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第二章
新たなる絶望
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────失意の夜から、すでに十日。
元革命軍の女騎士ジャンヌは、ロリーナ王女と勇者の姿を追い求め、王都周辺の村々を捜索していた。
王女は多くの人間に標的とされているため、人気の多い場所には行かないであろうと判断し、大きな街を避け、農村などを中心に『瑠璃色の瞳と金色の髪を持つ成人女性』と『歴戦の戦士を思わせる屈強な男性』の二人組を探したのだが……成果はなかった。
そもそも、捜索に当たって重大な問題がひとつ。
ジャンヌは召喚された勇者はもちろんだが、ロリーナ王女の姿も全く知らないのだ。
というか、現在王国にいる人間は誰一人として、ロリーナ王女の姿を知らなかった。
これには、いくつかの理由がある。
まず一つは、ロリーナ王女が王宮から外に出ず、催し物などに参加したことが一度もなかったこと。
普通、一国の王女であれば、催事に出席したり舞踏会などを開催したりして貴族や民衆に顔を売り、金の掛かったドレスや装飾品を見せびらかす事で権力と財力を誇示し、象徴としての権威を高めようとするものである。
だと言うのに、ロリーナ王女はそういったことを一切しなかった。
その理由は定かではないが、病を得て醜い姿になってしまい、王や王妃によって軟禁されていたのではないか、などの憶測が流れている。
そしてもう一つは、ロリーナ王女の肖像画が存在しないこと。
正確に言えば、ロリーナ王女の現在の姿を描いた肖像画が存在しなかった。
なぜか王宮内に残されていた肖像画は、ロリーナ王女が大体10歳前後くらいまでの物だけであり、それ以降の物が全く見当たらなかったのだ。
これもまた、王女が病を得たという憶測の説得力を増す材料となった。
そして最後の理由。
それは、王女の姿を知る者たちが全員死んでしまった、というものだ。
なぜそんな事が起こってしまったのか。
それには、革命軍の抱える『ある問題』が関わっていた。
革命軍の抱える問題────それは、保有する戦力の大半が平民出身である、という事だった。
そもそも、平民出身で戦う力を持つ者など、次男とか三男に産まれたために家業を継げず、かといって商売をするような学も才覚もなく、頑丈な肉体だけを頼りに冒険者や傭兵となった者がほとんどだ。
彼らは幼い頃から教育を受けた騎士と違い、粗野で粗暴、そして短慮であった。
革命軍とは名ばかりで、ほとんど山賊紛いの荒くれ集団であった。
そんな荒くれどもが、『革命』という暴力を振るうための大義を与えられ、圧政の恨み重なる王城に乗り込んだらどうなるか……
────略奪! レ☆プ! 殺戮!
つまりはその三つのワードで表現できてしまうような事態が、王城内で起こったのである。
貧困蔓延る外界から隔絶され、自分たちだけぬくぬくと飽食に浸っていた者どもなど、ヒャッハー革命軍にとって王家と同じくらいに許されざる存在だった。
侍女と美童はレ☆プされた後に処刑され、詩人や道化は面白半分に焼けた巨大な鉄板の上で踊らされた。
眉目秀麗な従僕たちは英雄王に散々ケツを掘られたあと後宮に押し込められ、絶望からその命を自ら絶った。
もちろん、ジャンヌはこんな蛮行には参加していない。
一心に英雄王ブローニーを見つめるあまり、周りの光景が目に入らなかっただけだ。
ともかく、こういった殺戮の宴が繰り広げられた結果、ロリーナ王女の姿を知る者たちは全て冥府の国に旅立ってしまった、と言うわけである。
こういった経緯があり、ジャンヌの王女捜索は難航の一途を辿った。
姿形の分からぬ相手を捜索しようというのだから、それも当然のことだ。
手がかりと言えるのは王家の特徴である『瑠璃色の瞳』と『金色の髪』、そして共にいるであろう勇者の存在だけである。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
ジャンヌにとって王女は……というか勇者は最後の希望である。
毎晩、夜眠ろうとして目を瞑ると、あの悪夢の光景が────英雄王ブローニーが嬉々として男のケツを掘る姿が浮かんでくるのだ。
すでに終わった恋であるとは言え、その光景は何度でもジャンヌを打ちのめした。
満足に眠ることができず、ジャンヌの死んだ目は更に淀んだ。
この悪夢を打ち払うために、どうしても必要なのだ。
勇者が。
勇者に抱かれる事が。
自分より強い男に、心も体も壊れるくらい無茶苦茶にされることが。
そうやって古い自分を完膚なきまでに破壊されて、ようやくジャンヌは新しい人生を生きていける。
