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第二章

新たな一歩

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 そろそろ街に行くべきか、と正男は思った。

 サバイバル生活も十日を過ぎ、水場の拠点は少しずつ過ごしやすいものになっているが、同時に事態は何も進展していないのだ。

 なんかロリーナはここの暮らしを満喫しているようにも見えるが、それでも一日に八回は「さっさとなんとかせい!」と正男をしばいてくる。

 正男としては、ロリーナをこの拠点に残して行くつもりなので、もう少し追っ手の有無を見定めたい気持ちではあった。

 だが、十日経っても誰かが探しにくるような気配がない以上、それをロリーナに対する説得材料にするのは難しいだろう。

 故にこの日、正男は森から出ることを決意した。

「ふむ、では、妾もいくのじゃ」

 で、そのことをロリーナに告げたらこれである。

 流石の正男も、このロリーナの発言には度肝を抜かれた。

 ロリーナは、圧政に耐えかねて蜂起した民衆により滅ぼされた、フィリア王家最後の生き残りである。

 当然、その存在は現在王国を牛耳っている革命派の勢力にとって、邪魔以外の何物でもない。

 他国に亡命されれば王国に攻め入る大義名分となるし、野心的な国内貴族の手に渡れば恰好の旗印となるだろう。

 なので、もし現王国の勢力に見つかった場合だけでなく、他の誰にロリーナの存在がバレても、碌な事にならないのは目に見えているのだ。

 誰も彼もが、ロリーナの『血筋』に価値を見い出すだろう。
 そして、利用するか抹殺するか、そのどちらかを選ぶに決まっている。
 
 ロリーナ自身の望みを叶えようとする者など、この世界にはおそらく正男しか存在しないのだ。

 だから、正男は反対した。

 正男らしからぬ毅然とした態度で、はっきりと言って聞かせた。

 情報収集をしたらすぐに戻ってくるし、番犬としてポチは置いていく、水も食事もちゃんと用意していくから、どうか残ってくれないか、と。

「だまれ、決定じこうじゃ」

 もちろん説得は無理だった。

 こうなれば、もはや正男が折れるしかない。

 正男はこの数日で、ロリーナの性格を把握していた。

 もし正男が置き去りにでもしようものなら、ロリーナはポチに乗って勝手に森の外に出るだろう。

 当たり前のようにそういうことをする幼女だ。

 仕方がないので、正男はロリーナを連れていくことにした。

 ただし、そのまま連れて行くことはできない。
 最低限、変装くらいは必要だろう。

 いくらロリーナが王宮に引きこもっていたとはいえ、自国の王女の姿を誰も知らない、などと言うことはあり得ないのだから。

 故に正男は、ロリーナにいくつかの提案をしてみた。


 ────その1、髪を切る。

 これは即座に却下された。
 まあ、されるだろうな、と正男も予想はしていた。

 髪は女の命……というほど、ロリーナにこだわりがあるわけではないようだが、単純に正男に切られるのが気に食わないらしい。

 この方法が一番簡単であるし、ショートカットのロリーナも見てみたかったのだが、諦めが肝心である。


 ────その2、こんがり日焼けする。

 もちろんこれも却下された。
 吟遊詩人に褒め称えられた(褒め称えさせた)白磁の肌を、黒く焼くなどもってのほかであるらしい。

 正男個人的には、健康的に日焼けしたロリーナも見てみたかったので、残念である。


 ────その3、とにかくボロい服を着て、顔や体を泥などで汚す。

 言った瞬間に枝でしばかれた。
 まさか王女が乞食みたいな恰好でウロついている訳がない、という盲点を突いた提案だったのだが、正男が一生懸命に作った『ヒツジ服』ですら不満な様子なのだ。

 乞食のような服を着たり、ましてや泥で肌を汚すなど受け入れてくれるわけがなかった。


 ────その4、少年の振りをする。

 自分で提案した正男であるが、これはないな、と思っていた。
 
 確かにロリーナは胸もペッタンだし、長い髪を帽子の中に隠してしまえば少年に見えなくもないだろう。

 しかし、そもそもロリーナに演技が出来るとは思えなかった。
 
 傍若無人、唯我独尊、傲岸不遜、お前のものは妾のもの……
 我を貫き通すということにかけては、他の追随を許さないロリーナだ。

 そんなロリーナが、本来の自分を抑え込んで演技をするなど、どう考えても不可能なのである。

「……ふむ、おもしろい。それでいくのじゃ!」

 だが正男の考えとは裏腹に、ロリーナは乗り気であった。

 言わなければよかった、と正男は後悔したが、もはや後の祭りである。

 正男はロリーナに、絶対自分が王女だと言ったり、正男が勇者だとバラしたり、わらわという一人称は使ってはいけない、などと注意しつつ、ロリーナの新しい服を製作し始めた。

 自分のスーツをばらして、ロリーナに少年ぽい服を作るのだ。

 それはつまり、正男は吐き気を催す邪悪なヒツジ服姿で人前に姿を現す、ということでもあった。

 この世界に猥褻物陳列罪がないことを祈るばかりである。

 ちなみに裁縫に必要な道具は、魚の骨から針を、馬面ヒツジの毛から糸を作ってあった。

 やはり『サバイバル知識豊富な寝取りおじさん』は有能である。

 


 ◇


 森を出ることを決めた翌日。

 正男とロリーナとポチは、森の中を移動していた。

 行く先など当然分からぬが、とりあえずは王城と逆方向に進んでいる。

 このまま真っ直ぐ進んで道に出ればよし、ダメなら王城方面を避けつつ、道に出るまで移動を続ける。

 そして道に出たならば、今度は道沿いに王城とは逆方向に進み、たどり着いた街で情報収集をする予定だった。

「マサオ、喉が渇いたのじゃ、水をよこせ」

 そう声を掛けてくるのは、もちろん少年に扮したロリーナである。

 ポチに跨がり、マサオを枝でしばきながら水を要求してくる。

 自分は歩いてすらいないというのに、荷物持ちは当然正男であった。

 しかし、正男には不満などない。

 女性に対して怒りを抱かないという正男の性質もあるが、毎晩夢の中で交わっていることもあり、この数日で正男はロリーナに対する愛情を深めていたのだ。

 ……まあ、現実の関係性は下僕と女王様ではあるが。

 そんな風に仲睦まじく(?)二人と1匹が森を進み続けること数時間、突如として視界が開けた。

 森を抜けたのだ。

 目の前には人や馬が通れるように整備された道が、左右に続いている。

『サバイバル知識豊富な寝取りおじさん』の方向感覚を信じるならば、左が王城方面へ向かう道、右が未知へと続く道だ。

 ロリーナと愉快な仲間たちは原始的な森での生活に別れを告げ、文明への第一歩を踏み出すべく、右の道へ進もうとし────




















「そこの怪しい男。止まれ」

 直後、聞こえてきた硬質な声に、立ち止まらざるを得なくなったのだった。

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