議なかた……」

 もう一度、うっとりとした表情で少年を見つめた後、レダは今度こそリディアたちを案内するべく、先頭に立って歩き出したのだった。




 ◇


 …………案内された家は、リディアたちが予想していたよりも遥かに大きなものであった。

 二階の無い平屋なのだが、それはあまりにも広いため、二階が必要ないからだろう。

 下手をすれば貴族の屋敷よりも豪勢なその家に、「何かの間違いではないか」とリディアは尋ねたのだが、それに対してレダは、

「いえ、間違いではありません。この屋敷は、アールヴァーナで最も優れた職人が選りすぐりの建材を使い、長い年月をかけて完成させたもの。
 天使様とそのご家族が住まわれるのに、これ以上相応しいものはないでしょう」

 と断言した。

 少年に相応しい屋敷だと言われては、リディアも無下に断ることは出来ない。

 案内を終えて立ち去るレダに礼を言い、中に入ってみれば、外観だけではなく内装や調度品もまた、決して華美では無いが質のいいものが揃えられていた。

 しかしリディアたちに、それらを意識するだけの余裕は無かった。

 レダが立ち去り、自分たちだけになった瞬間、五人全員が示し合わせたかのように少年を取り囲み、その小さな体にすがり付いたのだ。

「……無事で、よかった。本当に、よかった……」

 少年の頬に触れながら、リディアが目に涙を滲ませる。

「うう、ごめんね……もう絶対、恐い目に遭わせたりしないから……」

 少年の頭を撫でながら、ミゼルが嗚咽を漏らす。

「……もう、離さない。……このまましがみついて生きていく……」

 少年の脚に抱きつきながら、ルナが無茶なことを言う。

「うぅぅ……うぉぉぉ……」

 少年のお腹に頭を擦りつけながら、アレックスがボロボロと涙をこぼす。

「あぁ……天使様……どうか、どうかずっと、一緒に……」

 少年の手に額を押し当てながら、マリアベルが祈るように告げる。

 エルフたちの前では毅然として振る舞っていたが、彼女たちも限界だったのだ。

 ようやく取り戻すことが出来た少年に抱きつきたくて、触れ合いたいたくて、その気持ちをずっと抑え込んでいたのだ。

 少年は、突然すがり付いてきたリディアたちに驚いたようであったが、にっこりと笑顔を浮かべ、口を開いた。




















「○&$、□×#&△○!」




















 その言葉は、きっと────
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