生まれ変わることが出来る。
そう、信じているのだ。
そして王女と勇者の影も形も見つからぬまま、十日が経過した訳である。
寝不足から目の下にはクマができ、肌の水気も若干失われていた。
マズい事態だった。
なぜならば、ジャンヌは勇者に抱かれたいからだ。
今はまだいいが、このままひと月、ふた月と勇者が見つからないま時間が経過すれば、ジャンヌの美貌はさらに陰ることになるだろう。
そうなれば、その時のジャンヌを勇者が抱いてくれるかどうか分からない。
鬱々とした感情を抱えたまま、ジャンヌは街道を歩いていた。
この先にあるのは、これまでに訪れてきた農村とは違い、商業の盛んな中規模の街である。
人を隠すなら人の中。
そう王女や勇者が考えた可能性も考慮して、一度人の集まる場所も捜索してみようと思ったのだ。
それといい加減、野宿や掘っ立て小屋のような場所で寝泊まりするのにもうんざりしていた。
保存食のような食事にもだ。
そういった環境もまた、ジャンヌの美貌に影響を及ぼしているのは確実だった。
さて、街に着いたら何を食べようか……と思案していたジャンヌの動きが、ピタリと止まった。
人の気配を感じたのだ。
しかもその気配は、森の中からこちらに近づいてきていた。
整備された街道ではなく、わざわざ森の中を移動するなど、後ろ暗いところがありますと自ら宣言しているようなものだ。
ジャンヌは静かに、近くの木の裏に身を隠した。
そして何者が現れるのかと、息を潜めて待ち構えていた所に、ソレは姿を現した。
────ソレは太った男だった。
────ソレは平たく潰れた顔をしていた。
────ソレは裸の上にモコモコした毛皮を身につけていた。
────ソレはまさに、変質者だった。
「そこの怪しい男。止まれ」
冷え切った声で、ジャンヌは男を呼び止めた。
もし男が一人だったら、声を掛けることなどなかっただろう。
見るだけでSAN値が削られていくような変質者に、話しかけようなどと思うはずがない。
だが、男の後ろから大きな犬に乗った少年が現れたことで、声を掛けざるを得なくなった。
なんらかの事案が発生しているのでは、と思ったのだ。
元革命軍の女騎士ジャンヌは、ロリーナ王女と勇者の姿を追い求め、王都周辺の村々を捜索していた。
王女は多くの人間に標的とされているため、人気の多い場所には行かないであろうと判断し、大きな街を避け、農村などを中心に『瑠璃色の瞳と金色の髪を持つ成人女性』と『歴戦の戦士を思わせる屈強な男性』の二人組を探したのだが……成果はなかった。
そもそも、捜索に当たって重大な問題がひとつ。
ジャンヌは召喚された勇者はもちろんだが、ロリーナ王女の姿も全く知らないのだ。
というか、現在王国にいる人間は誰一人として、ロリーナ王女の姿を知らなかった。
これには、いくつかの理由がある。
まず一つは、ロリーナ王女が王宮から外に出ず、催し物などに参加したことが一度もなかったこと。
普通、一国の王女であれば、催事に出席したり舞踏会などを開催したりして貴族や民衆に顔を売り、金の掛かったドレスや装飾品を見せびらかす事で権力と財力を誇示し、象徴としての権威を高めようとするものである。
だと言うのに、ロリーナ王女はそういったことを一切しなかった。
その理由は定かではないが、病を得て醜い姿になってしまい、王や王妃によって軟禁されていたのではないか、などの憶測が流れている。
そしてもう一つは、ロリーナ王女の肖像画が存在しないこと。
正確に言えば、ロリーナ王女の現在の姿を描いた肖像画が存在しなかった。
なぜか王宮内に残されていた肖像画は、ロリーナ王女が大体10歳前後くらいまでの物だけであり、それ以降の物が全く見当たらなかったのだ。
これもまた、王女が病を得たという憶測の説得力を増す材料となった。
そして最後の理由。
それは、王女の姿を知る者たちが全員死んでしまった、というものだ。
なぜそんな事が起こってしまったのか。
それには、革命軍の抱える『ある問題』が関わっていた。
革命軍の抱える問題────それは、保有する戦力の大半が平民出身である、という事だった。
そもそも、平民出身で戦う力を持つ者など、次男とか三男に産まれたために家業を継げず、かといって商売をするような学も才覚もなく、頑丈な肉体だけを頼りに冒険者や傭兵となった者がほとんどだ。
彼らは幼い頃から教育を受けた騎士と違い、粗野で粗暴、そして短慮であった。
革命軍とは名ばかりで、ほとんど山賊紛いの荒くれ集団であった。
そんな荒くれどもが、『革命』という暴力を振るうための大義を与えられ、圧政の恨み重なる王城に乗り込んだらどうなるか……
────略奪! レ☆プ! 殺戮!
つまりはその三つのワードで表現できてしまうような事態が、王城内で起こったのである。
貧困蔓延る外界から隔絶され、自分たちだけぬくぬくと飽食に浸っていた者どもなど、ヒャッハー革命軍にとって王家と同じくらいに許されざる存在だった。
侍女と美童はレ☆プされた後に処刑され、詩人や道化は面白半分に焼けた巨大な鉄板の上で踊らされた。
眉目秀麗な従僕たちは英雄王に散々ケツを掘られたあと後宮に押し込められ、絶望からその命を自ら絶った。
もちろん、ジャンヌはこんな蛮行には参加していない。
一心に英雄王ブローニーを見つめるあまり、周りの光景が目に入らなかっただけだ。
ともかく、こういった殺戮の宴が繰り広げられた結果、ロリーナ王女の姿を知る者たちは全て冥府の国に旅立ってしまった、と言うわけである。
こういった経緯があり、ジャンヌの王女捜索は難航の一途を辿った。
姿形の分からぬ相手を捜索しようというのだから、それも当然のことだ。
手がかりと言えるのは王家の特徴である『瑠璃色の瞳』と『金色の髪』、そして共にいるであろう勇者の存在だけである。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
ジャンヌにとって王女は……というか勇者は最後の希望である。
毎晩、夜眠ろうとして目を瞑ると、あの悪夢の光景が────英雄王ブローニーが嬉々として男のケツを掘る姿が浮かんでくるのだ。
すでに終わった恋であるとは言え、その光景は何度でもジャンヌを打ちのめした。
満足に眠ることができず、ジャンヌの死んだ目は更に淀んだ。
この悪夢を打ち払うために、どうしても必要なのだ。
勇者が。
勇者に抱かれる事が。
自分より強い男に、心も体も壊れるくらい無茶苦茶にされることが。
そうやって古い自分を完膚なきまでに破壊されて、ようやくジャンヌは新しい人生を生きていける。
生まれ変わることが出来る。
そう、信じているのだ。
そして王女と勇者の影も形も見つからぬまま、十日が経過した訳である。
寝不足から目の下にはクマができ、肌の水気も若干失われていた。
マズい事態だった。
なぜならば、ジャンヌは勇者に抱かれたいからだ。
今はまだいいが、このままひと月、ふた月と勇者が見つからないま時間が経過すれば、ジャンヌの美貌はさらに陰ることになるだろう。
そうなれば、その時のジャンヌを勇者が抱いてくれるかどうか分からない。
鬱々とした感情を抱えたまま、ジャンヌは街道を歩いていた。
この先にあるのは、これまでに訪れてきた農村とは違い、商業の盛んな中規模の街である。
人を隠すなら人の中。
そう王女や勇者が考えた可能性も考慮して、一度人の集まる場所も捜索してみようと思ったのだ。
それといい加減、野宿や掘っ立て小屋のような場所で寝泊まりするのにもうんざりしていた。
保存食のような食事にもだ。
そういった環境もまた、ジャンヌの美貌に影響を及ぼしているのは確実だった。
さて、街に着いたら何を食べようか……と思案していたジャンヌの動きが、ピタリと止まった。
人の気配を感じたのだ。
しかもその気配は、森の中からこちらに近づいてきていた。
整備された街道ではなく、わざわざ森の中を移動するなど、後ろ暗いところがありますと自ら宣言しているようなものだ。
ジャンヌは静かに、近くの木の裏に身を隠した。
そして何者が現れるのかと、息を潜めて待ち構えていた所に、ソレは姿を現した。
────ソレは太った男だった。
────ソレは平たく潰れた顔をしていた。
────ソレは裸の上にモコモコした毛皮を身につけていた。
────ソレはまさに、変質者だった。
「そこの怪しい男。止まれ」
冷え切った声で、ジャンヌは男を呼び止めた。
もし男が一人だったら、声を掛けることなどなかっただろう。
見るだけでSAN値が削られていくような変質者に、話しかけようなどと思うはずがない。
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